105・黒獅子とギルド責任者〈※アルタミナ視点〉
「――ったく、面倒な話を持ち込んでくれたな?」
銀髪の人物が、不満げに私を睨んできた。
ここは、冒険者ギルド3階のギルド長室。
わざわざ報告しに来た可愛い後輩に、先代の煌金級はなんて酷いことを言うんだろうね?
私は苦笑し、
ズズッ
秘書さんの淹れてくれたお茶を飲む。
きちんと喉を湿らせてから、言う。
「仕方ないじゃないか。本当なんだから」
「……ちっ」
「物証もあるしさ」
「だから、面倒なんだよ」
ギルド長――グレイシャン・ダーレックという王国冒険者ギルドの最高責任者は、不満そうに口元を歪める。
手元の資料の束を、
バサッ
テーブルに放る。
「噂の『冒険者狩り』の正体が、伝説の冒険者ジオ・クレイアードだと……? こんなの公表できんだろっ」
「判断は任せるよ」
「くそ、お気楽な」
「私は、ただ一介の冒険者だからね」
と、笑う。
実際、彼は現役時代より気苦労が増え、疲れた顔をしてる時が多い気がするけどね。
(あぁ、やだやだ)
私は将来、そういう役職に就かないようにしようっと。
で、一応、聞いてみる。
「所で、あの剣、本物?」
「……ああ」
彼は、仏頂面で頷く。
資料の紙を1枚、指で弾いてこちらに飛ばす。
テーブルを滑ってきたそれを、私も指で受け止め、持ち上げる。
(ふ~ん?)
鑑定書かな。
例の大剣が間違いなくジオ・クレイアードの所持していた『青き落雷の大剣』だと判明したらしい。
そっか。
(本当に、本人か)
シンイチ君の言う通りだ。
私は聞く。
「今後、どうするの?」
「正体を隠して『冒険者狩り』は死んだと公表する。王城と教会には真実を伝えるさ」
「そう」
「しかし……よく勝てたな?」
彼は、私を見つめる。
(ん?)
「相手は『黒死雷帝』だ」
「ああ……」
「全盛期の俺でも勝てるかわからん。よく、お前らが勝てたな」
「そうだね」
私も頷く。
実際、今でもギルド長は私より強い。
そして、全盛期のグレイシャン・ダーレックはもっと強かったろう。
――そんな彼より『黒死雷帝』は強いのだ。
ギルド長より弱い私たちが勝てる可能性は、ほぼゼロだったと言える。
でも、勝てた。
その理由は、
「……シンイチ君、かな」
「何?」
「彼のおかげだよ。勝てたのは」
「あの坊主か?」
ギルド長は、目を丸くする。
私は苦笑し、
「うん。実は最後、ジオ・クレイアードを倒したのも彼なんだよ」
「おい?」
「本当だよ」
「…………」
「不思議なんだよ、彼。やってることは普通なのに、なぜか相手にとっては致命的になるんだから」
「…………」
「本当、面白い少年だよね」
私の言葉に、彼は自分の首を触る。
前に手合わせした時、シンイチ君に木剣を当てられた部位だ。
あの時も同じ。
本来、勝てるはずのないシンイチ君が、ギルド長から1本取っている。
(……ふふっ)
思わず、私は笑う。
「今回のクエストでも遺跡の抜け道を見つけたり、魔法人形戦でも活躍してくれたんだよ」
「……おい」
彼は、私を睨む。
不機嫌そうに、
「あれは新人だろうが。何、前線に出してやがるんだ、こら?」
「あはは、いや、ついね」
「ついで済むか!」
「怖いなぁ」
「お前は煌金級だぞ? その等級のクエストじゃ、素人は一瞬で死ぬほど危険なんだぞ。本当にわかってんのか!?」
「わかってるよ」
私は頷く。
自慢の金色の瞳で彼を見据え、
「――もしもの時は、命に代えても守るから」
と、静かに言う。
銀髪のギルド長は、黙った。
私の本気を感じたのかな?
