175・黄金剣鬼の敗北
翌朝、宿の客室で、僕は悲しい情報をアルタミナさん、レイアさんの2人にも共有した。
「――本当かい?」
(!?)
ゾクッ
途端、黒髪の美女は金色の瞳を細め、僕を見据える――その圧力の強さに、僕は硬直してしまった。
あ、う……声が出ない。
隣席のレイアさんが「アル」と肘で彼女を強く突く。
アルタミナさんは、ハッとする。
視線が弱まり、
「あ、ごめんよ、シンイチ君」
「い、いえ」
まだ心臓がドキドキしている。
まるで僕自身が、オーディンさんの仇みたいな目で見られてしまった。
(こ、怖かった……)
正直、心の中は涙目である。
クレフィーンさんが「大丈夫ですか?」と優しく背中を撫でてくれる。
黒髪のお姉さんは、少し反省した表情だ。
「本当にごめん……。でも、その、本当に、オーディが負けてしまったのかい?」
と、聞く。
同じ煌金級の1人だ。
そして、2人の関係も友人のようで親しかったみだいだし。
(特に、オーディンさんはアルタミナさんに片思いしていたらしいし、普通の友人関係よりも深いものだったんじゃないかな?)
だからこその彼女の反応、と思う。
僕は頷く。
「はい、秘術の目で視えました」
「……そう」
納得したくないことを無理に自分に言い聞かせるように、彼女は頷く。
友人2人も神妙な顔だ。
レイアさんが呟く。
「高濃度汚染体、その強さは並ではないものね。ジオ・クレイアードみたいな相手なら、何があってもおかしくないわ」
「ですが、あの黄金剣鬼が……」
「そうね」
クレフィーンさんも加わり、2人で頷き合う。
アルタミナさんは、自身の唇を噛んでいる。
落ち着かない感情によってか、その尻尾も忙しなく左右に揺れ、暴れている。
そんな3人を見つめ、僕は小声で言う。
「あの……でも、オーディンさん、死んではいないんですよ」
3人は驚きの表情で僕を見た。
「え?」
「そうなのですか?」
「ちょっと、先に言いなさいよ、シンイチ!」
「ご、ごめんなさい!」
レイアさんに詰め寄られ、僕は謝罪。
でも、言う前に、アルタミナさんに睨まれて、話すタイミングを失ったんだもん……。
「シンイチ君、詳しく話して」
「あ、はい」
彼女に見つめられ、僕は頷く。
そして、語る。
オーディン・レクスは仲間4人と『魔瘴気の満ちる黒き森』に向かい、その地の『高濃度汚染体』と交戦した。
結果、敗北。
仲間2人は死亡。
残る2人は、戦局不利を悟ったオーディンさんが命懸けで逃がし、森を脱出、現在、近くの町を目指して傷ついた身体で必死に移動中だ。
で、肝心のオーディンさんは、
「――その森の中で、高濃度汚染体に仮死状態で捕らえられています」
と、僕は伝えた。
3人は怪訝な表情になる。
「捕らえられて……?」
「仮死状態……つまり、殺されてはいないのですね」
「なぜかしら?」
その理由も、僕は真眼で視えている。
教え辛い内容だけど……でも、教えるしかない。
息を吸い、吐く。
そして、
「――その実力を認められたんです。だから、自分たちの仲間にするために……つまり、呪詛で汚染させて、新たな『高濃度汚染体』にするために仮死状態で腐肉のそばに拘束されてしまっているんです」
と、悍ましい状況を教えた。
3人の表情が強張る。
強い嫌悪が滲み、アルタミナさんのテーブル上の手が強く握り締められた。
感情の見えない声で、
「そう……オーディを汚染体に」
「…………」
「現在、呪詛の影響はどれくらいかわかるかい?」
「は、はい。えっと、まだ昨夜の今で開始直後だから全然です。本格的な汚染は2日目から起き、高濃度汚染体になるのは約30日後です。浄化の魔法などで取り返しが効くのは、10日以内みたいですね」
「10日……」
