182・まるで奇跡のように
「オーディン様!」
「よくご無事で……!」
神殿の治療室で、若い2人の男女がオーディンさんに抱き着き、涙を流していた。
彼も泣き笑いで、
「ケルン、マルティーナ。お前たちもよく生きててくれたね」
ガシッ
と、強く抱き返す。
若い男女は、オーディンさんの仲間の2人だ。
森を抜けた僕らは、更に1日かけて1番近い街まで移動し、数日前に救助された2人とオーディンさんは再会を果たしたんだ。
僕らは、その様子を部屋の隅で見ている。
(よかったな……)
そう思う。
でも、ケルンさんは右腕がなく、マルティーナさんも足を引き摺って支えの杖を持っていた。
逃走の代償だ。
オーディンさんが『高濃度汚染体』との戦闘から必死に逃がしたあとも、2人は『魔瘴気の満ちる黒き森』の魔物たちに襲われてしまい、これほどの深手を負ってしまったんだ。
その瀕死の状態で、この街へ。
オーディンさんの救援を求めるため、必死に辿り着いたのである。
(……っ)
その思いを考えると、涙が出そう。
もらい泣きする僕の髪を、クレフィーンお母様は優しい表情で撫でてくれる。
やがて、2人は、
「黒獅子公、本当にありがとうございました!」
「よく、オーディン様をお助け下さって……!」
と、僕らの方に――より正確には、煌金級冒険者のアルタミナ・ローゼンへと頭を下げてくる。
彼女は笑い、手を振る。
「どういたしまして。ま、気にしないで」
「はっ。しかし……」
「アルタミナ様はどのようにしてオーディン様の危機をお知りに……? 私たちが街に救援を求めてから、まだ1週間ほどなのに、なぜここにいらっしゃるのか……」
「あはは、うん、そうだね」
2人の疑問に、黒髪の美女は明るく笑う。
で、笑顔の質が変わる。
ドキッ
軽やかなものから、重く、圧力のある笑みに。
ケルンさん、マルティーナさんも息を飲む。
威圧の笑顔のまま、
「その件で、2人にも口裏合わせをお願いしたいんだ。私も、どうしても守りたい少年がいてね」
「ま、守りたい少年……?」
「く、口裏合わせですか?」
「そ。代償は、オーディンの命だったんだ。悪くないだろう?」
と、言う。
2人は顔を見合わせ、オーディンさんを見る。
彼は頷く。
「俺からも頼むよ」
「はっ」
「オーディン様がお望みなら」
2人も、即同意した。
(う~ん、カリスマ)
仲間からのその信奉に近い求心力はさすがですね。
室内には今、僕らだけであり、神殿関係者の皆さんは再会の場に遠慮して席を外してくれている。
そして、アルタミナさんは口裏合わせの内容を語る。
まず、僕らがここに来た理由は、偶然であること。
僕らが頼まれた『腐肉』の処理が終わり、その時、ふとオーディンさんが気になり、アルタミナさんの提案で『魔瘴気の満ちる黒き森』方面へと向かったこと。
到着したこの街の門前で、僕らは2人を発見し事情を聞いたこと。
そして、アルタミナさんと僕らは、森へオーディンさんの救助に向かったこと。
2人は瀕死だったので、それが夢か現かわからなかったこと。
なので、街の関係者に救援を求めた時、アルタミナさんのことを言い忘れてしまったこと。
そして今日、それが現実だったと知ったこと。
以上が、なぜ、アルタミナさんがオーディンさんを助けに来たのか、こんなに早く救助に動けたのか、その理由の全てとしてもらう――と、黒獅子公はお願いという形で脅迫した。
「いいよね?」
「は、はい」
「わかりました」
2人は、コクコクと頷く。
(う、う~ん)
結構、苦しい言い訳と思うけど、ま、仕方ないか。
世間や冒険者ギルドなどから、僕の目の秘密を守り、面倒な事態を避け、平穏な生活を続けるためだから、僕の立場としても何も言えないんだ。
オーディンさんも、
「すまない、俺からも頼む」
と、頭を下げた。
ケルンさん、マルティーナさんは慌てて「もちろんです!」と答えてくれた。
黒獅子公のお姉さんも、満足そうに頷く。
強引なやり方に、レイアさんは肩を竦め、クレフィーンさんも少し申し訳なさそうに微笑んでいる。
と、オーディンさんが僕らを見る。
「今回は世話になったな」
「ううん。ま、貸しってことで、いつか返してもらうよ」
「ああ、わかった」
アルタミナさんは軽く言い、オーディンさんは苦笑する。
貸し……というには、本当に命懸けの救援だった。
その事を感じさせないアルタミナさんの物言いに、オーディンさんも苦笑するしかなかったのだろう。
彼の仲間の若い2人も頭を下げる。
痛々しい姿。
(……う~ん)
僕は少し考え、真眼で確認する。
ヒィン
あ……そうなんだ?
