034・女冒険者たちと森の中
ズシッ
(ぐへ……?)
3時間後、身体強化の魔法が切れると、急に身体が重くなった。
ぬおお……重い。
いや、元に戻っただけ。
だけど、歩くだけで足の動きが鈍いぞ。
長くプールや海で遊んだあと、外に出ると自分の重さを感じるのと同じ感覚かしら?
(う~む)
この魔法、慣れると怖いな。
…………。
そんな僕らは今、森林の中の街道にいた。
周囲は背の高い木々に囲まれ、太陽の光も頭上の葉の間から差し込む光線状であった。
森の足元は、雑多な草と土の大地。
と、その街道の途中で、3人が足を止める。
(ん?)
長い尻尾を揺らし、黒髪の美女が振り返る。
「ここから、森に入るよ」
と、宣言。
(あ、そうなんだ?)
僕は「うん」と頷く。
仲間の美女2人も同様だ。
「街道を離れると、魔物も出てくる。シンイチ君は、絶対に私たちから離れないようにね?」
「はい、わかりました」
「よし」
爽やかスマイルで、彼女も頷く。
そのあと、3人は自分自身に『身体強化』の魔法をかけ、僕にもレイアさんがかけてくれた。
く、癖になるぅ……っ。
あと、もう1つ。
トン
クレフィーンさんの指が僕の額に触り、
「――除蟲の印」
と、別の魔法もかけてくれた。
これ、名前通り、虫除けの魔法らしい。
こういう森の中には、様々な毒虫や病気を媒介する虫もいるので、必須の魔法なんだそうだ。
(ふ~む)
冒険者って、色々必須の魔法、多いね。
ちなみに『虫除けの匂い袋』みたいな安い商品もあるけど、その匂いで魔物が寄ってくる可能性もあるらしい。
う~ん、難しいもんだ。
ま、ともかく。
僕らはそうして街道から、鬱蒼とした森の中へと入っていったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
(うん、綺麗だなぁ)
森の中は、緑豊かで美しい景色。
テレビやネット動画で見たことのある北欧の森林みたいな感じだ。
空に、真っ直ぐ伸びた木々。
足元は、背の低い草と土で、落ち葉と枯れ枝が満ちている。
時々、ゴロリと大岩が。
木々の間を流れる小川もあり、その上には苔むした倒木が橋のように転がっていたりする。
頭上からは、差し込む光の筋が何本も……。
コッ コッ チチチッ
森の奥からは、時々、木々のぶつかるような硬い音や鳥の鳴き声も響く。
(なんか、幻想的)
空気も涼しいし、まるで森林浴してる気分だよ。
と、僕は気楽な感じで……。
だけど、前を行く3人の女冒険者は、
「――――」
ガシャッ
歩きながら、時折、自分たちの武器に手をかける。
でも、すぐに離す。
そして、そのまま普通に進んでいく。
(???)
何してるんだろう?
その動作の意味が、僕にはわからない。
と思ったら、
ヒィン
真眼が空中に文字を表示する。
【3人の女冒険者の警戒行動】
・周囲の森に、殺気を飛ばしている。
・威嚇行為。
・半径500メートル以内にいた熊型、昆虫型の魔物は、それを感知し、別の場所に移動している。
・桐山真一の安全のため、無駄な戦闘の回避が狙い。
・普段は、ここまでしない。
(…………)
そうなんだ……?
何だか嬉しくて、申し訳ない。
僕本人には何も言わないけど、3人ともかなり気を遣ってくれてる感じ。
……でも、
(美女たちに守られるのって、少し気持ちいいかも?)
な、なんてね?
ま、僕自身も気をつけよう。
ヒィン
【周囲の魔物】
・半径3キロ圏内に、7体の魔物を確認。
・ただし、3人の脅威となる危険度の魔物はいないため、現状は『安全』である。
(ん、よし)
現状の安全、確認!
僕は言う。
「周囲3キロ内に、魔物は7体。でも、危険度は低いので大丈夫です」
「え?」
「少年?」
「……それも、秘術の目?」
驚く2人の美女と、すぐ気づくレイアさん。
僕は「うん、そうです」と頷く。
アルタミナさんは、
「キロっていうのは、ニホン国の距離単位かい?」
「え、あ、はい」
頷き、
(そっか、距離の単位も違うんだ)
ここ、異世界だっけ。
えっと、
ヒィン
【距離の単位】
・メード。
・1メードは、約1メートル。
・アーク大陸共通の長さの単位。
なるほど。
僕は、
「えっと、3キロは3000メードぐらいですね」
と、補足する。
3人は「3000……」と驚いた顔をする。
黒髪の美女は苦笑し、
「相変わらず、凄い目だね。それじゃあ、レイアの探知魔法より索敵距離が長いよ」
「……悪かったわね」
不機嫌なエルフさん。
クレフィーンさんが「まぁまぁ」と宥めている。
(あらら……?)
