181・勧誘
「――白き炎霊」
お母様の美しい声が、静かに響いた。
500年の時を隠れ、この森で生き延びた『邪竜の腐肉』は、その純白の炎に焼かれ、無数の触手を伸ばして身悶えながら消滅していく。
最後の肉片も黒く砕け、消える。
ヒィン
【邪竜の腐肉】
・現世より消滅している。
(うん)
真眼でも確かめ、僕は息を吐く。
終わった……。
これでまた1つ、この世界でファナちゃんの将来を脅かす要因が減ったのだ。
(よかった)
全員、ホッとした様子で。
ガクッ
その時、オーディンさんが突然、地面に片膝をつくように体勢を崩した。
(え?)
「オーディ!?」
僕は驚き、アルタミナさんも少し慌てる。
彼は片手を上げ、苦笑い。
「ああ、すまない。安心したら、少し力が抜けてしまってね。……この少年に傷は塞いでもらったが、さすがに体力は落ちてしまっていたからさ」
(あ……)
なるほど。
回復魔法は傷は治せても、失った体力は取り戻せないのか。
つまり、オーディンさんは消耗した状態で、けれど、気合だけで身体を動かし、あのアン・ベリィと戦っていたということになる。
う~ん、凄い根性。
(さすが、煌金級の冒険者ってことかな)
その称号は伊達じゃないね。
アルタミナさんも「そっか……」と、少し安心したように頷く。
クレフィーンさんが荷物を漁り、携帯食料と水筒を取り出して彼に渡す。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう、クレフィーンさん」
彼は笑顔で、受け取る。
お母様も柔らかく微笑む。
美男美女の組み合わせ……凄くお似合いで、狭量な僕は少々複雑なお気持ちです。
(いかんいかん)
僕は、首を振る。
大人なお母様とお似合いになるためにも、僕も大人にならなければ……。
と、レイアさんが、
「お似合いね、あの2人」
「…………」
「ふふ……冗談よ」
「くっ」
か、からかわれた。
赤面しつつ頬を膨らませていると、レイアさんも反省したのか、少し優しい口調でこんなことを言う。
「大丈夫よ」
「?」
「フィンは貴方にぞっこんよ。貴方のことしか見てないから」
「…………」
「ほら」
促され、視線を向けると、クレフィーンさんがこちらを見ていた。
目が合う。
彼女は見ていたことを気づかれると、
「ぁ……」
と、恥ずかしそうに頬を赤らめ、視線を彷徨わせると、それから僕に誤魔化すようにはにかんでくる。
(か、可愛い)
熱が伝わり、僕も赤くなる。
レイアさんは、
「ね? あんな表情を見せるのは、シンイチだけよ」
と、笑う。
そっか。
僕も安心し、何だか誇らしい気持ちになる。
と、そんな僕らの様子を見ていたオーディンさんは、少し目を丸くして意外そうな表情をしていた。
同じ煌金級の美女に、
「アル? もしかして、彼女……」
「ん? ああ、うん。シンイチ君はフィンの恋人で婚約者なんだよ」
「……本当か?」
「うん」
「……そうか。彼女は年下好きだったのか」
「みたいだねぇ」
唖然としている彼に、アルタミナさんはクスクス笑う。
でも、最初は驚いてはいたけれど、オーディンさんに呆れたような様子はなく、むしろ、すぐに祝福するような優しい眼差しになっていた。
(ど、どもども)
何か照れ臭い。
そして、こんないい人に、さっきは嫉妬してごめんなさい。
僕も、オーディンさんの気持ちがアルタミナさんに届くよう祈ってますよ。
なんて思いながら、
チラッ
もう1度、隣のクレフィーンさんを見る。
彼女も微笑む。
(うん)
そこに彼女がいる。
お互い、無事、生きている。
その事実を噛み締めながら、僕は、ようやく命懸けの戦いが終わったのを実感していた。
◇◇◇◇◇◇◇
ヒィン
(おや?)
