032・駄目なお母様〈※クレフィーン視点〉
本日2話更新、その2話目です。
先に1話目(第31話)も更新されていますので、お見逃しなく。
それでは、第32話になります。よろしくお願いします。
「――彼は善良だね」
シンイチ君が去ったあと、アルが呟きました。
食堂にいるのは、私たち3人と、
「すぅ……すぅ……」
私の膝の上で抱かれながら、安らかな寝顔を見せるファナだけです。
シンイチ君には、明日以降の予定を私たち3人だけで詰めておくと伝えて、先に部屋に戻ってもらいました。
頬杖を突き、アルは言います。
「あの提案に、あんな簡単に応じてくれるとは思ってなかったよ。正直、何か裏があるのかと疑いたくなるぐらいだね」
「アル、シンイチ君はそんな子では……」
「ああ、わかってるよ、フィン」
彼女は、苦笑します。
自嘲気味に、
「表情と目を見れば、裏がないのはわかる。あの子は、本当に純粋な善意で協力を口にしたんだってね」
と言い、頷きました。
同時に、パタリと長い尻尾が揺れます。
彼女の癖……。
感情が揺れている時の動きです。
あの子の善意を利用するような提案をしたことを、少し恥じてもいるのかもしれません。
私も同じように頷きました。
(……シンイチ君)
真っ直ぐな彼の眼差しを思い出し、青い瞳を伏せます。
と、そんな私たちに、
「何よ、本人が了承してるんだから構わないでしょう?」
と、レイアが言いました。
赤毛の長い髪を手で払い、
「それより、あの力……秘術の目とかいうのは本当に何なのかしら? ニホン国の魔法? でも、あんなふざけた能力、聞いたこともないわ」
と、唇を尖らせます。
(確かに……)
見えないものを視ることができる。
そう伝えられ、実際に目の前で証明されても信じられない力でした。
アルは考え込みます。
そして、
「大陸の辺境には、今も未知の魔術、神術、呪術、精霊術などがあると聞く。彼の力もその1つかもしれないね」
「辺境特有の術ってこと?」
「多分ね」
「……ふぅん」
半信半疑の表情で、レイアは呟きます。
人間より長命なエルフの彼女でさえ、初めて目にした力のようでした。
彼女は言います。
「あの子供、そんな自国の秘された術を、よく私たちに話したわよね」
「まぁね」
アルは苦笑し、認めます。
その上で、
「けど、彼の様子を見るに、それが自分にリスクのある行為だと理解はしてたみたいだよ」
「そう?」
「うん。でも、あの子は善良なんだ」
「…………」
「だから、リスクを承知で秘術のことを話したんだよ。――自分を助けてくれた、フィンたち母娘が悲しそうだったからね」
「……ふぅん」
2人は、私の方を見ます。
トクン
私たち母娘のために……その事実に、私の胸の奥が疼きました。
甘く、浅ましく。
申し訳ない気持ちになり、私は青い瞳を伏せます。
(…………)
腕の中にいる、最愛の娘。
私と同じ金色の髪には、今、見たこともない『花の髪飾り』が差してありました。
私は口を開きました。
「この髪飾りは、シンイチ君が買ってくれたそうです」
「…………」
「…………」
「私の留守中、彼は可能な時間、ずっとファナと一緒にいてくれたそうで……今日も2人でお出かけをしたと、ファナが楽しそうに教えてくれました」
私の指は髪飾りに触れ、そして、娘の髪を梳きます。
柔らかな髪。
愛しい娘の温もり。
「この子のあんな明るい笑顔を……久しぶりに見ました」
ジク……ッ
胸の奥が痛みます。
「あんなに楽しそうなファナを、私は……本当に何年ぶりでしょうか? 私1人では……その笑顔も守れなくて……」
目の奥が熱い。
ただ、必死に微笑み、眠る娘の髪を撫でます。
「フィン……」
「……貴方ねぇ」
2人は心配そうに、私を見つめます。
私は言います。
「先に娘を助けてくれたのは、シンイチ君の方です。私はただ、それに報いようとしただけ。そんな私の行為を恩に感じる必要なんて、何もないのに……それなのに……」
「…………」
「…………」
「むしろ私たち母娘の方が、彼に返せぬ恩を重ねられて……」
バサッ
長い髪をこぼし、私はうつむきます。
(本当に……どうすれば……)
ただ一方的に、彼の善意を受けるだけの自分が情けなく、その善意を捧げられて喜ぶ自分も恥ずかしくて……。
ギュッ
眠る娘を抱きしめます。
すがるようにその温もりを味わいます。
友人である2人が、私を見つめます。
やがて、アルが優しく言いました。
「どんな力があっても、子供の1人旅だからね。フィンたちとの他愛もない触れ合いでも、あの子には嬉しかったんだよ」
「…………」
「きっと、今の君みたいにね」
そう……でしょうか。
私はアルを見ます。
彼女は穏やかに微笑み、頷きました。
その横で、レイアは自分の赤毛の髪の毛先を指でクルクル回すように弄びます。
軽く肩を竦めて、
「そんなに気になるなら、フィンのおっぱいでも揉ませてあげたら?」
「…………」
「レイア、君ねぇ……?」
「あら、本気よ? 子供だろうと何だろうと、所詮、男なんだから。触らせたら泣いて喜んでくれるんじゃないかしら?」
と、からかうように笑います。
…………。
……ふふっ。
(もう、レイアったら)
彼女の冗談に呆気に取られ、我に返ると少しだけ心が軽くなりました。
そして、
「さすがに、こんな子持ちの年増の胸で喜びませんよ」
と、苦笑します。
彼女は呆れ気味に、
「フィンの胸なら、世界中の男が泣いて触りたがると思うわよ?」
「はいはい」
「……もう」
赤毛の髪を揺らし、彼女は首を振ります。
(ふふ、ありがとう、レイア)
ですが、さすがにシンイチ君も、こんなおばさんの胸では嫌でしょう。
それとも、本当に……?
トクン
想像し、少しだけ頬が熱くなりました。
(わ、私は何を……)
慌てて自分を戒めます。
すると、アルが深く息を吐きました。
そして、私たち2人に獅子らしい金色の瞳を向けます。
それから、
「何にせよ、あの子の善意に甘える以上、私たち3人も全力で彼が傷1つ負わないように守ってあげないとね」
「ええ、そうですね」
「ま、そのぐらいの責任は果たすわ」
私たちも頷きます。
そんな私たちに、アルも満足そうに頷きました。
と、その時、
「ん……お兄様……」
腕の中のファナが、小さく寝言を言いました。
私たちは、顔を見合わせます。
そして、音を立てずに、つい笑ってしまいました。
幸せそうな寝顔です。
(今日のお出かけを、思い出しているのですかね?)
ギュッ
抱き寄せ、私は、眠る娘に頬を寄せます。
……ファナ。
愛しい私の娘。
シンイチ君の助けを借りて、1日でも早く竜を倒し、貴方の下に帰ってきますからね。
ファナの大好きなお兄様と一緒に。
必ず……。
だから、それまでどうか、貴方を1人にしてしまう駄目なお母様を許してくださいね。




