029・美女たちの帰還
「――お母様!」
赤、青、白の3つの月が夜空に昇る時刻に、クレフィーンさんは宿屋に戻ってきた。
仲間の2人も一緒である。
抱きつく娘に、
「ファナ、ただいま」
と、金髪のお母様も優しく微笑み、
ギュッ
しっかりと抱き返した。
その様子を、黒髪の獣人アルタミナさんと、エルフのレイアさんが微笑ましそうに眺めている。
時間は、午後9時頃。
帰ってきた3人を出迎えに、僕とファナちゃんは春風の宿の1階受付前に来ていた。
黒髪の美女――アルタミナさんが母娘に近づく。
「久しぶりだね、ファナ」
と声をかけ、
クシャ クシャ
幼女の金髪を撫でながら、爽やかに笑う。
赤毛のエルフ、レイアさんも覗き込むように幼女を見る。
彼女は「ふぅん?」と頷き、
「1年見ない間に、だいぶ大きくなったわね? 本当、人間の成長って早いわ」
と、呆れたように笑った。
そんな母の友人2人に、ファナちゃんは「こ、こんばんは、アルおば様、レイアおば様」と礼儀正しく挨拶する。
だけど、
ピシッ
美人な2人が微笑んだまま、固まる。
少し遠い目で、
「お、おば様かぁ」
「ふ、ふふ……所詮、短命な人の子の言葉よ、レイア……気にしないの」
なんて呟く。
(あ~、うん)
お姉さんたちは、何だか微妙なお年頃なようで……。
無垢な幼女は「???」とキョトンとし、その母親は友人たちの反応に少し困った顔で笑う。
僕も内心、苦笑する。
それから、場の空気を変えるように、
「皆さん、おかえりなさい」
と、僕も声をかけた。
3人の美女が振り返り、
「やぁ、少年」
「ああ、この間会った人の子ね」
と、獣人とエルフのお姉様方が言う。
そして、
「はい。ただいま、シンイチ君」
と、金髪のお母様も柔らかに微笑む。
(うむ、女神)
まさに後光が差すような、優しく神々しい笑顔でございます。
その腕の中で、
「お、お母様。ファナ、今日、お兄様とお出かけしたの」
と、天使が笑う。
自慢するようなご報告。
母親の女神様は「まぁ」と驚き、
「よかったですね、ファナ。――シンイチ君も、私の留守中、娘の相手をしてくれていたのですね。本当にありがとうございます」
と、頭を下げる。
綺麗な金髪がサラサラと肩から流れる。
僕は「あ、いえいえ」と手を振る。
天使ちゃんを見て、
「僕も楽しい時間だったんで」
と、笑った。
金髪の幼女の方も、少し恥ずかしそうにはにかむ。
お母様は「シンイチ君……」と呟き、僕と娘の様子に嬉しそうな表情になる。
友人2人も、
「ふぅん?」
「クレフィーンの娘と、仲いいのね」
と、感心した様子。
大人の美女たちの視線が、くすぐったい。
コホン
僕は赤面しつつ、咳払い。
それから、
「えっと、僕のことより、クレフィーンさんたちは、思ったより早く帰れたんですね?」
と、言ってみた。
途端、3人の表情が素に戻る。
アルタミナさんとレイアさんは視線を交わし、重そうにため息を吐く。
クレフィーンお母様も、
「ええ、少し問題が起きまして」
「問題?」
「はい」
金色の長い髪を揺らし、彼女は頷く。
(やっぱりか)
僕も内心、納得している。
実は、3人が宿に戻る前、町長の家と冒険者ギルドに先に寄っていたのを、真眼の表示で知っていたんだ。
詳細までは視ていない。
でも、何かあったんだな、というのはわかる。
彼女の表情も、少し暗い。
それに気づき、
「……お母様?」
金髪の幼女も、少し心配そうな顔だ。
クレフィーンさんは、そんな娘を安心させようと優しく髪を撫でる。
それから僕を見て、
「実は――」
と、口を開きかけ、
パン
「そこまで」
アルタミナさんが両手を叩き、僕らの会話を止めた。
(え?)
僕とお母様は、キョトン。
黒髪の美人さんは苦笑し、
「詳しい話は、食堂で食事をしながらにしないかな? 昼から何も食べていないから、さすがに空腹でね」
と、提案してくる。
(ありゃ、そうなんだ?)
僕は、少し驚く。
赤毛のレイアさんも「そうね、私もお腹が空いたわ」と白い手を軽く挙手して、黒獅子公様のお言葉に賛成する。
クレフィーンさんも、自分のお腹を軽く押さえる。
「そう……ですね」
と、呟き、僕を見る。
(あ、うん)
僕は頷いた。
話す場所は、どこでも構わないし。
彼女は微笑み、
「すみません。では、話は食堂でしましょうか」
「うん、わかりました」
僕ももう1度、頷く。
友人2人も「それがいいね」「ええ」と賛同する。
金髪の幼女も、
「う、うん。ファナも、みんなとご飯、食べたい」
と、答えた。
そんな天使の言葉に、僕らは小さく笑う。
それから僕は、3人の年上の美女と1人の可愛い幼女と一緒に、宿屋の食堂に向かったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
食堂で、料理を食べる。
遅い時間だからか、僕ら5人以外に客はなく、貸し切り状態だ。
モグモグ
みんなで食事。
僕とファナちゃんは先に夕食を食べていたので、今は『イルゴ果実のシャーベット』だけを注文する。
(うむ、甘くて冷たくて、美味ですなぁ)
と、僕らは満足。
他の3人は『ラキラ麦パン』『赤目牛のステーキ』『マハ鶏の照り焼き』『7種の野菜と茸の炒め物』『3種の新鮮サラダ』『シュメの果実酒』というメニュー。
体力勝負の冒険者だからか、がっつり食べている。
う~ん、凄い。
食べ方は上品だけど、手が止まらない。
3人ともスタイルの良い美人なので、料理がどんどん消えていくのが不思議で気持ちいい。
ある程度、お腹が満足した所で、
「……それで、先程、話しかけていたことなのですが」
と、金髪のお母様が言い出した。
(あ、うん)
ようやく教えてもらえるらしい。
僕も「はい」と姿勢を正す。
そんな僕に、
「実は、私たちが予定よりも早く帰ってきたのは、討伐対象の魔物の痕跡が発見できなかったからなんです」
と、彼女は、今回の問題を伝えてくれた。
え……?
