100・冒険者狩りの黒騎士
ついに100話目!
ここまで読んで下さった皆さん、本当にありがとうございます♪
どうかこれからも楽しんで頂ければ幸いです。
では、本日の更新、第100話です。
よろしくお願いします。
ドッドッ
竜車が街道を南下する。
その日の午前中、僕らはグレシアン渓谷の仮設基地を発ち、王都アークロッドへの帰路についていた。
揺れる座席で、
(濃い1日だったなぁ)
と、僕は記憶を反芻する。
たった1日。
されど、短くも長く感じた1日だった。
仮設基地を出る時は、多くの管理局員や王国兵に見送られたよ。
照れ臭いけど、嬉しいね。
あと、責任者のお2人には1日ぐらい休んでいかないかと提案されたんだけど……実はお断りしてしまったんだ。
理由?
決まってる。
(ファナちゃん、待ってるもん)
今は1人のお留守番じゃないけどさ。
でも、あの優しい天使ちゃんが、お母様や僕らの心配をしない訳がないんだよ。
だから、
(早く帰って、安心させなければ……!)
と、お兄様は思うのです。
もちろんクレフィーンさんだって、可愛い娘に早く会いたいだろうしね?
チラッ
僕は、隣席の彼女を見る。
と、僕の視線に気づき、
「?」
ニコッ
彼女は微笑む。
車内の振動で、綺麗な長い金髪が柔らかく揺れている。
あと、お胸様も。
…………。
ち、違うよ、偶然です。
心の中で言い訳しつつ、
「えと、明日には、ファナちゃんに会えますね」
「はい」
と、嬉しそうに頷くお母様。
豊満なお胸に手を当て、
「今回はダルトン夫妻がいてくださるので、安心してクエストに臨めました。ですが、クエストが終わった今は、早くファナの顔が見たくて仕方ありません」
「ですか」
「ええ、恥ずかしながら」
「恥ずかしくないですよ」
と言い、
「僕だって、早くファナちゃんに会いたいですもん」
と、笑って白状した。
金髪のお母様は、青い目を丸くする。
すぐに、
「ふふっ、そうですか」
と、幸せそうにはにかんだ。
僕らのやり取りに、お母様の友人2人も微笑んでいる。
うん、
(そうだね)
せっかくだし、視てみるか。
僕は、南を向く。
目に集中し、
(――真眼君、お願いします)
と、心の中でお願いする。
数秒の間、
ヒィン
車内の空中に文字が浮かんだ。
【ファナ・ナイドの様子】
・現在、昼食の準備中。
・食堂でダルトン夫妻と食事をするため、食器の用意などを手伝っている。
・ハンナ・ダルトンから、食後のデザートに大好きなアイスクリームがあるとこっそり伝えられ、やる気に満ちている。
・心身の状態、良好。
(……ぷっ)
思わず、吹き出す。
そっか。
アイスクリームあるなら、がんばれるよね?
(うんうん)
僕は1人頷き、
「……シンイチ君?」
(あ)
僕の様子に、クレフィーンさんは不思議そうな表情だ。
いかん、いかん。
つい、1人で楽しんでしまった。
これは、共有しなければ……!
と、僕は、金髪のお母様に娘さんのがんばりとその原因を告げ口する。
彼女は、
「まぁ」
と、驚く。
友人2人も顔を見合わせる。
美人なお母様は苦笑し、「あの子ったら……」と少し恥ずかしそうだ。
でも、
(うん……凄く優しい表情してる)
わかるよ~。
僕も同じ気持ちでお母様と顔を見合わせ、クスクスと笑い合った。
そうして、僕らは帰路を急ぐ。
車内の空気は穏やかで。
竜車を引っ張るヒュルトン魔竜も、素晴らしい速度で街道を走ってくれている。
明日には王都へ。
(再会が楽しみだなぁ)
と、心待ちだ。
時と共に、車窓の景色も変わる。
岩だらけの渓谷を抜け、草原や森の街道を走り、川の橋を渡っていく。
空も青から赤、そして、紫へ。
やがて、星々の輝く夜となった。
でも、この竜車は深夜も走る直行便だ。
暗闇の中、月明かりと車外の照明を頼りに、昼より若干速度を落としながら街道を進んでいく。
やがて、
(お……)
前方に、赤く輝く森が見えた。
葉が魔法の炎で燃えている不思議な森――『緋色の森林』だ。
夜だと、より鮮やか。
幻想的で美しいね。
思わず、車窓から眺める。
その時、
ヒィン
(ん?)
突然、目の前の空間に『赤文字の警告』が表示された。
え、赤文字?
【死の危険】
・この先で、全員の死の可能性あり。
・全力で抗え!
……は?
◇◇◇◇◇◇◇
(え、何それ?)
いったいどういう――、
ギギィ
ぐわっ!?
突然、竜車が急停止した。
車内の僕らは、思わず前方につんのめる。
僕なんかは座席からずり落ちそうになり、隣席のお母様が「シンイチ君っ」と慌てて手で押さえてくれた。
あ、危な……っ。
と、車内の伝声管から御者の声がする。
『も、申し訳ありません。前方の街道を塞ぐように、人がいまして……!』
人……?
僕らは、顔を見合わせる。
前方のガラス窓から、車外を見る。
御者と竜の向こう側に、街道前方の景色が見えた。
炎の木々が燃える夜の森。
赤く照らされる幻想的な街道に、真っ黒な騎士が1人、大剣を手に立っていた。
(……何、あの人?)
