017・南へ、北へ
お互いの自己紹介も終わる。
僕の目の前には、今、海外の女優さんみたいな3人の美女が集まっている。
(うん、なんか贅沢な眺め)
眼福である。
僕は、その1人――知り合いの金髪のお母様に声をかける。
「無事、合流できてよかったですね」
「はい」
僕の言葉に、彼女も安心したように頷く。
聞けば、長雨で遅れていた友人2人の乗合馬車が町に到着したのは、今日の未明だったとのこと。
(え?)
「じゃあ、徹夜?」
「だね」
「かったるいわぁ」
と、獣人さんは肩を揉み、エルフさんは両手を上に伸ばしている。
僕は驚きながら、問う。
「えと、このまま仕事に?」
「そうですね」
と、頷く金髪の女冒険者さん。
異種族の友人2人も頷く。
(ええ……マジで?)
僕は、唖然。
と、赤毛のエルフさんが不敵に笑う。
「ふん、私たちは冒険者よ? 徹夜ぐらいで休むほど、ひ弱じゃないの」
「…………」
そうなの?
黒髪の獣人さんも頷き、
「まあね。こう見えて、体力には自信があるんだよ」
「へぇ、凄い」
「ふふっ、ありがとう」
アルタミナさんは白い歯を見せ、笑う。
うん、爽やか。
(まるで、王子様みたい)
でも、確かに、2人とも徹夜明けには見えないぐらい元気だ。
これが、冒険者か。
(やっぱ、本物は違うなぁ)
何だか、尊敬の目で見てしまう。
僕の眼差しに、2人の美人さんもどこか得意そうな表情をしていた。
でも、
(徹夜か……)
「なんか、肌に悪そう……」
ポソッ
と、僕は呟く。
ピシッ
2人の美人さんの表情が、突然、固まったように見えた。
(ん……?)
僕の視線に、彼女たちはなぜか隠すように顔を逸らす。
なんか、顔色悪そう。
あれ? さっきまで元気だったのに……?
「レ、レイア」
「だ、大丈夫よ。私たち、まだ若いわ」
「そ、そうか。そうだね」
「ええ、そうよ」
小声で話し、2人で頷き合っている。
(???)
クレフィーンさんは、友人たちの様子に痛ましげな表情で「私も気をつけないと……」と呟いている。
何をだろう?
と、彼女は僕に微笑み、
「そ、そうそう、シンイチ君」
「あ、うん」
「シンイチ君は、このあとはどちらに向かわれるのですか?」
と、聞かれた。
んん?
(なんか、急に話題を変えられたような……?)
と、驚きつつ、
「あ、町の南の草原に行きます」
「南の?」
「うん。薬草採取の依頼を受けたんだけど、そこに目的の薬草が生えてるそうで」
「なるほど、そうですか」
彼女は、納得したように頷いた。
僕の方も、
「クレフィーンさんたちは?」
と、聞く。
金髪の女冒険者さんは微笑み、
「このあとは、町長の家へ」
「町長の家?」
「はい。私たちが受けたのは、北の山岳地に現れた魔物の討伐です。近隣の村々が被害を受けているそうで、先月に依頼が出されました」
「うん」
「で、その依頼主は、この地域の領主貴族なんです」
「貴族様?」
「はい。ですが、現場責任者はクレタ町長で……それで、まずは詳しい話を聞きに」
「へぇ……?」
少しややこしい話。
(管轄とか、責任の所在とか、色々複雑な事情があるのかな……?)