(痕跡がなかったの?)
僕は、目を丸くする。
すると、アルタミナさんも食事の手を止め、
「より正確には、2週間以内の痕跡が……なんだけどね」
と、付け加えた。
(えっと……)
僕は、考える。
痕跡とは……つまり、足跡とか、爪痕とか、糞とか、そこに魔物がいた証拠となるもののこと。
でも、2週間以内の痕跡がない。
(それって)
僕は、3人を見る。
彼女たちは頷き、
「どうやら、魔物が生息地を移動したらしいんだ」
と、黒獅子公さん。
ええ……?
「そんなこと、あるんですか?」
「珍しいけど、ない訳じゃないかな。偶然、僕らの派遣と魔物の移動タイミングが重なったとか、ね」
「…………」
「周辺一帯を確認したけど、やはり魔物も見つからなかったよ」
と、ため息。
黒い獣耳も、ペショ……と垂れている。
赤毛のエルフさんも、
カチン
空のお皿にフォークを突き、
「私も探知魔法を使ったけど、反応はなかったのよ。その魔物、完全に報告のあった北の山からいなくなったわね」
と、唇を尖らせ、不満顔だ。
(ありゃあ……)
つまり、3日間、無駄足だったと。
そりゃ、不機嫌だわ。
見れば、金髪のお母様も少し疲れた顔である。
そして、
「ただ、魔物がいたこと自体は間違いありませんし、近隣の村々に被害が出たのも事実です。このまま、放置する訳にもいきません」
「あ、うん」
「今後は捜索範囲を広げ、魔物を発見することになります」
「…………」
「ですが、予定日内に終わらせることは不可能ですし、足りなくなる水や食料の補充、依頼主やギルドへの報告、許可も得なければならず、こうして1度、帰還することに」
と、説明してくれた。
(うわぁ……)
そんな大変なことになってたのか。
納得しながら、僕は「そうだったんですね」と頷く。
お母様の友人2人も、
「思ったより、厄介な状況になったよね」
「ったく、面倒な話だわ」
と、1人は苦笑し、1人は愚痴る。
クレフィーンお母様も、長い金髪を揺らして頷く。
そして、娘を見て、
「なので、今後の魔物の捜索には、かなりの時間がかかります。もしかしたら、10日以上かかるかもしれません」
「……っ」
ファナちゃんは、息を飲む。
え……?
……あ!
(じゃあ、1人ぼっちのお留守番時間も、更に10日増えちゃうの!?)
そんな馬鹿な……。
僕は、唖然。
伝えるお母様も、やはり辛そうな表情で……それに気づいた友人2人も、少し心苦しそうな顔になる。
(そりゃ、仕事だけど……)
それは、わかるけど。
う、う~ん。
だけど、健気なファナちゃんは、お母様に微笑んで、
「う、うん。わかった」
と、頷いた。
グサッ
その泣き笑いの表情が、胸に刺さる。
お母様も同じ表情だ。
むしろ、怒ったり、泣いたりしてくれた方が、まだよかったという感じ。
幼女は言う。
「ま、魔物がいると困る人、いっぱいいるし……がんばってね、お母様」
「ファナ……」
「ん、フ、ファナは大丈夫」
「…………」
「だ、大丈夫だよ」
「……はい」
唇を引き結び、頷くお母様。
(うぁぁ……)
お互いを思って、2人とも自分の感情を殺してる。
見てて辛い。
アルタミナさんは困った顔をし、レイアさんは唇を尖らせながらそっぽを向く。
みんな、食事の手も止まってる。
(……くっ)
魔物、許すまじ。
どこ行きやがったんだ、ソイツ……!
絶対、許さん。
絶許だ。
そう僕が怒りに震えた時、
ヒィン
真眼が発動した。
食堂の北側の壁辺りに文字が浮かぶ。
【深緑の大角竜】
・森林に棲む竜種である。
・目標個体は、推定年齢150歳以上。
・老獪で高い知能があり、周辺の人種族を捕食した結果、手強い人種族が現れる時期と予測して、17日前に生息場所を移動させた。
・現在、北東の森の沼地で、息を潜めている。
・戦闘力、1100。
(お……)
僕は、目を瞠る。
深緑の大角竜……?
3人の狙う魔物って、まさか、この竜なの?
ゴクッ
僕は、唾を飲む。
(――うん)
1度、頷き、覚悟を決める。
そして、金髪の美女を見て、
「――あの、クレフィーンさん、その『深緑の大角竜』って、今、『北東の森の沼地』に隠れてるみたいですよ?」




