動き出した者たち
「待たせたな、ザイン」
ライザ、そしてネビュラと別れた後、魔王はザインの待つ森の中へと降り立った。
「魔王様、ご足労いただきありがとうございます」
魔獣の死体の傍らにしゃがみ込んでいたザインが、すかさず立ち上がる。
ザインは一人で魔獣たちの死体を調べていた。周囲には既に目くらましの魔法がかけられていて、一般の人々が魔獣の死体の山を見つけることを防いでいる。
「今回の一件は、とりあえず魔獣の暴走として片付けます。幸いにも、多くの者が目撃したのは城に突撃した一匹のみ。森の近くにいて、群れを目撃した者については、勝手ながら、記憶の一部を消去致しました」
「迅速な対応、感謝するぞ。して、そなたはこの出来事、どう見ている?」
「この種類の魔獣は、本来この魔王領に生息していないもの。しかもこの数が一斉に統率の取れた行動をするなど、まずありえません。使役獣……それも外部から送り込まれたものと見て、間違いないかと」
「しかし、なぜ侵入に気が付かなかった?」
魔王領結界は、攻撃された、また破られた際には、すぐにそうと分かるよう構築されている。
「結界を破壊せずとも通り抜ける方法……。魔王様はご存知ですか?」
ザインは呟くように言う。
「これは以前にライザが言っていたことです。結界というのは、糸を組んで作る布のようなもの。糸を引きちぎって壊すのではなく、それを引っ張り、できた隙間をかいくぐる。そうすれば、破壊せずとも、通り抜けられる。人間の結界師の中には、そのような技術を持つ者もいるのだとか」
少し前、老朽化と思われた結界をライザが修復したことがあった。しかし実際、あれは老朽化などではなく、無理やり通り抜けた跡だったのだ。
「おそらく相手は結界術の使い手。そして、魔獣を操ることも、並大抵の者がやってのけることではない」
「その上、ネビュラの話では、魔獣ははなからライザのみを標的にしていたらしい」
その言葉に、ザインが目を見開く。
「つまり、一連の動きは全てライザを……」
しかしその時、
「動くな、ザイン」
魔王がザインに向かって殴りかかった——ように見えた。しかし、その手はザインの背後にいた小鳥の首を掴んでいる。
「これは……」
一見ただの小鳥。それが、みるみるうち、魔王の手の中でおぞましい魔獣の姿に変化し始める。
「くっくっく。まったく、偵察とはなめたことをしれくれるではないか」
魔王は鳥の瞳を見つめながら、邪悪な笑みを浮かべたかと思うと、一瞬でその頭を食いちぎり、ごくりと飲み込んだ。
「どうやら、奴らが再び動き始めたらしい」
*
同時刻、魔王領西方に位置するバルガス地方。その丘陵にて。
「うわっ、最悪だ! 魔王に食われた!」
男が叫び声をあげ、ひっくり返る。どうやら男は、先ほど殺された小鳥と視覚を共有していたらしい。
「おええ……。最悪だよ。流石、魔物は残虐なことするなあ」
「これで君の魔獣は全滅か。せっかく結界をいじってあげたのに、随分とあっけないものだね」
背後から現れたもう一人が、男に話しかける。
「まあ、ただの偵察だからさ。だけど、十分面白いものが見られた」
「面白いもの? 魔王の口の中が?」
「違う違う。うちの聖女ちゃんだよ。随分と楽しそうにやってるみたいだ」
「なんだ。あの小娘、まだ生きてたのか」
二人目の男が、ちっと忌々しそうに舌打ちをする。
「そんなこと言うなよ。ま、これで一仕事終了。晴れて祖国に帰れるってわけだ」
そう言って、男は立ち上がる。
「さーて、急ぐとしようか。我らが祖国、エレアールに」
これで第五章が終了です。色々と伏線も回収しながら、ややシリアスな雰囲気に向かっています。が、第六章はギャグ回になりそうです。




