024・天使ちゃんとお食事
約10分後、僕は『春風の宿』に帰り着いた。
宿に入ると、
「ああ、おかえり」
と、受付の女将さんが出迎えてくれる。
僕も「あ、ただいまです」と返事をした。
すると、
ジロジロ
女将さん、なぜか僕のことを見てくる。
(???)
何だろう?
そんな僕に、
「服、変えたんだね」
「え?」
「朝と違うから、一瞬、誰かと思ったわ」
「あ……」
そっか。
今、学生服じゃないんだっけ。
僕は苦笑し、
「買いました」
「そうかい。この国の人間っぽくて、なかなか似合ってるよ」
「どうも」
笑う女将さんに、軽く会釈。
それから、
「そう言えば……ファナちゃん、どうしてます?」
と、聞いた。
少し気になってたんだ。
女将さんは頷いて、
「お昼に1度、食堂に顔を出したね。それ以外はずっと部屋にいたみたいだよ」
「そっか……」
「知り合いなんだろ? 早く顔を出してあげな」
「うん、そうします」
彼女の言葉に、僕も頷いた。
そのあと、自分の客室の鍵を借り、僕は宿の2階へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
「ふぅ」
自室に到着。
外套を外し、椅子の背もたれにかける。
リュックも下ろし、机の上にドサッと置いた。
短剣の紐も外し、その横へ。
コトッ
身軽になると、「んん~」と軽く伸びをする。
今日1日、色々あったな。
朝1番に貴重な魔法石板を見つけて、ギルドで初めての依頼を受けて、草原で薬草採取して、魔法を覚えて、試して、ギルドで報告して、買い物して……そして今、だ。
(ああ、疲れたぁ)
コキ コキ
首を捻ると、音が鳴る。
凝ってるぅ。
さて、このあとは、風呂にでも入るかな。
でも、その前に、ファナちゃんに顔を見せて――と思った時、
コン コン
(ん?)
突然、部屋の扉がノックされた。
誰でしょう?
僕は「は~い」と扉に向かい、ドアノブを回した。
ガチャ
扉が開き、
「……お、おかえりなさい」
(おや?)
目の前の廊下に、可愛い天使がいた。
ってか、
(ファナちゃん)
まさか、彼女から来てくれるとは思わなかった。
驚く僕の前で、金髪の幼女は小さな両手を握り締め、緊張した面持ちで立っていた。
そして、
「も、物音がしたから……か、帰ってきたと思って……」
と、必死に言う。
(そっか)
僕は頷き、しゃがむ。
目線を合わせ、
「ありがとう。ただいま、ファナちゃん」
ポン
幼女の頭に手を乗せ、笑いかけた。
彼女は「あ……」と驚き、そして、安心したように笑う。
頬は、少し赤い。
(うん、天使)
僕も、ほっこりしちゃう。
髪を撫でると、彼女も気持ち良さそうに目を細める。
なんか、子猫みたいだね。
少し考え、
「僕、これからお風呂入るんだけど、そのあと一緒に食堂に、夕ご飯、食べに行かない?」
と、聞いた。
彼女は目を輝かせ、
「い、行く」
コクコク
素早く2度、頷く。
(ん、よかった)
僕は立ち上がり、
「じゃあ、準備ができたら誘うから、部屋で待っててね」
「う、うん」
大きく頷く、天使ちゃん。
僕も笑う。
そのあと彼女と別れ、僕は1人、お風呂に入る。
宿の風呂は広く、木製で、その木の香りが落ち着く素敵な空間だった。
(ふひぃ~)
と、リラックス。
手足を伸ばし、しっかり揉む。
今日の疲れは、明日に残さないようにしないとね。
20分ぐらいで、上がる。
そして、
「お待たせ、ファナちゃん。行こっか?」
「う、うん」
幼女の部屋を訪問し、僕らは食堂に向かったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
金髪の幼女と2人、食卓を囲む。
今日の料理は、
ヒィン
【3種の茸とマハ鶏肉の炊き込みご飯】【山菜のお浸し】【トメルの実とオルカ菜のサラダ】【オークレの実の果実水】
である。
モグモグ
(うん、美味い!)
