113・砂漠とオアシス
大亀が歩き出した。
ノシ ノシ
(おや……あまり揺れないね?)
振動はあるけど、思ったより上下左右の動きは少ない。
う~ん?
お客様を不快にさせないよう、亀が歩き方を訓練されたのか、あるいは座席の衝撃吸収や水平維持機能が優秀なのか……どちらにしてもありがたいな。
景色は良好。
高さ3メートルぐらいの甲羅の上なので、歩く人を見下ろす感じ。
おかげで、視界は開けている。
街の景色を眺めながら、やがて、南都の大門へ到着。
30分ほど列に並び、やがて、門兵の人に身元や行き先、目的などを確認され、無事に街の外へ。
ザアア
門を抜けると、暑い風が吹く。
(わぁ……)
赤土の景色だ。
王都の草原とは違い、南都フレイロッドの外は、赤土の大地が広がっていた。
街の近くには、大河が流れる。
樹木や草地も多く、赤と緑のコントラストが眩しいね。
遠くの山も、真っ赤だ。
そして、流れる大河の遥か遠く、南の方角には山間に煌めく水面が見えた。
――海だ。
異世界で初めて見た海。
太陽が反射して、綺麗だなぁ。
その水平線の向こうには、白い入道雲が見える。
僕らを乗せた大亀は、赤い砂の乗る石畳の街道をノッシ、ノッシと歩いていく。
同じ王国内。
なのに、
(まるで違う国に来たみたいだね)
アークレイン王国は、北と南で全然、自然の景色が違うみたいだ。
目を輝かせる僕の様子に、
「ふふっ」
隣席のクレフィーンさんお母様も優しく笑っている。
おっと?
す、少し恥ずかしいぞ。
僕も顔を赤くしながら照れ笑い。
そうして大亀に揺られながら、僕らは南都フレイロッドから南西に向かう街道を進む。
約5時間ほど経過。
景色は、また少し変わった。
(――砂漠だ)
植物が減り、大河も離れ、気がつけば目の前には広大な赤い砂漠があった。
赤砂のみの大地。
凄い……。
驚く僕は、目を見開く。
すると、
ヒィン
【赤き三国砂漠】
・赤砂の砂漠。
・3国に渡り広がるため、そう呼ばれる。
・面積は、日本の本州以上。
・固有の動物、植物、魔物などが生息し、独自の生態系が築き上げられている。
・日中の気温は50度。夜間は10度まで低下する。条件により、夜間、氷点下になる場合もある。
・熱中症、脱水症、注意。
(うへ……)
昼と夜の寒暖差、40度?
いや、日中50度って……マジ?
確かに、段々と気温が高くなってきた気はしてたけど、僕、怖くなってきたよ。
(あ)
だから、魔法が必要なのか。
アルタミナさんたちが事前に用意した『耐熱』『冷却』の魔法――なるほど、必須な訳だね。
魔法の存在に、少し安心。
そして、僕らは砂漠の街道へ。
ザス ザス
大亀の太い足先は、砂に埋まる。
一面、砂だらけで、街道もどこかわからない。
でも、方角はわかる。
なぜか?
実は砂漠の中に、数百メートルごとに等間隔で『石柱』が建造されてるんだよ。
高さは3メートルぐらい?
石柱の先端には『光石』も設置されている。
レイアさん曰く、
「旅人が迷わないよう、隣国までの間にある全てのオアシスの街を経由して続いているわ。夜間も光ってるから、わかり易いわよ」
とのこと。
(へぇ~?)
聞いて、僕は感心したよ。
でも、造るの、大変だったろうな。
先人に感謝!
あと、砂漠に入ったら、
「シンイチ君、この布をどうぞ」
と、クレフィーンさんに1枚の布を渡された。
(?)
受け取りつつ、内心、首をかしげる。
すると、
「砂漠の風には砂が混じります。なので、こうして鼻と口を覆うんです」
と、実演してくれる。
(あ、なるほど)
僕も納得。
「ありがとうございます」と笑顔で言われた通りにする。
ん、少し息苦しい。
でも、しばらくすると、ありがたみがわかる。
ヒュウ……
と、風が吹く。
すると、パチパチ、顔に砂が当たるんだ。
布がなかったら、鼻の中とか砂だらけになりそう。
ただ、そうした風と砂は3人も嫌みたいで、座席に設置された傘のカーテンを閉じることになった。
ちなみに、レース生地で半透明。
白い布越しに、外の景色も見えている。
時間経過と共に、白地の布に赤色が付着していくのが、うん、砂の多さを感じさせるね。
気温も高くなってきた。
ジワッ
汗が滲む。
すると、前席のアルタミナさんが振り返り、
「そろそろ『耐熱』と『冷却』の魔法、使おうか」
「あ、うん」
「そうですね」
「それなら、私はカーテン内の空間を冷却するわ」
と、ついに魔法の出番。
黒髪の美女は、白い指で僕らの額に触れ、『耐熱』の魔法を発動する。
ポッ
(ん……)
魔力を感じる。
そして、
(暑い……けど、不快じゃなくなったような?)
