望みと言われましても
「……そう言われても分かりません。私にはずっと聖女しかなくて、それ以外の生き方を知らなくて、だから……」
私は言葉を詰まらせてしまう。
「すまない。今まで自由を奪われ続けてきたそなたに、いきなり自由にしろというのは酷なことだったな」
魔王様は言う。
「それならば、まずは……そうだ。何か自分の望みを見つけ、それをかなえてみてはどうだろうか。練習に、今ここで何か一つ望みを言ってみるといい」
「望み……ですか?」
今まで望みを持ったことなんてなかった。そんなもの、持ったってかなわないに決まってるから。ただ命令に従って、言われるまま働き続ける。そんな生活の中で、いつの間にか、私には諦める生き方が染みついてしまったみたいだった。
「くっくっく。どんなものでも良いぞ。仮に大きな望みであっても、魔王たる我がかなえてやるからな」
力強く微笑む魔王様を前にして、私はなんだか不思議な気持ちになった。この人のことを、私は全然知らない。それなのに、この人を信じたいと、そう思ったのだ。
「それなら、私……魔王様のお名前が知りたいです」
それは思わずこぼれた本心だったんだけど——
「貴様、無礼にもほどがあるぞ! 未だ何人たりとも、その御名を呼ぶことを許されていないというのに!」
ザインさんが、怒りのあまりぶるぶる震えてる。
「そ、そうだったんですか!? ごめんな……」
「くっくっく。ギルガメルドロティアトロボロス、それが我の名だ」
え……? あっさり教えてくれちゃったぞ、魔王様?
「その……いいんですか? お名前は隠してたんじゃ?」
「この名はひどく長いうえ、言いづらいであろう? それだと皆が困るため、魔王で統一しているのだ」
あ……名前を呼ばせない理由、安定に優しかった。
「でも、それなら、ギル様、でいいのでは?」
瞬間、場の雰囲気が異様になった。魔王様は俯いてるし、ザインさんはさらに激しく震え始める。いや、激しすぎて、もはやヘドバン状態だよ、これ……。
「い、いいいい、いやしくも魔王様のお名前を略すなど……」
ザインさん、もはや涙目になってるよ!
「うああああ、ご、ごめんなさい!」
私は頭を下げる。これは、特大の地雷を踏みぬいてしまった!
「くっくっく……」
俯いていた魔王様は、
「気に入った。これからはその……ギ、ギル様で頼む」
そう言って顔を上げた。
あれ? なんでまたちょっと赤くなってるんだ? しかも、凄く嬉しそう……。
「素晴らしい呼び方でございますね! ギル様!」
と、途端にザインさんが華麗に手の平を返す。
「すまないが、ザイン。その呼び方はライザ限定にしようと思うのだ」
「な、なぜですか⁉」
ザインさんは物凄く困惑した後、私を恨めしげに見つめてくる。いや、そんな顔されても、私だって理由が分からないんだけど……。
でも、魔王様——改め、ギル様は優しい。それだけは確かに分かることだった。
だけど、と私は思う。だけど、ギル様はどうして私にここまでしてくれるんだろう。
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