異世界料理、絶品である。
ついでに今日は、たくさん歩いたので、余計にお腹も空いていて、より美味しく感じるよ。
パクパク
と、食べる僕の前で、
「……ん」
モグ モグ
ファナちゃんは、少量ずつ食べている。
まるで、小動物みたいで可愛い。
(でも……)
遅いけど、丁寧な食べ方だね。
姿勢もいいし、行儀もいい。
ご飯1粒だってこぼさないし、どうやら、あのお母様がしっかり教育なさったようである。
と、僕の視線に気づき、
「あ……」
少し恥ずかしそう。
うむ、天使、可愛い。
僕は笑いながら、彼女が退屈しないよう、今日のクエストの話をしたりする。
古代魔法のことは、内緒。
でも、それ以外を語る。
薬草採取のクエストを受注し、草原まで歩き、薬草を集め、貴重な花を見つけ、無事、クエスト達成して、報酬も嬉しくて、でも、歩き疲れて少し足が痛い、とか。
彼女は、
「お、お疲れ様でした、お兄様」
と、はにかみ、労ってくれた。
(う~ん、いい子)
僕も「ありがと」と笑う。
そのあと、ファナちゃんのことも聞く。
今日1日、どうしていたのか?
その答えは、
「ご、ご本、読んでた」
とのこと。
ふむ……?
(真眼で視た通り、ずっと読書してたのか)
話を聞くと、こうしてお母様がお仕事で出かけている時は、基本、ずっとご本を読んで過ごしているらしい。
なるほど、文学少女。
いや、文学幼女……?
ま、どっちでもいいんだけど、
(しかし、幼女1人のお留守番……か)
僕は、少し考える。
聞いていいのか、少し迷う。
「?」
僕の様子に、彼女が気づく。
不思議そうに、
コテッ
小首をかしげ、僕を見つめる。
その視線に促されて、
「えと、答えたくないならいいんだけど、その……ファナちゃんのお父さんって、どんな人だったの?」
と、聞いてみた。
彼女は、青い目を瞬く。
そして、
フルフル
首を左右に振る。
柔らかなおかっぱの金髪が踊り、
「……覚えてない」
「え?」
「ファナが2歳の時に死んじゃったから」
「……あ」
「でも、お母様と同じ冒険者で、先輩だったって……。それでお母様と結婚して、2人とも引退したって」
と、幼女は言う。
そっか、
(お父様も冒険者だったんだ?)
夫婦で同職。
これも、職場結婚かしら……?
カチャ
ファナちゃんの食事の手が止まる。
(ん?)
幼女は、瞳を伏せ、
「近所の人、言ってた……。お母様は若い頃、凄い冒険者で、将来を凄く期待されていたんだって……」
「へぇ」
「でも……」
「?」
「……でも……ファナが生まれたせいで、引退したって」
「…………」
僕は、目を見開いた。
幼女は、うつむく。
泣きそうな表情で、
「ファナのせいで、お母様……夢を諦めたの」
と、消えそうな声で言う。
僕は、幼女を見つめる。
それから、視線を上げ、あの優しいお母様の娘に向ける笑顔を思い出す。
(……うん)
もう1度、彼女を見る。
そして、
「――多分、お母様は凄い冒険者になるよりも、ファナちゃんのお母様になることの方が誇らしかったんだね」
と、言った。
彼女は「え……」と僕を見る。
その目を見返し、
「クレフィーンさんは、もっと大事な夢を手に入れたんだよ」
僕は、笑った。
日本でも、よく聞くもの。
人気の芸能人が結婚を機に芸能界から引退したり、給料のいい会社に入った人がやりたい夢のために退社したり、とか。
他人から見ると、もったいない。
でも、本人は満足してる。
きっと大事なことって、人それぞれ違うんだ。
だから、
(あのお母様も……ね)
と、僕は思うんだけど。
西洋人形みたいな幼女は、青い目を丸くして僕を見ている。
困惑したように、
「そう……かな?」
「そうだよ」
僕は、断言。
こういうのは、きっとお母様本人より、無関係の第3者が言った方が信じられるだろう。
幼女は頷き、
「ん……そ、か」
と、表情を緩めて、微笑んだ。
安心した、無垢な笑み。
(……ぐっ)
本物の天使がここにいます。
…………。
そのあとも、少し明るくなったファナちゃんとお喋りしながら、僕らは食事を続けたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
1時間ほどで、食事も終わる。
食堂を出た僕らは、客室のある2階の廊下に戻ってきた。
客室前で、
「じゃあ、また明日ね」
僕は、ファナちゃんに話しかけた。
彼女は「う、うん」と頷く。
その表情は寂しそうで、
(う~ん……やっぱり1人でいるのは不安なのかな?)
