幸福の在りか
その後、我とライザは、落日に照らされながら城への道を歩いた。
「ライザよ、これまでのこと、すまなかったな」
「え……。どうしていきなり謝るんです?」
「気が付けば、我は邪悪の権化と化していた。諸悪の根源。邪知暴虐たる王。絶望の象徴。人々に恐怖と苦痛をまき散ら……」
「いや、魔王ってそもそもそういうもんだけどな! 普通は!」
ライザは物凄い勢いで突っ込んでくる。
しかし——
「そなたは以前、我がそなたを救ったと言ってくれた。だが、結局は我も、そなたの祖国エレアールと何も変わらぬ。そなたをさらったのも、塔に閉じ込めたのも、そして今日連れ出したのも、全てはそなたに無理強いしたこと。我もまた、自分の欲望を満たすため、そなたを道具として利用してしまっていたのだ。そなたの幸福などまるで顧みずにな」
我はライザの顔を見られなかった。
「……私は頭が悪いので、難しいことはよく分かりません」
ライザはゆっくりと口を開く。
「でも、私、今日すっごく楽しかったです。パンケーキも飲み物も美味しかったし、猫もかわいかった。だけど一番は、ギル様と一緒だったからです」
「……我は今日、そなたを楽しませることができていたのか?」
「気付いてないんですか? 魔王がパンケーキ食べてる時点で既に面白いってことに」
「そ、そうなのか!? 魔王がパンケーキを食べると、そなたは面白いのか!? ならば、今日から我は、毎日パンケーキ生活を……」
「それはちょっと違う気がします!」
「では、いったいどうすれば良いのだろう。そなたのために、我は何ができるのだろう」
我が見つめると、ライザは大きな瞳をさらに大きく見開いた後、ふっと細めた。
「もうしてくれてますよ。十分すぎるほど。私なんかのこと、本気で考えてくれた。悲しんで泣いてくれた。不自由がないか気にかけてくれた。優しい言葉をかけてくれた。血を流して戦ってくれた。そして今も、一生懸命悩んでくれている。
私のこと、利用するためだけの道具だなんて思ってるなら、ここまでしてくれるわけないじゃありませんか。だから私は、ギル様のそういう全てが真新しくて、凄く不思議で、こんなにしてもらっていいのか不安で……だけど、とっても幸せなんです」
そう言って、ライザは笑った。あの日、ライザと初めて出会った森で、彼女が見せたのと同じ——心臓を握りつぶされるような微笑みだった。
「これはお礼……になるかは分からないんですけど、受け取ってください」
ライザは紙の切れ端を渡してきた。
『初恋 初恋 初恋 ときめき ときめき ときめき 甘々 甘々 甘々 大好きなあなた 大好きなあなた 大好きなあなた……』
くっ……。我は目を疑った。ライザ——は相変わらずにこにこしている。この子はいったいどういう気持ちでこの文言を書き記したのだ?
しかし——
『パンケーキ パンケーキ パンケーキ 大盛り 大盛り 大盛り 追加 追加 追加……』
「せっかく文字を教えていただいたので、ギル様がお店でお会計されてる間に書いてみたんです。私、文字を書いたの、これが初めてなので、下手かもしれませんけど……。でも、一番に先生に見てもらいたくて」
と、ライザ。
そういえば、あのパンケーキ店のメニュー名は、恋だの愛だのいったテンションであったな。なぜあのメニュー表で文字の勉強しようなどと思ったのだろう……。
「くっくっく。読み方を教えただけで、綴りまでできるようになるとはな。ライザよ、そなたは天才やもしれぬぞ」
だが、嬉しい贈り物であることには変わらない。
「これはありがたくもらうとしよう。今日の記念にな」
*
ライザを搭まで送り、私室へと戻る途中の我に、
「魔王様! 戦いの方はいかがだったのですか!」
と、配下たちが駆け寄ってくる。
「くっくっく。我の惨敗であったよ」
「そんな! 魔王様が敗れたですと!?」
「いったい何が……」
「魔王様を上回る強敵……。いったい何者……?」
「しかし、実に幸福な一日であった」
腰を抜かした彼らを後に残し、我は立ち去った。
お二人さんはどんな関係なんですか? 子供の問いを、我は脳内に反芻していた。かなうのなら、我ら二人、互いを幸福にしあえる関係でありたいものだ。
これで第二章が終わりました。お付き合いいただきありがとうございました。




