030・秘術の目(半分嘘)
「え……北東の森の沼地?」
僕の言葉に、クレフィーンさんはその青い瞳を丸くする。
僕は、強く頷く。
「うん」
彼女は困惑した表情だけど、僕は真っ直ぐその目を見つめ続ける。
そして、言う。
「魔物の居場所がわかれば、10日もかからないですよね?」
「それは……そうですが」
「…………」
「シンイチ君……」
真面目な僕の眼差しに、彼女は困った顔をする。
と、そんな僕らの様子を見ていた赤毛のエルフさんが、呆れたように言う。
「は? 急に何?」
「…………」
「深緑の大角竜が北東の森の沼地に隠れてるって、どうして、貴方にわかるのよ? こっちは真面目なの。子供だからって、適当なことを言ってると怒るわよ?」
キッ
冷たい眼差しが突き刺さる。
(……っ)
さすが、白銀級の冒険者……迫力が凄い。
でも、グッと堪えて、
「僕も真面目だよ」
と、答えた。
自分の目を指差し、
「僕の目には、日本国の秘術が宿っていて、見えないものを視る力があるんだ。だから、魔物の居場所もわかるんだよ」
「は……秘術? ニホン国の?」
「うん」
僕は、頷く。
少し嘘だけど、
(でも、信じてもらうためには、嘘も方便)
まずは説得しないと。
エルフさんの美貌は、胡散臭そうに歪んでいる。
だ、駄目かしら?
その時、
「――面白い話だね」
と、黒髪の美女が微笑んだ。
ゾクッ
瞬間、背筋が震える。
それは、まるで肉食獣が獲物を見定めるような黒獅子の美女の笑みだった。
テーブルに両肘をつき、両手を組む。
その上から、黄金色の瞳が僕を見つめる。
縦長の瞳孔の獣の瞳だ。
「確か、シンイチ君だったね?」
「う、うん」
「その話が本当なら、私たちも助かるんだ。だから、1つ、試させてくれないかな?」
「試す……?」
「そう」
彼女は頷き、
「私は今、少しお金を隠し持っている。どこにあるか、わかるかい?」
と、聞いてきた。
(え……お金?)
変な質問。
金髪と赤毛の美女2人も、僕を見る。
片方は困ったように、片方は明らかな疑いの目である。
そして、
「お兄様……」
と、心配そうな顔の幼女も。
僕は目を閉じ、深呼吸。
開いて、
ヒィン
真眼を発動する。
【アルタミナの隠し金】
・服の内側に、1000リド硬貨が1枚、隠されている。
・位置は、胸の中央左寄り。
・隠し財産ではなく、投げナイフ、弓矢などの飛び道具で狙われた時に、心臓を守るための防具の役目である。
(お……?)
そうなんだ?
面白い発想だね。
僕は頷き、
「服の胸の内側、飛び道具から心臓を守るために1枚、1000リド硬貨を持ってます」
「!」
黒獅子の美女は、縦長の瞳孔を丸くした。
端正な顔から、笑みが消える。
その反応に、仲間2人が彼女を見る。
「……アル?」
「ちょっと、まさか」
「……ああ」
黒髪の美女は、息を吐く。
苦笑し、
「正解だよ。まさか、用途も言い当てられるとはね」
と、認めた。
その答えに、仲間の2人も驚きの表情だ。
大人な彼女たちは、僕を見る。
僕は、
ニコッ
と、笑顔を返した。
そんな僕に、
「お、お兄様、凄い……」
と、金髪の幼女は尊敬の眼差しだ。
少し照れる。
すると、耳の長い赤毛の美女が「ふぅん?」と唸る。
それから、面白そうに僕を見つめ、
「そう……もし本当に、そんな秘術の力があるのなら、もう1回、今度は私の質問にも答えてもらえるかしら?」
と、挑戦的に言う。
僕は「うん、もちろん」と頷く。
レイアさんは笑う。
そして、
「なら、質問よ。グレシアンの森にあるエルフの隠れ里に入る方法はわかる?」
と、聞かれた。
ふむ……?