と、心配になる。
と、その時、
ヒィン
(ん?)
【ファナ・ナイド】
・1人になるのを寂しがっている。
・母親を思い出し、今、母親がどうしているか、心配している。
と、文字が浮かぶ。
(おや?)
そっか、お母様の心配か。
確かに、クレフィーンさん、魔物討伐に行ってるんだもんね。
怪我とか、もしもの可能性もある。
そりゃ、心配になるさ。
…………。
……いや、大丈夫だよな?
(う、う~ん)
何だか、僕も心配になってきた。
僕は、廊下の窓を見る。
窓の外には、クレタの町の夜景が広がり、遠くには町壁がある。
その壁の上には、星々の煌めく空を背景に、影絵みたいに真っ黒に見える北の山脈が見えた。
(あそこか)
クレフィーンさんのいる山。
ジッ
僕は、目を凝らす。
強く、集中……。
ヒィン
【クレフィーン・ナイド】
・山の中腹で、野営中。
・友人2人と娘の話をしながら、作った夕食を食べている。
影絵の山の上に、文字が重なる。
(……ほっ)
無事か。
よかった。
僕は安心しながら、
「クレフィーンさんも今頃、食事中かな」
「え……?」
「きっと一緒にいる2人に、自慢の娘のファナちゃんのことを話したりしてるよ」
と、笑いかけた。
彼女は、ポカンとする。
すぐに恥ずかしそうに、
「そ、そうかな?」
「そうだよ」
僕は頷く。
それから、
「そういうの、僕、わかるんだ。だから、心配要らないよ」
ポム
と、金色の髪に手を置いた。
そのまま撫でると、彼女は猫のように目を細める。
そして、
「ありがと……お兄様」
と、幼女は呟く。
頬も赤くなり、表情も少し元気になったように見える。
(うんうん)
天使である。
僕は言う。
「夜の間、僕は、ずっと隣の部屋にいるからさ。何かあったらいつでもおいで」
「う、うん」
「明日の朝も、ご飯、一緒に食べよう」
「うん」
「よし。――じゃあ、おやすみ、ファナちゃん」
クシャクシャ
と、少し乱暴に髪を撫でた。
ファナちゃんは「わ、わ……?」と驚く。
僕は手を離す。
幼女は、小さな手で髪を整える。
僕を見上げ、
「……むぅ」
と、少し怒った顔。
僕は、クスクスと笑う。
彼女もはにかみ、
「お、おやすみなさい、お兄様」
と、言う。
そして、部屋の扉を開けると、そそくさと隠れるように入ってしまう。
パタン
軽い音と共に、扉が閉まる。
それを見届け、
(うん)
僕も自分の客室へと戻ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
ギシッ
ベッドに横になる。
(これで、異世界生活2日目も終了だぁ……)
と、伸びをする。
色々あったけど、いい1日だった。
収穫も多かったしね。
さて……少し早いけど、明日に備えてもう眠るとしよう。
そう思った時、
ヒィン
(ん……?)
【クレフィーン・ナイド】
・野営中。
・友人2人と交代で見張りをしながら、テント内で休息している。
・数分前から、ふと『桐山真一』のことを思い出している。
北の壁の辺りに文字が見えた。
(…………)
え?
クレフィーンさん、僕のことを思い出してるの?
あの美人のお母様が?
ドキドキ
ちょっと、ときめいちゃうよ。
(いや、わかってる)
多分、娘の心配してて、ちゃんと面倒見てくれてるかなぁ……って考えてるとかなんでしょう。
わかってますよ。
でも、
(……うん)
なんか、嬉しいもんだね。
1人ぼっちの異世界。
なのに、僕のことを考えてくれている人がいる。
それも、
(あんな年上の美人の未亡人さんが……)
えへへ。
今日も色々あったけど、最後の最後に、1番いいことあったなぁ。
僕は、にんまり。
そのまま目を閉じ、
(おやすみ、クレフィーンさん)
と、こちらも彼女を思いながら、ちょっと幸せな気持ちで2日目の眠りに着いたんだ。