真眼で視ると、約9日間、腐肉に捕らえられていたオーディンさんは、呪詛の浸食も受けていた。
肉体の不調は、その影響もあるらしい。
要は、『高濃度汚染体』と呼ばれる存在への肉体の変質……その過程にあるのだとか。
僕は、慌てて報告。
「仕方ないなぁ」
と、アルタミナさんが『浄化魔法』を使う。
口ではそう言いつつも、実際に魔法を使う時には、全身を浄化できるよう手をかざしながら彼の周囲を回り、丁寧に作業していたよ。
(ふふ、素直じゃないね)
同じ立場と責任を負い、互いの苦労をわかっている。
まさに戦友って感じの2人だ。
その関係性は、きっとクレフィーンさんやレイアさんとも違うものなのだろう。
やがて、浄化も完了。
真眼でもそのことを確かめると、
「ありがとう、アル」
「はいはい、どういたしまして」
オーディンさんは笑ってお礼を言い、アルタミナさんは澄まして答える。
やがて、僕らはこの場から撤収することにし、再び霧の森を歩きだした。
歩きながら、2人の煌金級は会話をする。
「――ああ、あの『高濃度汚染体』の女に、霧の中、強襲をかけられてね。陣形を崩されて、何とか立て直そうとしたんだが、間に合わず、ベンとエミリアはやられてしまったよ」
「そっか」
「何とか、ケルンとマルティーナは戦場から逃がしたんだが……どうなったか、知っているか?」
「ああ、うん。2人は生きてるよ」
「っ……そうか!」
「近くの街で保護されてる。けど、負傷が酷く、もう冒険者としては……ね」
「…………」
「でも、命は助かったよ」
「……そう、か」
オーディンさんは目を閉じ、そして、何かを飲み込むように頷いた。
共に戦ってきた仲間。
その現状を知り、彼は見えない痛みに耐えているようだった。
もし仮に、
(僕の仲間であるクレフィーンさんたちを失ったら、どう感じるだろう……?)
あ、無理だ。
想像するだけで苦しい。
息が吸えない。
せめて、命が助かれば……と思うけど、正直、実際にその時が来たらどう思えるかわからない。
冒険者には覚悟がいる。
それは自分だけでなく、仲間の死への覚悟もいるのだろう。
(……うん)
もしかして、僕、冒険者、向いてないかも?
今更、そう思う僕だった。
と、その時、
ギュッ
隣を歩くクレフィーンさんが手を握ってくる。
思ったより強い指の力。
……ひょっとしたら、彼女も同じような想像をして、色々怖くなったのかな?
僕も、強めに握り返す。
そのまま、お互いの温もりを感じながら歩いた。
一方で、オーディンさんは息を吐き、
「じゃあ、アルタミナたちは街に着いた2人から事情を聞き、救援に来てくれたんだな。改めて感謝するよ、ありがとう」
「あ、うん。感謝は受け取るよ。でも――」
「? でも?」
「実は私たち、その2人に事情を聞いてから来た訳じゃないんだよね」
「……は?」
彼は、緑色の目を丸くする。
黒髪の獣人さんは細長い尻尾を揺らしながら、楽しげに言う。
「悪いけど、その2人が近くの街に辿り着いたのは、私たちが『魔瘴気の満ちる黒き森』へと向かったあとなんだよね」
「??? どういうことだ?」
「彼だよ」
「彼?」
煌金級2人の視線が、僕を向く。
(お?)
少しドキッ。
アルタミナさんは笑いながら、得意げに暴露する。
「――彼の目は特殊でね。それでオーディの危機が視えて、私たちもすぐ駆けつけることにしたんだよ。だから、オーディを助けるのもギリギリ間に合ったのさ」
(あらら)
言っちゃったよ。
いや、いいんだけどね?