兜も被った全身鎧だ。
素肌は一切見えず、顔もわからない。
もちろん、性別も……。
ただ身長は190を超えていそうで、体格的にも男性みたいに思える。
兜の頭頂部の突起から赤い房が生え、風になびく。
手には、大剣。
黒く巨大で、岩を切り出したように歪な形状で、刃の部分は炎に妖しく輝いている。
相当、重そう。
なのに、片手で平然と持っている。
何より、気配が変。
なんかこう……上手く言えないけど、幽玄な雰囲気で人間っぽくない。
レイアさんが、
「何、アイツ?」
と、呟く。
クレフィーンさんも小首をかしげる。
でも、
「――――」
黒獅子公と呼ばれる美女は、驚愕の表情で目を見開いていた。
顔色が悪い。
(???)
アルタミナさん?
彼女は緊張したような、険しい顔で街道の黒騎士を睨んでいる。
……何?
僕も、もう1度、奴を見る。
嫌な予感がする。
真眼の気になる予言もある。
僕は、
ジッ
奴を見据え、目に集中した。
ヒィン
【冒険者狩り】
・呪詛の高濃度汚染体。
・心身を高濃度の『邪竜の呪詛』に汚染された存在である。
・邪竜の憎悪と憤怒に呑まれ、邪竜復活の邪魔となりそうな人族の強者を排除するために活動している。
・戦闘力、2470。
・現状、逃走不可。
(は……?)
え、冒険者狩り?
いや、邪竜の呪詛の高濃度汚染体?
何だそれ?
(い、いや、何でもいい!)
早く伝えよう。
ギュッ
僕は、クレフィーンさんの腕を掴む。
「シンイチ君?」
長い金髪を揺らし、彼女は振り返る。
青褪めた僕に気づき、「ど、どうしました?」と驚いた顔をした。
他2人も僕を見る。
僕は言う。
「あれ、『冒険者狩り』です」
「冒険者狩り?」
繰り返すお母様。
レイアさんが「ああ」と頷く。
「例の噂の奴ね。そう、アレがそうなの」
「…………」
「なら、ちょうどいいわ。私たちを狙ったこと、後悔させましょう。いいわね、アル?」
「…………」
「……アル?」
友人の様子に、彼女もようやく気づく。
アルタミナさんは無言。
硬い表情だ。
僕らの中で1番強い黒獅子公――だから、感じているのかもしれない。
代わりに、僕が言う。
「やばいです」
「え?」
「シンイチ君?」
「あれ、邪竜の呪詛に侵された存在です。普通じゃありません」
「……は?」
「邪竜の?」
美女2人は、唖然と目を見開いた。
僕は頷き、
「目安ですが……強さは、深緑の大角竜の倍ぐらいあります」
「倍!?」
「まさか」
「マジです」
僕だって信じたくない。
あの竜、めちゃ強くて、クレフィーンさんが死にかけたぐらいなんだ。
だけど、その倍以上の数値が出てる。
ギュッ
僕は握る手に力を込める。
言いたくない。
言葉にすると本当になりそうだから。
でも、言わないと……。
覚悟を決め、
「――秘術の目でわかりました。全力で抗わないと、僕らは全員、死んでしまいます」
と、伝えた。
2人は茫然と、僕を見つめた。
そして、
「……やっぱりね」
黒髪の美女が呟いた。
僕らは彼女を見る。
黒獅子公と呼ばれる王国トップの冒険者の1人は、静かに笑う。
ゾクッ
背筋が震えた。
美しく、恐ろしい微笑。
アルタミナ・ローゼンと呼ばれる獣人の美女は、戦斧を手に立ち上がる。
ガラス越しに奴を見据え、
「強いよ、あれは」
「…………」
「…………」
「…………」
「こんなに恐怖を感じるのは、うん、久しぶりだね。ああ、怖いなぁ」
ククッ
なのに、笑う。
――戦闘狂。
そんな単語が、脳裏に浮かぶ。
「戦って勝つしか生き残れない――そんな状況は今までに何度もあったさ。そして、私は今も生きている。さぁ、今度はどうなるかな?」
怖い。
彼女のことを、初めてそう感じた。
友人のクレフィーンさん、レイアさんも強張った表情だ。
そして、
ジッ
獅子の黄金の瞳が、僕らを向く。
「フィン、レイア、シンイチ君。――やるよ? 準備して」
と、命じた。
僕は息を飲む。
美女2人は、覚悟を決めた顔で、
「はい」
「わかったわ」
「う、うん」
僕も何とか頷いた。
全員、強化魔法を行い、装備も用意する。
黒獅子公が車両の扉を開け、車外に出た。
僕らも続く。
(う……)
夜風と共に、炎の木々からの熱波が届く。
車両の前方では、怯える竜を御者の人が必死に宥めている姿があった。
それを横目に、僕ら4人は前へ。
…………。
20メートルほど先に、黒騎士がいる。
漆黒の金属の鎧と大剣が、燃える木々の葉の炎に照らされ、妖しく輝いている。
無数の火の粉が、花吹雪のように舞う。
幻想的な風景。
だからこそ、現実感がなく、悪夢のようだ。
(…………)
僕らは足を止め、正面から黒騎士と対峙する。
奴は無言。
代わりに、
ガシャッ
無骨な岩のような大剣を、両手で正眼に構えた。
兜の奥、隙間の部分から見える眼球は、赤く、人外の魔物のような輝きを灯している。
(人の姿をした化け物……)
そう感じる。
僕らも、自分たちの武器を構えた。
キュッ
僕も『初心の短剣』を前方に構えている。
ドクドク
心臓の音がうるさい。
緊張で喉が渇く。
臨戦態勢となった僕らに対して、黒騎士が兜の奥でニィ……と静かに笑ったような気がした。
そして、
ガシャン
邪竜の黒騎士は大地を蹴り、黒い風となって僕らに襲いかかった。




