038・耳と尻尾と赤っ恥
本日3話更新の2話目です。
1話目(第37話)もお見逃しなく。
では、第38話になります。よろしくお願いします。
「――あら? 貴方、まだ起きてたの?」
3時間後、テントから出てきたレイアさんは、僕を見つけて呆れたように言った。
あ、どうも~。
僕と黒髪のアルタミナさんは、お互いお茶の木製コップを持ちながら、彼女に笑いかける。
いや~、あのあとも色々、話し込んじゃったよ。
(もう3時間、経ってたんだねぇ)
と、思うぐらい。
あ、もちろん、見張りもしてたよ。
アルタミナさんは話しながらも、周囲の気配を探っていたみたいで。
僕自身、『真眼』で周囲に危険な魔物がいないか、例の『深緑の大角竜』が移動してないか、ファナちゃんがどうしてるか、何回も視たんだ。
結果、
【周囲の魔物】
・半径1キロ内に、魔物の数は3体。
・夜行性の獣型魔物の群れ。
・戦闘力90~150。
・危険度は若干あり。ただし、アルタミナの敵ではなく、現状は『安全』である。
との判定。
(僕1人だったら、安全じゃなかったかも……)
ってな感じ。
そして、
【深緑の大角竜】
・沼地の中で休眠中。
・昼間と変わらない位置にいる。
・距離、約7キロ。
であり、
【ファナ・ナイド】
・午後9時に就寝。
・母親とその友人2人、そして、桐山真一の無事を願いながらベッドに入った。
・現在、夢の中にいる。
とのこと。
(どんな夢、見てるんでしょうね~?)
と、僕はほっこり。
きっと、いい夢だといいなぁ。
――なんてことも、アルタミナさんと話してて、気がついたら今である。
その黒髪美人さんは、
「レイア。私は、この子を気に入ったよ」
と、笑う。
(あら、嬉しい)
でも、どこを気に入ってもらえたのかは、僕自身、わかっていませんが……。
赤毛のエルフさんは、
「あら、そう」
と、素っ気ない。
寝起きだからか、少し欠伸を噛み殺している。
だけど、アルタミナさんは、そんな彼女の様子に構わずに言葉を続ける。
「いや、この子は面白いね」
「そ?」
「そうだよ。さっき、この子が私に何て言ったと思う?」
「? 何?」
怪訝そうなレイアさん。
黒髪の美人さんは、自分の獅子の耳を触り、
「『獣人の耳や尻尾を触るのって、何か特別な意味があったりするんですか?』だってさ」
と、笑う。
……いや、聞いたけど。
(おかしい?)
だって、異世界だと、そういう行為は求愛だとか、恋人にしか触らせないとか、定番があるじゃないか。
だから、確認したんだよ。
でも、
「特にないよって教えたよ」
と、黒髪美人な獣人さん。
レイアさんも頷く。
「そしたら、彼、続けて何て言ったと思う?」
「……何かしら?」
「『じゃあ、アルタミナさんの耳と尻尾、触らせてください!』だって。臆面もなく、むしろ、目をキラキラさせてね」
「…………」
ジトッ
赤毛エルフさんから凄い視線が送られる。
(おおぅ……)
なんか、背筋がゾクゾクする。
そ、そんな変なこと言ったかな?
思い出しているのか、アルタミナさんはクックッと笑う。
その細長い尻尾も、
パタパタ
愉快そうに踊る。
「亜人の部位を触りたがる人間なんて、私は初めて見たよ」
「そうね」
「世の中、こういう子もいるんだね」
「そうね」
「もちろん、せっかくだから触らせてあげたけどさ。いや、驚いたよ」
「…………」
楽しそうなアルタミナさんとは対照的に、レイアさんは最後は無言になる。
でも、うん、確かに触らせてもらいました。
(いやぁ、気持ちよかったよ~)
凄く毛並みが良くてね?
大型肉食獣みたいな太い毛じゃなくて、むしろ、子猫みたいな柔らかくて細い毛でさ。
もう、サラサラなの。
高級な毛皮?
しかも、温かくて、しなやかで。
まさに、初めての体験。
(本当、最っ高でした……!)
思い出して、僕も改めて感動しちゃう。
黒髪美人さんも、
「彼も、獣人の耳や尻尾を触るのは初めてらしくてさ。……どうする、レイア? 私は、この子の『初めての人』になってしまったよ」
なんて言う。
――初めての人。
(……おお)
間違ってないけど、ドキッとしちゃう言い方だぞ。
レイアさんは、
「そう」
と、短く答え、ため息をこぼす。
まるで、頭痛がしているみたいな表情である。
すると、彼女は僕を見る。
そして、言う。
「あのね、シンイチ」
「あ、うん」
「確かに、特別な意味はないわ。けど、獣人は犬や猫とは違うの」
「…………」
「獣人の女性の耳や尻尾を触る。それは人間の感覚で言うなら、人間の女性の髪を触りたがるのと一緒よ」
「……え」
「親しい間柄でないと、普通はしない行為。――覚えておきなさい」
「…………」
そ、そうなの?
