108・出立の朝に
「へぇ、なかなか似合ってるね」
僕の新装備を見せると、アルタミナさんはそう言ってくれた。
(えへへ)
素直に嬉しいな。
買い物デートを終えて、『月輪の花』クランハウスに帰還した僕らは、帰った報告をクラン長室にいる彼女にしていたんだ。
一緒にいた母娘と笑い合う。
クラン長室にはレイアさんもいて、
「でも、いいの?」
「え?」
「もらった大金、即日にほぼ使い切って……もう少し計画性を持ってもいいんじゃないかしら」
「…………」
せ、正論です。
(700万円、ほぼ使っちゃったもんね)
現在、ギルド貯金は55万2500円、お財布に20万9200円――合計76万1700円也。
……ま、まぁ、15歳ならある方かな?
でも、若干、反省。
だけど、クレフィーンさんは、
「お金を惜しみ、性能の劣る装備を買って命を落とすよりも、よほど正しい使い方だと私は思いますよ?」
「フィン?」
「私は、シンイチ君の判断を尊重します」
と、僕に微笑んだ。
(……クレフィーンさん)
お母様が自分の味方をしてくれて、僕、驚きつつも感激です。
友人2人も目を丸くし、顔を見合わせる。
黒髪の美女が、
「ふ~ん?」
「……何か?」
「いや、今日1日で2人とも、また距離が縮まったような気がしてさ」
「え?」
(え?)
そう、かな?
ふと、本日の記憶を振り返ってみる。
え~と、防具店を出たあとは、3人で公園を散策したり、レストランで食事をしたり、大道芸人の技を見たりして帰ってきたんだよね。
ちなみに、食事代は、
「あ、僕が払います」
「いえ、私の方がクランの先輩ですから、ここは私が――」
と、少し揉めた。
金髪の天使ちゃんがオロオロしちゃって、結局、3人分を2人で割り勘したんだ。
……そのぐらいだね?
え? 距離感、縮まること、あった?
(???)
僕は首をかしげる。
でも、クレフィーンお母様は「…………」と無言のまま、頬が薄っすら赤くなる。
お母様?
僕の視線に気づくと、
「……っ」
彼女は慌てて顔を逸らし、自身の長い髪で表情を隠すようにする。
友人2人は、
「おやおや?」
「シンイチ、何があったの……?」
「さ、さぁ?」
問うように視線を向けられても、僕も困惑です。
ファナちゃんも、
「お母様……?」
と、おかっぱの金髪を揺らしながら、母親を見上げる。
美しいお母様は少し困ったように微笑んで、「何でもありませんよ、ファナ」と愛しい娘の髪を撫でてやっていた。
…………。
ま、僕らの話は、一旦、置いておいて。
今度は、2人からの話。
黒髪のクラン長が、
「――明日、次のクエストに出発するよ」
と、言った。
おお、休日1日だけか。
(そう言えば、前に3ヶ月ぐらい休みがなかった……って、言っていたっけね)
そっかぁ。
もう、次の予定が埋まってたんだ。
僕は頷き、
「どんなクエストなんですか?」
「討伐系。場所は、王国の南西部にある砂漠地帯だね。交易路近くのオアシス付近に巨大なサンドウォームが出現したんだってさ」
「砂漠……ですか」
「うん」
彼女も頷く。
交易路を行く商人や旅人、オアシスを利用する現地民の安全のため、緊急性が高いと『黒獅子公』に依頼が来たらしい。
依頼主は、王国。
もっと言うと、その外務大臣。
国境の越える交易路なので、外交や国益にも影響があるんだってさ。
(ほへぇ……)
お国の一大事か。
と、レイアさんが、
コト コト コト
と、クラン長室の執務机の上に、3個の『何か』を置く。
あ、
(――魔法石板だ)
丸く新しいので『近代魔法』の石板だね。
副クラン長の彼女は、僕らを見ながら言う。
「貴方たちが買い物している間に、私たち2人も石板店に行って、今回のクエストに必要そうな『魔法石板』を買ってきたのよ」
「え?」
そうだったの?
(うわ、なんか申し訳ないな)
クレフィーンさんも似たような表情で、「まぁ、すみません」と謝る。
友人2人は笑う。
「いいんだよ」
「ええ」
「でね、一応、『耐熱』『冷却』『水生成』の3種類を用意したんだ。耐熱と冷却は、砂漠の暑さ対策。水生成も脱水対策でだね」
「耐熱はアル、冷却は私が覚えるわ。フィンは、水生成をお願い」
ふむ……?
「僕は何も?」
と、聞く。
黒髪の美女は頷き、
「シンイチ君は、古代魔法3種と身体強化、回復の魔法で枠が一杯だろう?」
「あ~、ですね」
考えたら僕、空きストックなかったよ……。
すると、お母様が、
「では、私のもう1枠は?」
と、聞く。
彼女は2枠、自由がある。
1枠は、水生成。
じゃあ、もう1枠は……?
