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010・春風の宿

 チャラッ


 僕は、首の後ろで紐を結び、冒険者の証の石を胸元に提げる。


(――よし)


 これで僕も、本物の冒険者。


 なら、次は初仕事だ!


 そう意気込んだ僕は、依頼書が貼られている掲示板の方を向く。


 すると、


「シンイチ君?」


(?)


 クレフィーンさんに呼び止められた。


 何だろう?


 振り返ると、


「もしや、今からクエストを受けるつもりですか?」


「え、うん」


 そのつもりですが……?


 キョトンとする僕。


 彼女は、少し困ったように微笑み、子供に言い聞かせるように言う。


「やめましょう」


「え?」


「今はもう夕方、もうすぐ日が暮れます。どのような依頼も、夜に活動するのは危険ですよ」


「……夜?」


 僕は、目を瞬く。


 建物の窓を見る。


 見える町の景色は赤く染まり、その上の空は茜色に変わっていた。


(い、いつの間に……?)


 登録することに集中してて、全然、気づかなかった。


 受付嬢さんも、


「トウヤマ様、初めてのクエストに夜間行動は、ギルドとしてもお勧めできません」


「…………」


 ……ですよね。


(僕もそう思います) 


 ちょっと反省。


 息を吐き、


「ごめんなさい。時間のこと、全然、考えてなかった」


「ですね」


「うん。止めてくれてありがとう、クレフィーンさん」


「いいえ」


 僕のお礼に、彼女は優しく微笑む。


 それから、


「今日の所は宿を探して、明日、挑戦しましょう」


「うん、そうします」


 僕も頷いた。


 ピトッ


 幼女の小さな指が気遣うように、僕の手に触れる。


「む、無理は駄目」


 と、心配そうに言う。


 天使……!


 僕は笑い、「そうだね」と頷く。


 本当にそうだ。


 冒険者になれた興奮で自分を見失ってたけれど、僕は何の知識も力もない新人なのだ。


 考えなしの行動では、必ず無理が出る。


 無理は、絶対に駄目。


(……きっと死ぬ)


 あの骸骨さんを思い出せ。


 慎重に、冷静に、日本人らしくやっていこう、うん。


 僕の表情の変化に、


「…………」


 金髪の女冒険者さんも、どこか満足したように頷いている。


 そのあと、受付嬢さんから、


「これをどうぞ」


 と、1冊の冊子をもらった。


 表紙には『冒険者手引書』とある。


 これは……?


「依頼の受注、報告の方法。禁止事項など、冒険者の基礎知識が書かれています」


「おお……」


「ぜひ、ご一読を」


「うん、ありがとうございます」


 そういうの、大事。


(よし、あとで読もう)


 冊子を受け取り、鞄にしまう。


 受付嬢さんも、にっこりだ。


 そのあと、僕はもう1度、受付嬢さんにお礼を伝え、母娘と共に冒険者ギルドをあとにしたんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 僕らは、大通りを歩く。


 クレタの町には、宿屋が3つもあるらしい。


 情報元は、金髪のお母様。


(どこにしよう?)


 迷っていると、


「では、私が決めてよろしいですか?」


 と、クレフィーンさん。


 やがて、僕らは彼女の案内で、大通り沿いにある1軒の宿屋を訪れた。


 三角屋根の白い宿屋。


 2階建てで、白い煉瓦と木造の合わさった西洋風の建物だった。


 入り口の看板には『春風の宿』とある。


 ヒィン



【春風の宿】


・クレタの町の宿屋。


・アンドレ夫婦が経営している。


・1泊夕食付で、20リド。約2000円。


・客室は、20部屋。冒険者ギルドと提携していて、冒険者割引がある。


・料理が美味しい。




(お、割引あるんだ?)


 あと、料理が美味しいのは、地味に嬉しいね。


 金髪のお母様は、


「前にも泊まったことがあるんです。いい宿ですよ」


 と、微笑んだ。


(そうなんだ?)


 なら、太鼓判だね。


 僕も安心し、


「うん、ここにしよう」


 と、頷く。


 宿に入ると、恰幅の良い女将さんが出迎えた。


「はい、いらっしゃい!」


「こんにちは」


「どうも」


 僕と母娘は、会釈する。


 女将さんは、僕らを見て、


「あら、ご家族で宿泊かしら?」


(え?)


 ご家族……?