きっとアルタミナさんが信頼して、話して大丈夫だと思ってる人だから話したんだろうし。
彼は、目を瞬く。
僕を見て、
「そうなのかい?」
「えっと、はい」
仕方ないので、僕も頷く。
黒髪の美女は、顔の前に片手を上げ、
「ごめんね、話しちゃった」
「あ、いえ」
「でも、オーディなら大丈夫だからさ。それに、色々口裏合わせてもらうためにも、ある程度、事情は話さないとだし……」
(あ、そっか)
なぜ、僕らがここにいるのか。
冒険者ギルドや関係者に説明する際、秘術の目を内緒にするなら、オーディンさんにも話を合わせてもらわないと駄目なのか。
なるほどね~。
先のこと、全然考えてなかったよ。
やはり、彼女は大人だね。
オーディンさんも頷き、
「そうか。本当の意味での恩人は、君なんだね」
「あ、えと」
「ありがとう、少年」
「い、いえ」
「もし君がその目を内緒にしたいというのなら、俺も口が裂けても他言しないと誓うよ。だから、安心して欲しい」
と、笑った。
見た瞬間、
(あ……信じられる)
そう感じる笑顔だった。
オーディン・レクスさんは、多分、冒険者としての実力があるだけでなく、1人の人間としても立派な人格者なのだろう。
何か、そうわかった。
(うん、アルタミナさんが信じる訳だ)
クレフィーンさん、レイアさんも彼女が暴露した時、口を挟まなかったし、きっと同じように信頼してたからなんだろうね。
僕も安心して、
「はい」
と、微笑んだんだ。
その後も、僕らは霧の中を歩いていく。
この悪い視界の中、迷いなく、そして、一切の魔物との遭遇もなく先導する僕に、オーディンさんは改めて感心した様子だった。
「本当に凄いな、この少年」
「でしょ?」
「なるほど。アルが、門戸を閉ざした『月輪の花』クランへの加入を許す訳だ」
「へへ、自慢の新人だよ」
と、得意げな黒髪の獣人さん。
細長い尻尾もピンと立っている。
青髪の青年は苦笑して、
「な? 俺のクランに引き抜いてもいいか?」
と、言った。
(へ……?)
僕は目が点になる。
同じクランの美女3人も、同じ表情だった。
すぐに、僕の所属するクラン長が慌てて答える。
「だ、駄目だよ!」
「金銭面なら負けない金額を出せると思うが?」
「金額の問題じゃないね。それに、こっちにはフィンがいるんだ。シンイチ君はもうフィンの魅惑の肉体の虜でね。今更、普通の女じゃ満足できないよ」
「ほぉ~?」
(ちょ……何言ってんのっ!?)
僕、マジ、赤面、恥ずかしい。
クレフィーンお母様も「ア、アル!」と焦ったように叫ぶ。
レイアさんは額に白い指を当て、首を振る。
アルタミナさんは「あ……」と呟き、
「あはは、ごめん」
と、笑って誤魔化した。
こ、この馬鹿獅子のお姉さんが~っ。
僕とクレフィーンさんは真っ赤な顔でアルタミナさんを一緒に睨み、オーディンさんは苦笑している。
そして、
「シンイチ君だっけ」
「あ、は、はい」
「こんなクラン長だけど、大丈夫かな? 何なら、クレフィーンさんと一緒にうちに来てもいいんだぞ?」
「いえ、大丈夫です」
その冗談交じりの勧誘に、僕は断りを入れる。
1度、深呼吸。
それから、言う。
「――僕は、クレフィーンさんが1番好きですが、アルタミナさんもレイアさんも大好きなので、『月輪の花』クランでがんばります」
4人の大人は目を丸くした。
すぐに、
「シンイチ君……」
と、黒髪のクラン長が金色の瞳を潤ませる。
赤毛の美女も「馬鹿ね」と肩を竦めながらもどこか嬉しそうな表情で、クレフィーンさんも穏やかに微笑み、長い金髪を揺らしながら頷いた。
そんな僕ら4人を『黄金剣鬼』と呼ばれる男の人は、ゆっくりと眺める。
大きく頷き、
「そうか、残念だ」
と、全然、残念そうじゃない笑顔で答えた。
…………。
それから2日間、僕らは白濁した森の世界を歩き続ける。
やがて、その2日目の午後、特に大きな問題もなく、僕ら5人は無事、『魔瘴気の満ちる黒き森』の外に抜けることができたんだ。