その問いには、赤毛のエルフさんが答える。
「前回の遺跡の罠対策で、フィンは『解毒』魔法を覚えていたでしょう」
「ええ」
「実は今回の砂漠には、毒のある蠍や蛇が砂の中に隠れて生息しているらしいの。だから、そのままで大丈夫と私たちは判断したわ」
「ああ……わかりました」
クレフィーンさんも納得。
コトッ
1つ、石板を取り、
「では、今夜の内に覚えておきますね」
「うん、ありがとう、フィン」
「ええ、お願いね」
「はい」
友人2人に、お母様も微笑む。
(……ん?)
ふと気づけば、大人たちの会話をファナちゃんは黙って聞いていた。
寂しげな表情。
帰って来たばかりなのに、お母様がまた遠くに出かけてしまうんだものね。
ポムッ
そんな幼女の頭に、僕は手を置く。
「!?」
驚く幼女。
僕は、柔らかな金色の髪をグリグリ撫でながら、
「大丈夫。今回も、なるべく早く終わらせて、お母様と一緒に無事に戻ってくるからね?」
「ぁ……」
「なので、1つお願いが」
「お、お願い……?」
「うん。帰ったら、またファナちゃんの手作りクッキー、食べさせて?」
「あ……う、うん!」
幼女は、元気に頷いた。
うん、
(目に力が戻ったかな?)
僕も笑う。
そんな僕らに、3人も気づく。
友人2人は穏やかに笑い、僕に頷く。
そして、クレフィーンお母様は、
「シンイチ君……」
と、何だか感極まったような表情で、青い瞳を潤ませながら僕を見つめたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
日が変わり、翌日。
僕ら冒険者の4人は、ファナちゃん、ダルトン夫妻に見送られながらクランハウスを出発した。
金髪の幼女は、
「い、いってらっしゃい……!」
と、小さな手を必死に振る。
僕らも笑顔で振り返す。
そのまま敷地の門を抜け、閑静な早朝の住宅街の歩道を歩きだした。
まず目指すは、冒険者ギルド。
先に、受注手続きをしないといけないからね。
その道中、
「シンイチ君」
「ん?」
「今回の目的地、南西部の砂漠は遠くてね。普通に行くと、片道で10日かかる程なんだ」
「あ、はい」
え、そうなの?
(10日間か~)
往復だと20日……結構な日数だね。
ファナちゃん……。
心配する僕だったけど、アルタミナさんはクスッと笑う。
「でね? 今回、特別」
「? 特別?」
「そう。実は、王政府の許可を得て『転移門』で移動することになったんだ」
「!」
転移門!?
あの、1200キロ離れた場所に一瞬で移動できる門のことだよね。
1人1回30万円もする。
(え、使えるの!?)
驚く僕に、レイアさんも笑う。
「転移先の『南都フレイロッド』を経由すれば、最短2日で到着するわよ」
「おお……!」
「本来、予約した人が優先なんだけど、外務大臣から転移門管理局に交渉してもらって、特別に私たち4人分の転移門の利用を割り込ませてもらったのよ」
「へ~!」
凄い。
さすが、黒獅子公の権力。
と、アルタミナさんとレイアさんは、友人の金髪の美女を見る。
彼女は、視線にハッとする。
「……まさか、貴方たち……」
と、呟く。
2人は笑い、
「早く終わらせて帰ろうね」
「今回のクエストが早く終われば、少し長い休みが取れるはずだから、がんばりましょう」
(あ……)
僕も気づく。
これ、友人母娘のためだ……!
わ~お。
(何だよ、2人とも……粋なことするじゃん)
こういうの、僕、大好き。
クレフィーンさんも「アル……レイア……」と感極まったように口元を押さえている。
2人は、足を止めてしまった友人の肩を叩く。
あら、お母様、泣きそう……。
……そうだよね。
ご主人、亡くしてから、1人でずっと娘を守ろうとがんばってたんだもんね。
でも、今は2人がいる。
(……うん)
村を出て、本当によかったな、クレフィーンさん。
僕も、もらい泣きしそう。
何となく、3人の邪魔をしたくなくて、僕は1人、同じ歩道内だけど少し離れて様子を眺めていた。
と、その時だ。
(ん?)
歩道は、たくさんの人が歩いている。
止まっているのは、僕ら4人だけ……ではなかった。
もう1人、いる。
(? ……妊婦さん?)
銀髪の若い女性だ。
本来、長そうな銀色の髪は頭の後ろでまとめられ、喪服のような黒いワンピースのお腹部分だけが膨らんでいる。
手足は病的に細い。
顔も青白く、無表情で。
……えっと、言い方は悪いけど、一瞬、幽霊かと思ったよ。
それぐらい、生気が感じられない。
そして、
(…………)
なんか、僕の方を見ている。
橙色に近い赤い眼が、濁ったような光と共にこちらに向けられている。
何だろう……?
少し、怖い。
周囲の雑踏の中、僕らの間だけに静謐な気配があった。
と、
(あ……笑った)
その口が、赤く裂けたように薄く開く。
妖しい微笑。
と、その時、
ヒィン
黒い妊婦の頭上に、真眼の『赤文字』が表示された。
【邪竜の幼生体】
……え?




