111・転移門
「ん~、やること終わり。――さ、行こうか!」
黒髪の美女は軽く伸びをしたあと、僕らへと爽やかな笑顔を向けてくる。
あ、うん……。
何とか頷く僕。
現在は、冒険者ギルドを出たあとである。
今回のクエスト受注手続きを行い、ギルド長にも挨拶をして、アルタミナさんは例の『邪竜の幼生体』と『高濃度汚染体』の情報をお伝えした。
そして、即退散。
ええ、素早かったです。
思わぬ報告に唖然とするギルド長を残して、「じゃ、あとの対策、よろしくね」と言い残し、僕らの背を押してササッと退室。
廊下を歩いている途中で、
「――おい、ちょっと待て! 馬鹿猫ぉぉおお!」
と、誰かの魂の叫びが聞こえたけど……うん、完全無視でした。
で、今です。
僕は、冒険者ギルドの建物を見上げる。
ポツリと、
「……いいのかなぁ」
問題を完全に押し付けちゃったんだけど。
だけど、
「いいんだよ」
と、笑顔の黒髪美女さん。
片目を閉じ、
「偉い人ってのは、物事の解決策を考えるのと責任を取るためにいるんだから。活用しないとね?」
「…………」
僕は、他の美女2人を見る。
友人たちは苦笑し、
「まぁ、一理ありますが」
「そうね。残念だけど、アルの上司になった時点で、ある程度の覚悟は必要だわ」
「……ですか」
僕はギルド長に同情しつつ、頷いた。
当のアルタミナさん本人は「酷いなぁ」と少し可愛く不貞腐れていたけれども。
ま、仕方ない。
実際、世界の危機みたいだし、ギルド長さんには国王様とか教皇様への窓口としてがんばってもらいましょう。
(……合掌)
心の中で、手を合わせる。
で、この話は終わり。
僕らは王国南西部の砂漠地帯へ行くため、王都の『転移門』を目指したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
開けた広場に、巨大な門がある。
地球にあるフランスの凱旋門みたいな雰囲気で、周囲には列を作る利用者と指示を出す運営管理の王国兵が集まっていた。
(ほへぇ……でっかい)
思わず、見上げちゃう。
クレフィーンお母様が、
「王都の名所の1つですね。利用はしなくとも、観光客もよく見物に来ているようですよ」
と、微笑み教えてくれた。
僕は「へ~、そうなんですね」と頷く。
そして、4人で列に並ぶ。
前には、200人ぐらいいるかな?
結構、時間かかりそう……と思ったけど、王国兵さんが列の皆に言う。
「全員、次の開門で転移できる! 今から転移門管理局が発行した許可証を確認するので、身分証と共に手元に用意しておくように!」
許可証?
え、僕、持ってないよ?
少し焦る。
でも、
「はい、シンイチ君」
「あ」
「フィンとレイアも、はい、許可証ね」
「ありがとう、アル」
「ええ」
と、黒髪の美女が1人に1枚の黄色い紙を渡してくれた。
見ると、文字と判子のみ。
難しい文章だけど、要約すると転移を許可する旨とその日付、転移門管理局局長の判子が押されている書類だ。
王国兵数人が手分けして、列の人の許可証を確認していく。
やがて、僕らの番。
「許可証と身分証を」
「あ、はい」
僕は、黄色い書類と登録魔刻石を見せる。
彼は、端末のような機械で書類の判子を読み取る。
ピッ
あ、判子が光った。
凄い、ただの判子じゃなくて、魔法的な証明要素が入ってるみたい。
続いて、
ピッ
登録魔刻石も読み取り、
「うむ、次」
と、他の3人の許可証と身分証の魔刻石を確認していく。
もちろん、問題なし。
すぐに、僕ら4人以外の後列の人の確認に行ってしまった。
(終わり?)
結構、簡単。
いや、端末で確認してるからか。
異世界技術って、本当、現代日本にも劣らない部分があるよね。
と、僕は感心。
そうしている間にも、全員の確認が終わる。
約20分ぐらいか。
王国兵さんの指示で、僕らは巨大な門前に並ばされる。
ドキドキ
大きく、荘厳な転移門。
しかも、日本……いや、地球ではいまだ誰も体験したことがない空間転移。
それを、僕はこれから行うのだ。
(やば~い)
僕、内心、かなり興奮してる。
巨大な門の内側は、半透明な水面みたいになっている。
と、
パアッ
突然、その水面が光り出した。
(おお……!)
水面の向こうに見えていた半透明な王都の景色が消え、見たことのない都市の景色が映る。
もしかして、転移先の景色?
南都フレイロッド?
と、その水面から、何人もの人々が歩いて現れた。
(わっ?)
向こうから転移してきた人たちだ。
王都の人々よりも薄着で、肌も黒く日焼けし、物珍しそうに周囲を見回している。
ゾロゾロ
200~300人ぐらい?
それぐらいの人数が門の水面を通り、王都アークロッドに転移してきていた。
人が通るたび
ピカッ ピカッ
と、人が抜けた部分の水面が光り、揺れる。
(~~~~)
僕は、言葉もない。
ただ、その異世界の不思議な現象を凝視してしまう。
クスッ
そんな僕を、3人が微笑ましそうに見ていた。
やがて、人が途切れる。
そして、
「――よし、全員、ゆっくりと門を潜りなさい!」
と、王国兵が指示を出した。
おお、僕らの番だ。
ドキドキ
前の人から順番に進み出し、やがて、僕らも歩き出す。
門が近づく。
前方に並んでいた人たちが門の水面に触れ、ピカッと光りながら半透明な向こうの景色の中へと消えていく。
次々と……。
やがて、すぐ前の人が消える。
僕の番。
ゴクッ
少し躊躇。
と、お母様が僕の手を握り、
「一緒に潜りましょう」
「あ、はい」
僕は頷く。
優しい笑顔と手の温もりに勇気をもらい、僕は1度、深呼吸すると、足を踏み出した。
水面に触れ、
ピカッ
う……一瞬、視界が白く光る。
そのまま歩き、やがて、光が消えて視力が正常に戻った。
目の前に、都市の風景があった。
半透明な水面の向こうに見えていた都市である。
椰子の木みたいな街路樹が並び、水路が流れ、石畳の道と同じように赤土の道もあり、王都と少し違う石造りの建物が建ち並んでいる。
空は高く青く、白い入道雲が見える。
南国の風景。
歩いている人も薄着が多く、頭にターバンを巻いている。
そして、暑い。
カラッとした空気だけど、肌がジリッと焼ける感じ。
「…………」
思わず、足を止めて見入ってしまう。
気がつけば、アルタミナさん、レイアさんも転移していて、暑そうに額を腕で拭っていた。
そして、隣のクレフィーンさんは、
ニコッ
と、僕に微笑む。
街の風景を背景に、
「お疲れ様でした、シンイチ君。そして――ようこそ、南都フレイロッドへ」