余計なこと、言ったかな?
心配する僕に、
「いや、頼もしいよ」
「…………」
「もし負担じゃないなら、このあとも何回か、頼らせてもらえるかな?」
「はい、もちろん」
僕は請け負う。
役に立つなら、それぐらい。
彼女は「ありがとう」と爽やか王子様スマイル。
そのあとも、言葉通り、彼女の指示で何回か周囲の安全を確認し、僕らは森を進んでいく。
幸い、魔物に遭遇することもなく、その後の移動も順調で。
やがて、西の空が赤くなる。
夕暮れだ。
そして、
「今日は、ここで野営しよう」
と、リーダーの黒髪美女が提案する。
無論、異論もない。
僕らも素直に従い、今日の活動は終了を告げた。
◇◇◇◇◇◇◇
3人の女冒険者は、荷物の中から組み立て式テントを取り出した。
平地を選び、
ポイ ポイ
大きな石や枝を拾い、遠くに投げ捨てる。
そして、テントの設営。
床布を敷き、テントを張り、骨組みを通す。
慣れた手つき。
(さすが、冒険者だなぁ)
こうした野営にも慣れているんだろうね。
と、その時、
ヒィン
【竜皮のテント】
・竜の皮の素材で作られている。
・沁み込んだ竜の魔素を恐れ、野生の獣、弱い魔物が寄ってこない。
・骨組みも、軽く丈夫な魔物の骨素材である。
・値段、7000リド。約70万円。
(…………)
た、高ぁ。
さすが1流冒険者、使うテントも1流品みたいです。
でも、その分、安全なんだろうな。
(あ、なるほど)
つまり、生命の安全をこうしてお金で買ってる訳だね。
命の値段と考えたら、安いのかも……。
そんなことを考えている間に、彼女たちはテントの設営を終えてしまった。
僕、何もしてません……。
ちなみに、テントは3人が横になれる大きさ。
ええっと、
(もしかして、寝る時、僕は外かしら……?)
と思ったけど、
「夜は、1人は見張りに立ちますから。シンイチ君もテント内で眠れますよ」
と、クレフィーンお母様。
あ、そうなんだ?
ちょっと、安心。
ちなみに見張りは3人が交代で行い、僕は免除とのこと。
(いいの?)
なんか、少し申し訳なく感じる。
でも、
「貴方をそこまで信用できないもの」
と、レイアさん。
グサッ
少々、胸に刺さるお言葉。
だけど、
「眠っている間は無防備よ。だから、見張りに命を預けるの。でも、貴方、見張りの経験ないでしょ?」
「…………」
「秘術の目は、確かに凄いわ」
「…………」
「でも、居眠りしたら、油断したら? どんな力も意味はない。そして、私たち死ぬわ。――で、今、言われるまで、そのことも理解してなかったでしょ?」
「う、うん」
「つまり、そういうこと」
「…………」
そ、そっか。
まさに正論だ。
自分の未熟を知らない未熟さ……そりゃ、信用できないわ。
(……恥ずかしい)
と、その時、
ポン
僕の背中を、金髪のお母様の手が叩く。
彼女は微笑み、
「気にしないでください、シンイチ君」
「…………」
「最初は誰しも新人です。自身の未熟を知り、学ぶことは恥ではありません」
「クレフィーンさん……」
「それにそもそもシンイチ君は、本来、クエストとは無関係の協力者なんですから。最初から見張りまでさせる気はありません」
「…………」
「レイアもそのつもりでしたよ。ただ、少し先輩風を吹かせたかっただけで」
「え……」
そうなの?
僕は、彼女を見る。
赤毛のエルフさんは少し慌てて、「ちょっと、フィン!?」と人間種の友人を睨んだ。
少し頬が赤い。
(あらま……)
なんて、素敵なエルフさん。
僕の中の好感度、グンとアップです。
クレフィーンさんとアルタミナさんは、クスクス笑う。
そして、黒髪の美女は、
「でも、確かに私たちも新人の頃は何も知らなくて、色々と苦労をしたものだよね」
なんて言う。
その声と表情は、少し懐かしそうだ。
(新人だった3人……)
目の前の大人の美女である冒険者たちを見つめて、僕は何だか不思議な気持ちになってしまう。
何となく気になって、
「あの、皆さんはどうやって知り合ったんですか?」
と、つい質問していた。
僕の問いに、彼女たちは驚いたように顔を見合わせる。
数秒の沈黙。
そして、3人とも気恥ずかしそうに笑う。
やがて長い金髪を揺らしながら、クレフィーンさんが僕を見る。
優しい表情で、
「――そうですね。では、このあと食事でもしながら少し昔話をしましょうか」




