現れし獣
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
パンケーキを食べ終え、我々は店を出た。さて、魔王城に帰るか。そう思った矢先、ライザの姿が消えた。どこだ? どこにいる?
・見つけられなくてきょろきょろしてるので冷めた。
いや、それはきょろきょろするだろう! だって、物凄く心配ではないか!
「すみません、ここにいました」
ライザは街路樹を見上げていた。
「この子、降りられなくなっちゃったみたいで」
指さす先には、もふもふした生き物の姿がある。壁にぶつかって潰れたような顔。丸々とした身体。短い手足。くっくっく。なんとかわいいにゃんちゃんなのだ。
「くっくっく。我に任せておけ。さあ、こっちに来るのだ、にゃんちゃん」
・猫をにゃんちゃんと呼んでドン引き。寒気がします。
「しゃあああ!」
そして、にゃんちゃんはにゃんちゃんで、毛を逆立て、鬼のような形相で威嚇してくる。
「くっくっく。安心するが良い。怖くないぞ」
我はその身体を抱いて、木から降ろしてやった。しかし、にゃんちゃんは、我の顔面に本気で飛び蹴りを決めると、その後も次々にパンチを浴びせかけてきた。
・動物に嫌われすぎて、なんか嫌だった。
「なぜなのだ? 怖くないと言っているというのに……」
「はっ! 魔王が言う『怖くないぞ』が、逆にめちゃくちゃ怖いっていう可能性は!?」
と、ライザ。
結局、にゃんちゃんはライザの方に逃げて行った。ライザが顎の下をかいてやると、気持ち良さそうにごろごろ喉を鳴らす。
かわいい女の子が、かわいい動物と戯れている。ああ、なんと心が浄化される光景であろう。足元がふわふわして、まるで天にも昇る心地……。
「もしもーし? ギル様―?」
ライザに名を呼ばれ、我ははっと我に返った。
「すみません。なんだか、心ここにあらずって感じだったので。もしかして、体調お悪いんですか?」
・話に相槌を打たない。私の話聞いてるのって感じ。失礼すぎ。
「す、すまない。大丈夫だ。して、何の話だっただろうか」
「この子、飼い猫みたいなんです。ほら、ここに首輪が。もしかしたら迷子なのかもしれません」
なるほど。飼い主は困っていることであろう。
「くっくっく。それも我に任せるが良い。こやつのにおいをたどれば、飼い主の元へとたどり着くことなど造作もないわ」
「そんなことできるんですか?」
「我の嗅覚はなかなかに優れているのだ」
我はにおいをたどって町を歩き回る。これはいいところを見せられているのでは?
・鼻息が荒くて気持ち悪かった。生理的に無理。これやられたら一瞬で冷める自信ある。
くっ……。しかし、にゃんちゃんと、その飼い主のため。ライザに気持ち悪がられたとして、ここは致し方ない。
その時、
「ああっ! 漆黒の翼ダークネスフェザリオン! ずっと探してたんだよ!」
と、駆け寄ってくる子供の姿があった。
なるほど、このにゃんちゃんの名は漆黒の翼ダークネスフェザリオンというのか。白い体毛であり、また猫だから翼はないと思うが、良い名であるな。
「漆黒の翼ダークネスフェザリオンを見つけてくれてありがとう、お姉ちゃん!」
ライザから漆黒の翼ダークネスフェザリオンを受け取ると、子供は頭を下げた。
「いいえ。お礼なら、私じゃなくて、こっちの……」
「おやおやー? このお兄ちゃん、もしかしてお姉ちゃんのあれなんですかー?」
瞬間、子供の目つきが変わる。
「あれって何ですか?」
と、ライザが首をかしげる。
「やだなあ、またまたとぼけちゃって。じゃあ、お二人さんはどんな関係なんですか?」
子供よ、なぜそれほどまでに楽しそうなのだ? そして、先ほどとキャラが変わってはいないか?
「ああ、私はこの人にさらわれた捕虜で……って、あれ? そういえば、もう捕虜じゃないんでしたっけ? ええと、じゃあ、監禁されてる関係? いや、それも……」
「え……」
そしてライザよ、そなたも何を言っているのだ! この子供、ドン引いておるではないか!
「くっくっく。安心せよ、子供。我らの間にやましいことは何もない」
「そうだよね。さらうとか監禁とか、そんな完全アウトなこと、お兄ちゃん、するわけないよね!」
「もちろんだ。さらったり、監禁したりなど……」
やっていた……! それどころか、「くっくっく。聖女よ、もはやそなたを祖国には帰さぬ」とまで言っていた……!
そうか。ライザにとって、我は既に完全アウトだったのだ。




