102・50年前の英雄
「――快癒の霊手」
ポワァ
赤毛エルフさんの声と共に、その白い右手が輝いた。
柔らかな緑色の光。
その光を灯した右手で、彼女はゆっくりとクレフィーンお母様の右肩を撫でていく。
「ん……」
お母様の表情が一瞬、苦痛に歪む。
でも、すぐに和らいだように緩んでいった。
実は、先の魔力爆発でクレフィーンさんは肩を負傷したらしく、今、回復魔法で治療している所なんだ。
(うう、ごめんなさい)
爆発起こした僕は、心の中で土下座です。
いやね?
爆発の時、僕自身が盾になったから大丈夫と思ったんだよ。
でも、予想以上の威力でね……。
直撃じゃなくても、爆風の威力で吹き飛ばされて怪我しちゃったんだ。
謝る僕に、クレフィーンさん曰く「受け身に失敗した私の責任です」と微笑んでくれて、実際、猫科の獣人であるアルタミナさんの方は受け身を取って無事だったらしいんだけど……。
でも、
(責任感じちゃうよ……)
ハラハラ
と、緊張しながら見守る。
やがて、30秒ほど経過。
レイアさんの手が離れ、
「どう、フィン?」
「ええ、とても楽になりました。ありがとう、レイア」
「そう、よかったわ」
お母様の感謝に、彼女も微笑む。
クレフィン―さんは確かめるように腕を動かす。
それを見て、
「うん、大丈夫そうだね」
と、アルタミナさんも頷く。
でも、
「だけど、関節が砕けて脱臼もしたんだ。魔法で治し切れない炎症もあるだろうし、しばらく安静にしてるんだよ?」
「はい、アル」
「うん、よし」
素直な義妹分に、笑うお義姉さん。
と、クレフィーンさんは僕を見る。
サラッ
美しく長い金髪がこぼれ、
「もう大丈夫ですから……ほら、シンイチ君もそんな顔をしないでくださいね?」
「あ……う、うん」
「ふふっ、よしよし」
ナデナデ
と、子供にするみたいに頭を撫でてくる。
(ん……)
その白い指が気持ちいい。
なんか、ファナちゃんの気持ちがわかっちゃう。
しかも、お母様、わざわざ痛めた方の手で撫でてくれているので、きっと『大丈夫』アピールもしてくれているんだろう。
(うう……気遣いの人だ)
僕、泣きそう。
僕らの様子に、お母様の友人2人は苦笑。
でも、クレフィーンさん本人は、何だか嬉しそうな表情をしていた。
◇◇◇◇◇◇◇
全員の治療後、
ガタタン
と、横転していた車両を起こす。
身体強化した4人がかかれば、引き起こしも簡単に可能だったよ。
うむ、魔法最高!
御者さんが各部を点検し、
「走行に大きな問題はなさそうですね」
と、息を吐く。
ホッ
僕らは顔を見合わせ、安堵する。
そのあとは――黒騎士の遺体を4人で確かめた。
砕けた黒い鎧。
その内側で、額の傷から血を流し、白く濁った眼球を見開いたままピクリとも動かないミイラのような遺体がある。
(…………)
強かった。
マジで。
真眼君がいなかったら、僕ら、全滅しててもおかしくない。
それぐらい、絶望的な強さだった。
呪詛の影響……?
でも、あの剣技。
ただ、能力が増しただけでは、あの技量は身につかないと思う。
じゃあ、
(正体は何者なんだろう?)
僕は内心、首をかしげる。
すると、
ヒィン
(あ)
真眼が発動した。
【黒騎士の正体】
・ジオ・クレイアード。
・人間、32歳、男性。元冒険者。
・魔窟の奥底で、心身を『邪竜の呪詛』に侵されてしまい、生命の理を外れた存在となってしまった。
・現在は呪詛が消え、真っ当に死んでいる。
(お……?)
元冒険者?
しかも、やっぱり人間の理を外れた『何か』になってたのか。
(なるほどね)
僕は、3人にも情報を伝える。
すると、
「えっ!?」
「ジオ・クレイアードですか!?」
「これが……?」
と、彼女たちは酷く驚いた顔をする。
え?