と、変化を感じた。
続けて、レイアさんが薄紫色の瞳を伏せ、両手を静かに広げる。
手の甲に魔法陣が輝き、
フワッ
周囲に涼しい風が吹いた気がした。
いや、
(気のせいじゃないね)
肌が冷気を感じる。
うん、間違いなく、空気が『冷却』されているんだ。
気持ちいい……。
僕だけでなく、アルタミナさん、クレフィーンさんも同じ表情になっていた。
ああ、うん。
2人とも、金属鎧だ。
僕とレイアさんよりも、熱を感じてたのかもしれないね。
現在は、魔法の冷房状態。
うん、快適です。
そうして問題なく、砂漠の旅も進む。
道中、『冷却』した水筒の水を飲んだり、クレフィーンさんの『水生成』した水を水筒に入れ直したり。
……お母様の指先から生み出した水。
ドキドキ
と、少ししちゃったのは、内緒。
やがて、暑さのピークが過ぎ、夕日が砂漠に輝く。
真っ赤な景色。
その景色の遥か先に、
(あ……)
突如、緑の木々の集まりと水面が見えた。
――湖だ。
荒涼とした砂漠に現れた、生命の輝き。
その湖は結構広く、周囲には城壁と石造りの家々が見えている。
僕は、隣の美女を見る。
金髪のお母様も、僕を見返し、
「――ええ。本日の目的地、『オアシスの街』に到着しましたね」
と、微笑んだ。
◇◇◇◇◇◇◇
街壁の門前で手続きし、街の中に入る。
おお、綺麗……。
赤砂の大地に、透明な水面が数キロほど広がっている。
周囲には、白く丸い屋根の石造りの家々が並び、通りには直射日光を避けるため、全身に薄い布を羽織った人々が歩く。
水辺では、馬や駱駝、竜や亀が水を飲む。
家々は皆、樹木と石垣で囲われている。
御者さん曰く、砂嵐対策、つまり、強風と砂避けなのだそうだ。
(へぇ~)
と、感心。
湖の対岸にも、そんな家々は見えている。
ちなみに、ここは正式には『第1の水湧きの街』と言い、砂漠の街道沿いには第1~第30までの『オアシスの街』が点在してるんだって。
隣国にも続き、100番台まで街はあるらしい。
うん、凄いね?
で、僕らは宿屋に到着。
部屋が余ってるらしいので、男女別に2部屋、用意してくれた。
そして、
(うひゃあ、砂塗れ)
宿のお風呂で洗ったら、髪から赤砂が流れてくる。
床石、真っ赤。
排水溝には布が張られ、砂が溜まっていく。
けど、砂漠のど真ん中で、こうして贅沢に水が使えるのは、本当、オアシスの恩恵だよね?
ありがたや、ありがたや。
ともあれ、さっぱり。
着替えて食堂に行き、3人のお姉さんたちとも合流した。
あら、湯上り美人。
全員、しっとりした濡れ髪に、砂漠で暑いから薄着なので白い肌の露出も大きいです。
お、お母様、胸の谷間が……。
暑いけど、服の襟、締めましょう?
(目のやり場が~)
と、男の子の理性が試される。
お美しい金髪の未亡人さん本人は、全く自覚ないようで「?」と無垢に微笑んでいらっしゃったけどね……全くもう。
で、食事。
(おお、エキゾチック)
出てきたのは、大きな菜っ葉の上に、肉と野菜と米と豆を混ぜた物。
あと、赤い。
スパイスか?
真眼で見てみると、
ヒィン
【グーナン肉のもてなし料理】
・砂漠地方の名物料理。
・グーナンと呼ばれる牧羊肉を用い、交易で届く各地の食材を混ぜた物である。
・赤いのは、香辛料。
・食べると最初は暑く感じるが、発汗作用により体温が下がる。
・店や家庭により、味つけが違う。
(へ~、そうなんだ?)
面白いね。
お皿に取り、皆で食べる。
ん、
(辛い……!)
でも、カレーライスみたいに癖になる辛さだ。
うん、美味い。
モグモグ
食べて、コップの水を飲む。
あ、冷たい。
見れば、水差しの中に氷が入っている。
あとで聞いたら、別料金で支払うと『氷入りの水』が出してもらえるんだってさ。
マジ、贅沢です。
(僕、お金持ちクランに入れて、よかった……)
なんてね。
3人の美女と談笑しながら、食事を楽しむ。
で、
「従業員に聞いたけど、やっぱり旅人が減ってるらしいよ」
とのこと。
あら……。
詳しく聞けば、やはり、サンドウォームの影響で交易路の運行に支障が出てるらしい。
商人や旅人が来ず、商売ができないとか。
ここは南都フレイロッドが近いから大丈夫だけど、砂漠の奥の方のオアシスの街は、食料や生活必需品が届かず、結構、まずい状況の所もあるみたい。
(…………)
僕らの仕事、責任重大だ。
クレフィーンさん、レイアさんも真面目な表情である。
でも、アルタミナさんは、
「ま、大変なのは明日だから。今日は、いっぱい飲もう!」
と、笑う。
大きなエールジョッキを掲げ、グビグビ……と。
(あらま)
僕は目を丸くし、お母様は苦笑する。
でも、赤毛のレイアさんは「そうね」と同意し、葡萄酒を注文して飲み始めてしまう。
う~ん、逞しい。
(これぞ、冒険者……か)
と、思ったり。
僕とお母様はお互いの顔を見て、苦笑し合う。
そして、僕は果実水、クレフィーンお母様は葡萄酒を頼み、味わうことにする。
うん、これも冷えてて美味しい。
その夜は、存分に食事を楽しむ。
夜が更けると冷えてきて、厚着になった。
本当、落差が凄い。
やがて、日付も変わり、翌日。
また気温も上がり始める。
そんな中、僕らは街を出発。
ザス ザス
大亀に乗り、赤砂の砂漠を再び移動していく。
やがて、4時間後――石柱の並ぶ街道を外れ、僕らは目的のサンドウォームがいるとされる地点に到着したんだ。




