015・初めてのクエスト受注
(んふふ……♪)
僕は上機嫌で、露店をあとにする。
歩きながら、布にくるまれた小石を肩提げ鞄にしっかりしまう。
いやぁ、
(いい掘り出し物でした)
真眼、最高です。
そんな僕の様子に、金髪の女冒険者さんが微笑んでいる。
「いい買い物になりましたか?」
「え?」
あ、そうか。
クレフィーンさんには、僕がお土産用の小石を買ったようにしか見えないんだっけ。
僕は『実は……』と話そうとし、
(待てよ?)
ふと、思いとどまった。
石板が本物ならば、なぜわかったのか、『真眼』のことも話さないといけなくなる。
でも、この力は奥の手。
簡単に話さない方がいいかもしれない。
それに、
(先に魔法を覚えてから、あとで驚かせるのも面白いかも……?)
なんて思ったり。
うん、それいい。
美人が驚く顔は、誰しも見てみたいものでしょう。
僕はそう決めて、
「うん、いい買い物になりました」
と、笑って答えた。
目の前の美人さんも「そうですか」と微笑み、長い金髪を揺らしながら頷く。
(あ、そうだ)
僕は、ふと思い、
「あの、もし本物の石板だった場合、どうやって魔法を覚えるんですか?」
と、聞いた。
美人先生は、素直に教えてくれる。
「本物のマトゥーンの魔法石板には、古代魔法の『魔法式』が圧縮して刻まれています。なので、魔力を流して圧縮を解凍します」
「魔力で圧縮を解凍?」
「はい、こうやって」
彼女は頷き、見えない小石を両手で握る。
(ふむ)
僕も仕草を真似する。
彼女は微笑み、
「この状態で、30分です」
「30分……!?」
そんなに?
驚く僕に、彼女は頷く。
「はい。丁寧に魔力を流し続け、自分の体内の魔力と混ぜる感じでしょうか」
「…………」
「成功すると、石板に刻まれた魔法式の文字列が消えます」
「……失敗すると?」
「石板が砕けますね」
「わぉ……」
僕の反応に、彼女は苦笑する。
美人さんが困ったように笑う表情も、また素敵ですね。
でも、
(なるほど、勉強になったよ)
よし、あとで1人になった時にこっそりやってみよっと。
僕は頷き、
「教えてくれてありがとうございました、クレフィーン先生」
「先生?」
「えと、なんか、先生ぽかったので」
「……ふふっ、そうですか」
金髪の美人先生さんは、おかしそうに笑った。
うむ、眼福。
僕も笑う。
そんな風に、僕らは和気藹々と一緒に歩く。
やがて、広場を抜け、大通りを進み、お互いの目的であった冒険者ギルドに到着したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「では、私は、知人たちが来ていないか確認して来ますね」
「うん」
彼女の言葉に、僕は頷いた。
同じ場所に来たけれど、僕とクレフィーンさんの目的はそれぞれ違う。
僕は笑って、
「じゃあ、僕は初めてのクエストに挑戦して来ますね」
と、言った。
金髪の女冒険者さんも「はい」と微笑む。
それから彼女は、僕に1歩、寄る。
ギュッ
(わ?)
新人冒険者の僕を軽く抱きしめ、
「がんばってください」
と、優しく激励を口にした。
触れ合うクレフィーンさんの身体は温かくて、柔らかくて、甘やかないい匂いがする。
長く美しい金色の髪も、僕の肌を撫でていく。
ドキドキ
少し鼓動が早くなる。
僕は目を閉じ、
「――うん。がんばります」
と、頷いた。
やがて、身体を離し、僕らは笑い合う。
そして、金髪の女冒険者さんは「では」と言い残し、総合受付の方へと歩いていった。
その背を見送る。
ここからは、僕1人。
(よし)
パン
頬を軽く叩き、気合を入れた。
そして僕はクエストを探すため、ギルド右側の壁にある掲示板の方へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
掲示板の前に来た。
(おお、混んでる)
朝の時間、掲示板には、依頼を求める冒険者が集まっているようだ。
今は、20人ぐらい?
ごっつい体格の戦士や、美しいエルフの女の人、魔法使いっぽい老人など、様々な格好の人が掲示板を見ている。
冒険者の見本市みたいだ。
って、
(眺めてる場合じゃないや)
僕も探さないと。
学生服な新人冒険者も、人混みの中に入る。
ムギュ
ちと苦しい。
けど、掲示板が見えた。
壁に横長に設置された掲示板は、白、赤、青、緑、紫、銀、金の7色に区切られていた。
あ、冒険者の等級の色だね。
多分、依頼の難易度で等級ごとに区分けされているのだろう。
各色ごとに、依頼書が貼り出されている。
でも、
(銀と金には、1枚もないぞ?)
何で?
すると、
ヒィン
真眼が発動。
【依頼掲示板】
・クレタの冒険者ギルドにある掲示板。
・依頼書が貼られる。ただし、白銀級、煌金級がクレタの町に在籍しないため、同級の依頼はない。
・必要な場合は、他支部の白銀級、煌金級の冒険者に指名依頼が出される。
(おお、なるほど)
僕は、納得。
白銀級のクレフィーンさんやお仲間の人も、本来、他の町の冒険者らしいしね。
面白いなぁ。
そう思いながら、
(よし、僕も自分の依頼を探すぞ)
と、白色――新人の無真級の場所を見る。
貼られているのは、3枚だけ。
なんか、少ない。
内容は、
〇薬草採取
・白鈴の薬草を10本、納品。
・期限1日。
・報酬40リド。
〇配達
・近くのトトリ村への荷物の配達。
・期限1日。
・報酬30リド。
〇ウサギ狩り
・ウサギ肉を5匹分、納品。
・期限1日。
・報酬40リド。
(ふむふむ)
何となく、初心者向けっぽい。
ちなみに、1つ上の赤火級には『畑を荒らす猪の駆除』『隣町までの旅人護衛』『森の採取活動』などがある。
なるほどね?