ニコッ
笑顔を作り、
「拠点でさ。北部出身の連中に会ったんだよ」
「!」
「まぁ、いつものことなんだけど……いつもと違ったのは、そいつらにシンイチ君が怒ってくれてね。言い返して、やり込めてくれたんだよ」
「…………」
「うん、嬉しかったね、あれは」
「アル……」
「いい子だよ、彼」
「…………」
「ちょっと、濡れちゃった」
と、最後は悪戯っぽく、私は舌を出して言う。
ギルド長は目を丸くする。
すぐに表情をしかめて、
「息子ぐらい年齢の少年に、何、発情してるんだ、おい? 自分の歳、考えろ、馬鹿猫が」
なんて言う。
(むっ)
さすがに酷いな。
「年上の女はいいものだよ?」
「自分で言うな、阿呆が」
「へ~? その言葉、フィンの前でも言えるかな?」
「クレフィーン君とお前じゃ別物だろうが。言っておくが、クレフィーン君なら応援してやるぞ、俺は」
「ずるい、依怙贔屓だ」
「何とでも言え、馬鹿猫」
「獅々だよ」
「わかった、馬鹿獅子が」
「くそぅ……がうがう」
と、私たちは軽口を叩き合う。
ジッと睨み合い、そして、一緒に笑った。
悩ましいことは多いけれど、笑うのも大事だね。
と、彼は表情を戻す。
「話は戻すが」
「うん?」
「ジオ・クレイアードは『邪竜の呪詛』に侵されていたんだな?」
「ああ、うん」
私は頷いた。
あの時を思い出し、答える。
「何て言うか、人間やめてる感じだったね。死んでるっぽいのに何らかの力が働いて、無理矢理、生かされてる印象かな……?」
「そうか……」
「気になるなら、埋葬した遺体、調べたら? もう骨だけだけど」
「ああ、そのつもりだ」
ギルド長は、当たり前のように頷く。
(そう)
ま、その辺、倫理よりも冷徹で厳しい判断を下せるよね、彼は。
そこも信頼できる部分だけどさ。
しかし、
「邪竜の呪詛……か。本当、何なんだろうね?」
「わからん」
「…………」
「だが、50年前、ジオ・クレイアードが消息を絶った『暗黒大洞窟』の深部に何かあるのかもしれん。公的に調査するべきかもしれんな」
ジッ
彼は、私を見つめる。
ああ、はいはい。
(私たちが調査するのね?)
全く、都合のいいように使う気だよね。
煌金級って……時々、本当に割に合わない時があるよねぇ。
私は嘆息し、
「関係各所で調整して、命令が出たら連絡してよ」
「ああ」
彼は頷く。
と、銀髪の頭を下げ、
「すまんな」
と、一言。
私は驚き、苦笑する。
「別にいいよ。ただ『邪竜の呪詛』に関して、もう少し詳しい情報が出てからにして欲しいかな」
「ああ、わかってる」
彼は、承諾。
そして、言う。
「前回、お前たちにその情報を聞いて、王城と教会には報告しておいた。その時の感触だが……教会の方は何か知っているようだったな」
「へぇ……」
教会が?
まぁ、呪詛関連に詳しいのは、確かか。
慈母神と邪竜、か。
うん、
(もしかして、秘匿している何かがあるのかな?)
ま、驚きはしない。
政治も宗教も、どんな組織も公にしない情報は持っているものだろう。
それは、冒険者ギルドも同じ。
今回の『冒険者狩り』の件も、世間には真実を伝えないと決めてるぐらいだからね。
うん、嫌な世界だなぁ。
その時、
(…………)
ふと、黒髪黒目の少年の顔が思い浮かんだ。
人畜無害。
人を疑う気のない純朴さ。
その笑顔。
……うん。
なんか、今、無性に会いたいな。
ギルド長は、
「冒険者ギルドでも、その辺を含め色々と調べてみる」
「あ、うん。お願い」
「おう、任せろ。ま、今回はお疲れ様だったな。――話はこれで終わりだ。遺跡管理局にも顔を出したら、今日は帰ってゆっくり休めよ」
「ん、そうするよ」
私は苦笑し、頷いた。
お茶を飲み切り、ソファーから立ち上がる。
出入り口の扉に向かい、
「アルタミナ」
と、途中で呼び止められた。
(ん?)
私は振り返る。
ギルド長の緑色の瞳が私を見ている。
そして彼は、
「――リーダーとして、よく全員を生きて戻らせた。踏ん張ったな」
と、笑った。
私は驚き、一瞬、言葉に詰まる。
現役時代の彼は、私も密かな憧れを持つ先輩冒険者でもあった。
その、誉め言葉。
少し胸に来る……ね。
私は白い歯をこぼし、
「うん」
と頷く。
そして、前を向き、
パタリ パタリ
長い尻尾を手の代わりに振りながら、ギルド長室の扉を開いたんだ。




