037・アルタミナと焚火の前で
「はふぅ」
お茶を飲んだ僕は、息を吐く。
黒髪の美人さんが淹れてくれたお茶は、少し熱くて甘かった。
(甘いお茶かぁ)
なんか、珍しい。
砂糖の入った紅茶とも、また少し違う味で……何だろう?
と、僕の様子に、
「蜂蜜入りだよ」
と、アルタミナさんが答え合わせ。
(へ~、蜂蜜なんだ?)
僕は、驚く。
焚火の赤い炎に照らされながら、彼女は微笑む。
そして、
「フィンのお母上に教わってね。私もフィンも、子供の頃から大好きな味さ」
「へ~?」
所謂、思い出の味か。
ズズ……ッ
(ん、甘い)
香ばしさと優しい甘さの相性が凄くいい。
僕は頷き、
「うん、僕もこの味、好きです」
「そうかい」
彼女も嬉しそうに笑った。
それから、少し視線をあげ、遠くの森を見つめる。
そして、独り言のように、
「でも、この蜂蜜入りのお茶は、アレスの好みじゃなくてね」
「え?」
「結婚したあと、フィンは彼に遠慮して、飲むのをずっと我慢していたんだよ」
「…………」
僕は、言葉に詰まる。
彼女は真っ暗な森を見たまま、ただ静かに微笑んでいる。
パチ パチチ
焚火の爆ぜる音がする。
火の粉が散り、
「――私は、あの男が嫌いだ」
と、静かに言った。
(…………)
う……うん、そうですか。
いきなり言われて、僕は面食らってしまうし、次の言葉も出てこない。
金色の獣の瞳。
そこに、秘かな怒気がある。
彼女は言う。
「あの男は、フィンの先輩だった」
「…………」
「けど、才能に溢れるフィンは、あっという間にあの男より実力、等級が上になってしまった。その現状に耐えられなくて、あの男はフィンにも冒険者を引退させたんだよ」
「…………」
え、マジで?
思わぬ話に、僕は目を見開いてしまう。
つまり、
(同じ会社で、嫁の方が立場も収入も上になったから、自分と一緒に会社を辞めさせた……?)
そういう話?
……僕は、唖然だ。
黒髪の美女は、熱を抜くように息を吐く。
苦そうな口調で、
「器の小さな男さ」
「…………」
「フィンも馬鹿なんだよ。私たちの言葉より、あの男の方を信じて……」
「…………」
「結婚したあとも、田舎暮らしで苦労していてね」
苦労……。
彼女は僕を見る。
「フィンは、美人だろ?」
「あ、はい」
僕は即答。
そんな僕に、彼女は小さく笑う。
「田舎の村では、滅多に見ないような美しい女だと思うよ。だから、人妻だというのに不心得者の男たちも多かったらしくてね」
「へ……?」
「無論、フィンは断るんだけどね」
「…………」
「けど、村の女たちは、男たちを誘惑してるとフィンに反感を覚える者も多かった。酷い話さ」
「…………」
「同村出身のあの男がいる間は、まだよかったかもしれない。けど……」
「あ……」
旦那様、死んじゃった。
村の男女から、クレフィーンさんを守る人が誰もいなくなった状態だ。
僕は、青褪める。
そして、ふと気づく。
(あ……そうか)
だから、駄目男。
さっき、レイアさんが口にした言葉の意味が、今更、わかる。
でも、
(クレフィーンさん本人は、何も悪くないじゃん)
なのに、何で……?
……田舎村、怖ぁ。
アルタミナさんは言う。
「フィンにとって、あの村は針の筵と同じだよ」
「…………」
「だけど、あんな村でも夫の故郷だからと、フィンは頑なに転居もしない。本当に、フィンは馬鹿で頑固なんだ」
「…………」
アルタミナさん……。
彼女は凄く悔しそうで、悲しそうだ。
(う、う~ん?)
あの金髪のお母様は、とても愛情深い女の人なのだと思う。
亡くなった旦那様。
だけど、愛情は変わらない。
本当はどんな人だったかわからないけれど、その彼をクレフィーンさんは全てを捨てて愛して、今も愛し続けているんだろう。
……少し、旦那様が羨ましい。
パチッ
薪が爆ぜ、火の粉が舞う。
と、その時、
「――フィンは、君みたいな子と結婚すればよかったのにね」
ふと、黒髪の美女が呟いた。
(え……?)
僕はキョトンと、彼女を見る。
義姉だという獣人さんは、寂しそうに微笑み、言う。
「自分のことよりフィンの気持ちを大事にして、ただ純粋にフィンのことを好いてくれる。そういう年下の男の子の方がよかったんだよ」
「…………」
「ね、シンイチ君……? 蜂蜜入りのお茶、美味しかったかい?」
「うん」
「そうかい」
僕の答えに、彼女は優しく頷いた。
パタ パタン
細長い黒い尻尾が、左右に揺れる。
獣のような金色の瞳は、ジ……ッと僕を見つめている。
(…………)
な、なんか落ち着かない。
うう~ん?
困った僕は、誤魔化すようにお茶を飲む。
ズズッ
甘~いお茶。
クレフィーンさんも、僕と同じように好きだという味。
結婚……かぁ。
木製コップから口を離し、僕は夜空を見ながら白い吐息を「ほぅ……」とこぼしたんだ。
ご覧頂き、ありがとうございました。
今話は短めなので、本日もう1話+クレフィーン視点1話で、計3話更新いたします。
2話目、3話目も、よかったら読んでやって下さいね。