少し難易度、上がってる。
ま、そっちは将来の話、今は今の自分のクエストを選ぼう。
(――よし)
僕は、1枚を手にする。
ピッ
選んだのは、
〇薬草採取
昨夜の食事の時に、クレフィーンさんが推奨してくれたクエストである。
白鈴の薬草、10本の納品。
依頼書には、薬草のイラスト付き。
えっと……これを、受付に持っていけばいいのかな?
(あ、そうだ)
冒険者手引書、あったっけ。
肩提げ鞄から取り出し、読む。
ペラペラ
依頼の受注方法は……うん、『受付に依頼書を提示』で合ってるね。
ん……注意事項?
基本、等級以下の依頼は受注可能だけど、人数、実績なども加味され、ギルド側で許可しない場合もある……か。
また、クエスト成功を重ねると、昇級クエストが受けられる。
失敗が続くと、降級もあるらしい。
(ふむふむ)
他にも、犯罪行為は禁止。
冒険者は武装してるから、特に暴力、脅迫などの違反には厳しい罰則があるみたい。
禁止事項を破ると、やはり降級。
酷い場合は除籍処分や、最悪、国の牢屋行きとなるようだ。
(なるほどね)
簡単に読んだあと、
パタン
僕は、冊子を閉じた。
とりあえず、普通に活動してれば問題なさそう。
では、
(初挑戦、行きますか)
うむ、と頷いた僕は、依頼書を手に冒険者用の受付へと向かったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
(……混んでるなぁ)
受付前には、10人ほどの行列ができていた。
ま、仕方ない。
朝の今は、1番混む時間なのだろう。
冒険者用の受付は3つあり、列の先頭から空いている受付に向かう形式だった。
僕も最後尾に並ぶ。
…………。
15分ほどで、僕の番が来た。
ドキドキ
緊張しながら、空いた受付に向かう。
受付カウンターの向こう側には、制服を着た綺麗なお姉さんが座っている。
ヒィン
【アリア・レイリン】
・女、20歳。
・ギルド職員。勤続3年目。
・クレタの冒険者に人気の受付嬢である。
・恋人、有り。
(ほほう?)
個人情報、丸見えだ。
恋人、いらっしゃるんですね……少し残念。
ま、いいか。
彼女は、営業スマイルで、
「おはようございます。ご用件は何でしょうか?」
と、僕に聞く。
あ……。
僕は慌てて、頭を下げる。
ペコッ
「おはようございます。あの、この依頼を受けたいので受注の手続きをお願いできますか?」
と、依頼書を提示した。
そんな僕に、彼女は微笑む。
「はい、かしこまりました」
依頼書を受け取り、
「登録魔刻石もお願いできますか?」
「あ」
そうだった。
僕は「は、はい」と首から提げていた透明な石を取り出し、これも渡す。
受付嬢のアリアさんは石を受け取ると、机に置かれた器具に填め込み、鍵盤部分をポチポチと叩く。
器具の水晶みたいな部分に、文字が表示される。
それを見て、
「シンイチ・トウヤマ様ですね」
「はい」
「初めての受注になるのですね。では、この受注確認書、一時保険加入書にご記入くださいますか?」
「あ、はい」
書類を渡される。
軽く読み、
(ふむ……)
要は、依頼者への報告用と怪我をした時にお金がもらえる書類みたいだ。
僕は渡されたペンで、
カキカキ
名前を書き込む。
書類を渡すと、彼女も記入を確認。
「ありがとうございます」
「…………」
「では、依頼内容は『白鈴の薬草、10本の納品』。期限は本日中です」
「はい、わかりました」
「ちなみに……この薬草は町の南の草原で採取できますよ」
(え……?)
最後の一言は、ビジネスじゃない感じ。
驚く僕に、
ニコッ
彼女は優しく微笑んだ。
「初めてのクエスト、がんばってくださいね」
「あ……」
「これにて、受注手続きは完了です」
言葉と共に、登録魔刻石が返される。
(……うん)
石を受け取り、
「ありがとうございます、がんばります!」
と、僕は笑った。
彼女も、笑顔で頷く。
すぐに表情を戻して、「では、次の方」と僕の後ろに呼びかけた。
僕も場所を譲る。
歩きながら、
キュッ
冒険者の証の石を、再び首に提げる。
(よし、やるぞ~!)
今の僕は、凄くやる気に満ちている。
受付嬢さんに教えられた通り、町の南の草原に行こうと、冒険者ギルドの出入り口に向かった。
その途中で、
「あ、シンイチ君」
(ん……?)
聞き慣れた、とても綺麗な声がした。
そちらを振り返る。
すると予想通り、1階の待合フロアの方に、あの金髪の女冒険者さんが立っていた。
(やっぱり、クレフィーンさん)
彼女は微笑み、
「無事、受注できましたか?」
と、聞いてくる。
僕も笑顔で「うん」と頷く。
でも、僕の視線は、彼女の後ろを見てしまう。
そこには、戦斧を背負った黒髪の女の人と、大弓を背負い2本の短剣を腰に差した赤毛の女の人がいた。
もしかして、
(噂のクレフィーンさんの知人さん?)
かしら?
今日は無事、合流できたみたい。
どちらも、大人な美人のお姉さんだ。
そして、黒髪のお姉さんには獣耳と長い尻尾が生え、赤毛のお姉さんの耳は笹の葉みたいに長く尖っていた。
(こ、これは……!)
僕は、目を見開く。
まさかの異世界定番種族――獣人さんとエルフさんではありませんか!?