 あ、僕とクレフィーンさんが夫婦で、ファナちゃんが娘ってことか。


 金髪のお母様も驚いた顔をする。


 少し困ったように笑い、


「あ、いえ、シンイチ君は旅の途中で知り合った友人です。私の夫ではありませんよ」


「あら、そうなの?」


「はい」


「ふ~ん、お似合いなのにねぇ」


 女将さんは、頬に手を当てる。 


 ……お似合い。


(こんな美人さんと……?)


 えへへ。


 お世辞でも、少し嬉しい。


 クレフィーンさんは、


「こんなおばさんとお似合いでは、シンイチ君が可哀相ですよ」


 と、苦笑する。


(え?)


 僕は、


「むしろ、嬉しいけど?」


「え?」


「え?」


「…………」


「…………」


「そ、そうですか」


「うん」


 僕は頷く。


 クレフィーンさんは、なぜか動揺した様子。


 息を吐き、


「シンイチ君は、優しいのですね……」


 と、呟いた。


(???)


 困惑していると、


 ツン


 幼女が僕の袖を摘まむ。


「ファナも……嬉しい」


 と、言う。


 お母様は目を丸くし、僕は「そうだよね」と笑った。


 そんな僕らの様子に、宿の女将さんは「おやおや」と実に楽しそうな顔をする。 


 クレフィーンさんは、


 コホン


 なぜか、咳払い。


「それより、部屋は空いていますか?」


「1部屋かい?」


「別室です」


「本当に?」


「…………」


「はいはい……。おや、残念、2部屋空いてるね」


 と、女将さんは笑う。


 クレフィーンさんはため息。


 綺麗な長い金髪が、サラリと肩から流れる。


「では、それで」


「うん、僕もお願いします」


「はいよ」


 女将さんは頷いた。


 宿帳に記入し、冒険者の証の『魔刻石』を見せる。


 割引は、3割。


(おお、1泊1400円になった)


 やったぜ。


 母娘は、1週間分、前払い。


 僕は、手持ちが少ないので3日分、42リド、4200円を支払った。


 これで残金、273リド。


 2万7300円か。


(大事に使おう)


 そして僕らは、客室に案内される。


 階段を上る途中、母娘が昔泊まった話をして、「ああ、あの時の」と女将さんが思い出したりしていた。


 部屋に到着。


 廊下で、


「では、またあとで」


「また、ね……シンイチお兄様」


 と、母娘が言う。


 僕も笑顔で、


「うん。今日はありがとうございました」


 と答えた。


 お母様が驚いた顔をして「それは、こちらの台詞ですよ」と苦笑する。


 え、そう?


 娘さんは、偶然助けられたけど。


 でも、それ以上に、僕の方がお世話してもらってる気がするのだが……。


 僕の表情に、彼女はまた苦笑。


「ではまた」


 と、会釈し、娘と自分たちの部屋に入っていった。


 パタン


 扉が閉まる。


 その扉をしばし見つめ、


(……ま、いいか)


 僕も気を取り直し、自分の客室に入ったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



(おお……)


 これが、異世界の宿屋か。


 広さは、6畳ぐらいかな?


 家具は、ベッドが1つ、机と椅子が1組、鍵付きの木箱が1つ。


 壁には、カーテン付きの窓。


 シャッ


 外を見ると、夕暮れの町の大通りが見える。


 足早に歩く人々。


 食事処や酒場のような店はまだ開店中で、店内の灯りが道に漏れていた。


 街灯も光ってる。


(電灯じゃないね?)


 なんか、中で魔法陣が光って見えて、


 ヒィン




【魔光灯の街灯】


・大気中の魔力を吸収し、光る。


・周囲の明るさを感知し、自動点灯する。


・公共の魔道具。




(なるほど)


 意外と発展してるね、異世界文明。


 少し驚き。


 多分、電力ではなく、魔力で発展した魔法科学の世界なのかもしれない。


 …………。


 ふふ……っ。


 つい、笑ってしまう。 


 自分が日本とは全く違う新しい場所にいる事実に、何だかワクワクしてしまう。


 漫画やラノベの世界。


 その中に、今、自分がいるのだ。


 未知の場所。


 未知の体験。


 もちろん不安もあるけれど、それ以上に期待も大きい。


 ポフッ


 僕は、ベッドに仰向けになった。


 うむ、柔らかい。


 不便もあるけど、思ったより快適だし。


 何より、


(――僕には『真眼』もある)


 ザ・チート能力。


 それがあるだけで、全然、余裕がある。


 明日も楽しみだった。


 僕は息を吐き、


(うん)


 今は少しだけ休むため、ゆっくりまぶたを閉じたのだった。

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