とは思うけど。
アルタミナさんも頷き、
「話を聞いたあとは、実際に魔物が目撃された北の山岳地に向かう予定だよ」
と、教えてくれた。
僕も「そうなんですね」と頷く。
レイアさんは、
「……徹夜でね」
と、少し黄昏れたように呟く。
心なしか、長く尖った耳も下がっているように見える。
仲間の2人は苦笑。
それから、クレフィーンさんが僕を見る。
少し寂しそうに、
「シンイチ君とは、真逆の方角ですね」
「ですね」
「私たちは4~5日程、町には帰れません。その間、シンイチ君も、どうかクエストをがんばってくださいね」
「うん」
僕は頷き、
「クレフィーンさんたちも」
「ええ」
彼女も微笑み、頷く。
と、彼女の表情が少し変化する。
何だか言い辛そうに、
「それと、その……」
「?」
僕は首をかしげ、
ヒィン
【クレフィーン・ナイド】
・娘を心配している。
・桐山真一に甘えていいものか、迷っている。
(あ……)
察しが悪いな、僕は。
そして、真眼、助かったよ。
(ありがとう)
僕は1度、目を閉じる。
開いて、
「うん、クレフィーンさんの留守中は、なるべく僕も、ファナちゃんと一緒にいられるようにしますね」
と、笑った。
金髪のお母様は、青い瞳を瞠る。
「シンイチ君……」
その頬が赤くなり、瞳が潤む。
彼女の友人2人は「へぇ……」「ふぅん?」と感心したように僕を見ていた。
そして、ファナちゃんの母親は、深々、僕に頭を下げた。
綺麗な長い金髪が、サラサラと流れる。
(なんか、照れ臭いな)
僕は、指で頬をかく。
と、黒髪の獣人さんが、
「ふふっ。帰ったら少年とは、1度、ゆっくり食事でもしたいな」
と、笑った。
赤毛のエルフさんは肩を竦める。
金髪のお母様は「そうですね」と微笑んでくれた。
僕も頷き、
「うん。じゃあ、約束ですね」
と、笑顔で答えたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
そのあと、3人の女冒険者と別れの挨拶を交わして、彼女たちは冒険者ギルドを出ていった。
僕は、その背中を見送る。
その時、
(ん……?)
ギルド内の冒険者が皆、彼女たちの出ていった方を見ていることに気づいた。
え、何?
どうしたの?
驚く僕の前で、
「あれが、噂の『黒獅子公』に『赤羽妖精』か」
「初めて見たぜ」
「一緒にいたの、『雪火剣聖』よ」
「マジか?」
「引退したって噂だったが、まだ現役だったのか」
「3人とも、オーラが半端なかったな」
「そりゃ、王国最強と呼ばれてる『黒獅子公』とそのお仲間だからな」
「おまけに全員、美人だし」
「それな」
「くそ、サインもらえばよかったぜ」
ザワザワ
と、ざわついている。
(ほほう……?)
なるほど?
あの3人、冒険者の中では有名人なんだ。
でも、確かに、アルタミナさんは『煌金級の冒険者』で、それ、王国に3人しかいないって『真眼』情報に出てたもんね。
他の2人も、その次の等級の『白銀級』。
うん、何だか納得だ。
あと、
(『雪火剣聖』だっけ?)
クレフィーンさんも、そんな異名があるんだね。
ちょっと格好いい。
と、その時、
(ん……?)
周りの視線に気づく。
なんか冒険者の何人かに、今度は僕が見られてる感じ。
な、何ですか?
すると、
「な、あの子……」
「ああ。さっき、あの3人と話してたよな」
「隠し子?」
「まさか。あっても、若い愛人だろ?」
「どうする?」
「あの3人を紹介してもらえるチャンスかしら?」
「話してみるか?」
「そうだな」
ヒソヒソ
そんな会話が聞こえる。
(おっと?)
なんか、面倒臭いことになりそうな予感。
う、う~ん。
(ごめんなさい。そういうの、苦手なんです)
心の中で、謝る。
そして、話しかけてきそうな冒険者が近づく前に、僕はパッと身を翻すと、
タタタッ
走って、逃げた。
(んしょ)
冒険者ギルドの扉をギィッと押し開け、大通りの人混みの中へ。
しばらく進んで、
チラッ
後ろを見る。
追ってくる人は……うん、いない。
諦めたのか、最初から追ってなかったのか、そこはわからない。
でも、
(ま、一安心かな)
ふぅ、と、安堵の吐息。
さて、出発が少しバタバタしたけど、忘れてはいけない。
僕は今、1人の冒険者として薬草採取のクエストを受けている最中なのだ。
(よし)
パン
軽く頬を叩き、気合を入れる。
見上げた空は、青く、高く、澄んでいた。
僕は頷き、
「うん、やるぞー!」
グッ
その空に、拳を向ける。
そうして僕は、町の出口を目指して、人混みの中を再び足早に歩き出したんだ。