(グレシアンの森って、レイアさんの出身地だっけ)
その隠れ里か。
……よし。
僕は息を吐き、集中する。
(頼むぞ、真眼)
と、念じて、
ヒィン
目の前の空中に、文字が視えた。
(お……ふむふむ)
僕は、その文章を音読する。
「森にある古代の石碑から、東に125歩、南に333歩。そこにある老木の洞の中にある『迷いの小石』を正しい位置に並べて結界を解き、洞の奥から隠れ里に入れる」
「…………」
レイアさんの美貌が強張る。
友人2人が、それを見て、
「……レイア」
「その表情は……当たりかい?」
と、聞く。
エルフさんは、赤毛の髪を揺らして、左右に首を振る。
(あれ?)
違った?
一瞬、慌てたけど、
「あり得ない」
「……え?」
「グレシアンエルフだけの知る知識よ? どうして、人の子が……それも異国の人間が知ってるのよ? あり得ないわ」
「…………」
なんだ、正解じゃん。
(よかった)
僕はホッとし、
「だから、秘術の目なんです」
と、再度伝える。
仲間の友人2人は顔を見合わせる。
そして、
「どうやら、その秘術の力は本物みたいだね」
と、黒獅子公さん。
クレフィーンさんは神妙に、レイアさんは複雑な表情で頷く。
僕も「うん」と答える。
それから、
「実は日本国でも、この秘術の目を持つ人は滅多にいなくて、本当は秘術自体、他言無用なんです。なので、他の人には内緒にしてくださいね?」
と、口に人差し指を当てて言う。
3人の美女は、少し驚いた顔を見せる。
金髪のお母様が、
「そのような秘密を、どうして私たちには話したのですか?」
と、聞いてくる。
他の2人も、僕を見る。
(え~と)
僕は苦笑し、
「その、恩返しをしたくて」
「恩返し?」
「クレフィーンさんたちと出会った時、困っていた僕を2人は助けてくれました。だから、今度は僕が助けになれれば……と」
「……シンイチ君」
僕の恩人の美女は、何とも言えない顔をする。
ついでに僕は、
「あと、僕、お兄様なので」
「……え?」
目を瞬く、金髪のお母様。
僕は、そんな彼女の娘さんを見る。
目が合い、
「可愛い妹みたいな子の寂しさが減るなら、そのお母様や友人には秘密ぐらい話します」
と、言い切った。
3人の美女は、目を見開く。
そして、幼女は、
「お、お兄様……」
と、感動したように瞳を潤ませた。
(うん、天使)
この子が我慢したり、苦しんだりするぐらいなら、多少、真眼の力をバラしてもいいじゃないか。
すると、
「……シンイチ、君」
お母様が口元を押さえる。
え……?
なんか、クレフィーンさんまで泣きそうな表情をしてる。
レイアさんが慌てて、
「フィン」
と、背中を撫でた。
(え、えっと……?)
僕、別に悪いことしてないよね?
困惑していると、
「やれやれ……1人でがんばっている女に、その優しさは刺さるよ。君はわかってやっているのかな?」
「え……」
何の話?
黒髪の美女は苦笑し、両手を広げて首を振る。
細長い尻尾も、
パタ パタ
と、左右に動く。
「君は、いい子だね」
「…………」
「うん、よくわかったよ。その善意に、今回は私たちも甘えようと思う」
と、黒獅子公は僕を見る。
綺麗な金色の瞳。
その見つめる瞳の中に、僕の顔が反射している。
(…………)
なんか、ドキドキ。
そんな僕に、その美しい黒髪の女冒険者は微笑む。
そして、
「――だから、シンイチ君。『深緑の大角竜』を確実に見つけ、仕留めるために、君も私たちの次の探索に同行してもらえないかな?」