彼女はもう1度、僕の言葉を繰り返す。
少し考え込む表情。
僕らは黙り、彼女の次の言葉を待つ。
やがて、黒獅子公と呼ばれる美女は頷き、顔を上げた。
「――今から、オーディの救出に向かうよ」
と、淡々と告げる。
(あ、やっぱり)
半ば予想していたので、僕は頷いた。
隣にいるクレフィーンさんも、同様に頷きを返していた。
ただ、レイアさんは無反応で。
黒髪の彼女は言う。
「ここから魔瘴気の満ちる黒き森まで、急げば6~7日で着くはず。森の探索も併せて9日間でこなせば、まだ間に合う計算だよ」
「はい」
「王都への状況の報告は、この街の街長に伝令を頼もう」
「わかりました」
「時間が惜しい、すぐに出るよ」
ガタッ
彼女は椅子から立ち上がる。
と、1番長い付き合いの友人が「アル」と声をかける。
彼女は振り返る。
「何?」
「落ち着きなさい」
「…………」
「気持ちはわかる。けど、オーディを倒した相手に私たちなら勝てる? 感情のままに挑むのは愚かよ」
「……っ」
「焦る時こそ、冷静に」
200歳を超えるエルフさんは、静かに窘める。
アルタミナさんは一瞬、表情をしかめ、けれど、すぐ自分を抑えるように目を閉じる。
大きく深呼吸。
長く息を吐き、
「そうだね」
と、頷いた。
さすが歴戦の冒険者、感情制御も早い。
クレフィーンさんが僕を見る。
「シンイチ君。その秘術の目で私たちの勝算はどれくらいか、わかりますか?」
「…………」
問われ、僕は頷く。
ヒィン
表示された文字を確認し、彼女たちに伝える。
「勝利確率は……3割」
「3割……」
「はい。ただ相手はオーディンさんとの戦闘で負傷し、弱っているようです。むしろ、3割でも良い方で、挑むなら今しかないかもしれません」
「そうですか」
頷く表情は、厳しい。
確かに、勝率3割――つまり、7割は死んでしまう状況で良い状況とは思えないだろう。
でも、もし、今、挑まなかったら?
王都の増援を待ち、例えば、バラディアさんや王国軍の到着を待つとしたら?
多分、30日は過ぎる。
オーディンさんは助からず、それどころか、もう1体の『高濃度汚染体』が誕生してしまう。
その強さは呪詛で強化され、本来の『煌金級』よりも上になる。
2体の『高濃度汚染体』との戦い。
その場合、犠牲者は何人になるか……。
(それは、駄目だよ)
もっと言えば、その状況なら確実に勝てるという保証もない。
やるなら、
「――今しかありません」
僕は、3人に繰り返した。
アルタミナさんは数秒、沈黙し、大きく息を吐く。
「うん、やはり行こう」
「アル」
「大丈夫。今度は感情任せじゃないよ、レイア」
「…………」
「冷静に考えて、それでも今、挑むべきだと判断したんだ。オーディを倒すほどの相手なら、万全になられたら私も……誰も勝ち目がないよ。だから、勝ち目のある今、挑む」
彼女は、僕を見る。
「だよね?」
「はい」
僕も頷いた。
いや、怖いけどさ。
怖いけど……やらないとけないんだ。
オーディンさんを助けるためだけじゃなく、ファナちゃんの将来を守るためにも、いつかはきっと倒さなければいけない。
そのチャンスが今、ある。
だから、
(――やる)
うん、それだけだ。
僕ら様子にクレフィーンさんも頷き、レイアさんも嘆息してから「わかったわ」と頷いた。
4人でお互いを見つめ合い、少しだけ笑う。
その後、僕らは宿を出ると、街長に会い、王都の関係各所へと状況をしたためた書簡の配達を頼む。
事故のないよう、複数の配達をお願いした。
また食料品やポーションなどを買い込み、物資を補充する。
そして、
ゴトトン
竜車は街を出発。
街道を急ぎ走らせ、オーディンさんが捕らえられた『魔瘴気の満ちる黒き森』へと向かったんだ。