なら、よかった。
僕は安心しつつ、前に出た。
「シンイチ君?」
クレフィーンさんが不思議そうに僕を呼ぶ。
僕は微笑み、再び前を向くと、まずはレディファーストということでマルティーナさんの前に立つ。
彼女が僕を見る。
僕は両手を向け、
「失礼します」
「え?」
声が聞こえた瞬間、
ボワァンッ
彼女の全身から虹色の炎が噴き出し、着ている白い治療服を内側から膨らませた。
全員がギョッとする。
そばにいたケルンさんが「おい!」と唯一の左手で僕の肩を掴んだ。
(わっ?)
攻撃だと思われたらしい。
けど、虹色の炎はすぐに収まり、そして、マルティーナさん自身は少し驚いた表情のあと、何かに気づいた顔になる。
杖を外す。
「え……」
ケルンさんが間抜けな声を漏らした。
彼女は唖然とした表情で、1歩、2歩と室内を歩き、そして、立ち止まった。
「歩ける……足が、動く」
と、呟いた。
目を瞠っている。
オーディンさんが驚いたように僕を見る。
「1日1回、どんな怪我も治せる古代魔法です。オーディンさんにも使ったでしょ?」
「あ……」
「まだ最近負った怪我だから、彼女の後遺症も治せたみたいです」
「…………」
「ケルンさんは、明日、治しますね」
と、僕は笑った。
ケルンさん本人は「え、あ……お、おう」と戸惑ったように答えた。
多分、まだ実感してない。
でも、明日には嫌でも実感してくれるでしょう。
と、マルティーナさんが泣き出した。
「わ、私……動ける。これで、まだ冒険者でいられる……私、また冒険できるんだわ……っ!」
大泣きである。
お、おお……?
大人のお姉さんが号泣し出し、僕、びっくり。
オーディンさんが彼女を抱き締め、優しく宥めながら、僕の方を見る。
「シンイチ君……君は……」
「は、はい?」
「いや、何でもない。これ以上は何も言わない」
「…………」
「ただ、今後、もし俺の力が必要ならば、いつでも力を貸そう。『黄金剣鬼』の名と誇りにかけ、命に代えても君の恩に報いることを誓う」
凄く真剣な表情だ。
(……お、大袈裟じゃない?)
でも、断れる空気じゃないので、僕は「わ、わかりました」と頷いた。
彼も、生真面目に頷く。
困惑していると、
クスクス
背後から笑い声がした。
振り返ると、アルタミナさん、レイアさん、クレフィーンさんが笑っている。
3人で顔を見合わせ、
「全く、少年は困った子だね」
「本当よね」
「ですが、シンイチ君らしいです」
なんて言う。
黒髪の美女が伸びをして、
「ん~、仕方ない。私たちの出発は、明日以降に延長だね」
(あ……)
し、しまったぁ。
僕は慌てて「勝手なことして、すみません」と謝る。
でも、3人とも怒ることなく、笑ってくれている。
クレフィーンお母様の白い手が僕の髪を愛おしそうに撫で、前髪を払ったおでこにキスしてくれる。
(ほわっ?)
目を丸くする僕に、
「――ふふっ、それでこそ、私の愛するシンイチ君ですよ」
と、甘く笑ったんだ。