(あれ……? もしかして僕、凄いこと頼んでたの?)
黒髪の獣人さんを見る。
彼女も気づき、金色の瞳と目が合う。
ニコッ
爽やかな笑顔。
あ、ああ……それだけで理解する。
馬鹿な子供の願いを、大人の女性がその優しさで許してくれただけなのね。
(は、恥ずかし~!)
僕は、赤面。
そんな15歳の少年に、
「いやぁ、可愛いね」
「はぁ、そうね」
2人の美女は、片方は楽しげに笑い、片方は呆れたように息を吐いたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「さ、もう寝なさい」
トン
レイアさんに背中を押され、僕はテントで眠ることにした。
現在、午後10時過ぎ。
朝4時まで、約6時間……まぁ、いい時間かな?
(眠気は、あまりないけどね)
でも、横になるだけでも疲れ具合は違うだろう。
見張りを交代したアルタミナさんも、僕と一緒にテントの中へと入る。
カサッ
テント内には、
「すぅ……すぅ……」
金髪のクレフィーンお母様が1人、眠っている。
綺麗な寝顔。
本当に、女神様みたい。
僕と彼女の友人は顔を見合わせ、つい微笑み合う。
そして、
「おやすみ、シンイチ君」
「はい」
「言ってくれれば、また触らせてあげるからね?」
「…………」
最後にからかわれ、赤面する僕に満足そうに笑うと、彼女はクレフィーンさんの隣に横になった。
大きく息を吐き、
(……?)
あれ、もう寝てる?
ヒィン
【アルタミナ・ローゼン】
・眠っている。
・猫科の獣人の特徴で、常に浅い眠りを保持していつでも眠れ、また覚醒できる。
・好感度、60/100。
(へぇ……?)
本物の猫みたい。
いや、本当は獅子らしいけど……。
なんか、可愛いね。
柔らかそうな獣耳と尻尾が特に……いやいや、我慢だぞ、真一。
(勝手に触ったら、犯罪だ)
グッ
右手を左手で押さえる。
……と、まぁ、冗談はともかく、アルタミナさん本人は意外と気さくでいいお姉さんだよね。
でも、王国トップ3の冒険者の1人。
(う~ん)
ギャップだね。
けど、それも魅力か。
その寝顔を見つめて、僕は微笑んでしまう。
……ん。
(よし、僕も寝よう)
クレフィーンさんの隣に、僕も横になる。
息を吐く。
…………。
目を閉じるけど、眠気は遠い。
う~ん。
目を開くと、薄闇の中、クレフィーンさんの寝顔が見える。
綺麗な横顔。
金色の髪がキラキラしてる。
(…………)
先程のアルタミナさんの話を思い出す。
すると、
ヒィン
(あ……)
真眼が発動してしまった。
【クレフィーンの現状】
・村で孤立している。
・悪意を持った村人は一部。ただ大半が中立のため、助ける味方が存在しない。
・現状を憂いている。
・自分より娘のことを思い、転居を考えている。
・亡き夫を思い、転居を迷っている。
(そっか)
話の通り、大変みたい。
僕だったら、そんな嫌な村捨てて、新しい場所に居場所を作ろうと思うけどなぁ。
あの友人2人も、協力してくれそうだし。
(でも、考え方は、人それぞれか)
特に、僕は赤の他人。
余計な口出しはしないでおこう。
だけど、
「僕にできることがあったら、何でも協力しますからね?」
と、眠る彼女に伝える。
……ま、聞こえないか。
僕は苦笑。
そして、改めて目を閉じようとする。
その寸前、
(ん?)
一瞬、彼女の青い瞳が薄っすら開いたように見えた。
え……?
もう1度、見る。
でも、まぶたは閉じている。
(あれ、気のせい?)
まさか、眠りが浅くて、うっかり聞かれたとかないよね?
さすがに恥ずかしいぞ?
(……うん)
寝てる。
大丈夫、そう信じよう。
少しドキドキしたけど、僕は、改めて目を閉じる。
さ、寝るぞ。
そう決めて、息を吐く。
――やがて、僕は眠りに落ち、そして、北東の沼地に潜む『深緑の大角竜』との戦闘当日を迎えたんだ。
ご覧頂き、ありがとうございました。
本日中にもう1話、クレフィーン視点の話を更新予定です。もしよろしければ、どうかまた読みに来て頂けたら幸いです♪