何、その反応?
(僕の方が驚くんですけど……?)
3人の美女は、今までとは違った眼差しで黒騎士の遺体を見つめている。
僕は、
「あの……?」
と、恐る恐る声をかける。
すると、お母様が教えてくれる。
「ジオ・クレイアードという人物は、50年前、当時最強と言われた王国の『煌金級の冒険者』の名前なんです」
「……へ?」
50年前?
僕は、ポカンとする。
赤い髪を揺らして、レイアさんも頷く。
「今から半世紀前、ジオ・クレイアードは王国屈指の深度を誇る『暗黒大洞窟』にクランの冒険者100人と共に挑み、そのまま消息不明になってしまったの。現在は、全員死亡したとされているわ」
「ええ……」
「ちなみに『暗黒大洞窟』は、50年経った今も未踏破の洞窟よ」
「…………」
「でも……まさか、本人なのかしら?」
「…………」
本人……。
なのかなぁ?
(確かに、あれだけの強さだし……)
僕も困惑。
と、現在の『煌金級』のお姉さんが遺体の横にある大剣を見る。
――青き落雷の大剣。
彼女は言う。
「……『黒死雷帝』」
「え?」
「ジオ・クレイアードの異名だよ。敵を黒焦げにして殺せるほど、威力の高い雷魔法を使えたらしくてね」
「あぁ~……」
そう。
(じゃあ、間違いなさそうだね)
僕も頷く。
ガシャ
黒髪の美女は『青き落雷の大剣』の柄を掴み、持ち上げる。
剣身を眺め、
「当時は、大陸で『黒神級』に最も近いとまで言われた傑物だったらしいよ?」
と、呟く。
(黒神級……)
えっと、確か、王国だけじゃなくて大陸全体で、歴史上7人しか存在しなかった煌金級の上の等級だっけ。
ええ……。
ジオさん、それほどの冒険者だったの?
僕も遺体を見る。
ブルッ
少し震える。
呪詛の強化もあっただろうし、僕ら、本当によく勝てたね?
3人も神妙な顔。
だけど、
「ま、本人でもいいさ」
「…………」
「さすがに死ぬかと思ったけど、私たちの勝利だし」
「あ、うん」
「何より、『黒死雷帝』の魔法剣……思わぬ逸品も手に入ったしね。ふふっ、今後は、私かフィンのメイン武器にしようかな?」
と、黒獅子公は笑う。
(え……?)
あ、そういう考え……。
え、いいの?
足元に黒死雷帝さんの死体がある中、僕は少々唖然です。
だけど、
「あら、いいわね」
「まぁ、私たちに扱い切れるでしょうか?」
と、2人も言う。
いや、と言うか、
(クレフィーンお母様も、少しワクワクした顔していらっしゃる?)
僕は目を丸くする。
……うん。
さすが、冒険者。
皆さん、逞しいですね。
ちなみに、黒い全身鎧もかなりの逸品らしかったけど、損傷が激しくて3人とも入手は断念したとのこと。
そして、
ザク ザク
僕らは、街道脇の地面に穴を掘る。
遺体を収め、
「――白き炎霊」
お母様の魔法の炎が、穴の中の遺体を焼く。
ジュオオ……
神々しい輝き。
邪竜の呪詛に侵された肉体が純白の炎に焼かれ、浄化されるように鎧と骨のみの存在になっていく。
その後、丁寧に土を被せる。
(……ん)
僕らは目を閉じ、手を合わせる。
50年前の、王国の英雄。
その墓としては、寂しい気もする。
後日、冒険者ギルドに報告したら、改めて埋葬し直されるかもしれないけど……。
でも今は、
(どうか、これで安らかに……)
と、祈る。
ま、ね?
実際、呪詛の影響もあっただろうけど、僕らを殺そうとしたんだし……今はこれぐらいで許してよね。
ね、先輩?
やがて、黙祷も終わり。
気持ちも切り替える。
さて、
(天使ちゃんも待ってるし)
今度こそ、王都に帰りますか!
――そうして戦利品の『青き落雷の大剣』を積み込み、僕らの竜車は、木々の葉の燃える幻想的な夜の森の街道を再び走り出したんだ。




