試練と葛藤
「しかし、ライザ、本当に同じもので良かったのか? 我に気を遣わず、そなたの食べたいものを選んで良いのだぞ?」
ライザは少し考え込んだ後、
「その……隠してたわけじゃないんですけど、実は私、文字読めないんですよ。だから、メニューを見ても、何があるのか分からなくて」
と、切り出した。
「子供時代からずっと働きづめだったせいで、勉強する時間もなかったっていうか。まあ、ありふれた話ですけどね」
ライザは明るく語るが、むしろそれが胸を締め付けてやまない。ひたすら働かされる幼いライザ。その姿を想像すると、目頭が熱くなってきて——
・すぐ泣く男無理。
そうか。これも許されざることであったな……。だが、やはり耐えられそうにない。我はまたもハンカチを濡らすことになった。
「くっくっく。どうであろう。待っている間に、このメニュー表を使って文字を勉強するというのは。我で良いのであれば、多少教えることができると思うが」
一通り涙を拭き終えた後、我は提案する。
「えっ、いいんですか?」
そして、勉強会が始まった。時間はあっという間にたち、気が付けば、注文した品が運ばれてくる。
三段に積まれたパンケーキの上に、こぼれんばかりのクリーム、山盛りのベリー、仕上げに白うさぎちゃんの砂糖菓子が飾られている。ミルクティーの入ったカップは、淡いピンク色の素地に、薔薇の花が描かれている。くっくっく。実にいい。お姫様気分が増していく。
「くっくっく。では、いただくとするか」
「はい! いただきます!」
味の方も、流石専門店である。空気を含んだ繊細な生地が、口に入れた瞬間、しゅわりととろけていく。そして、何より甘い。贅沢な甘さが口いっぱいに広がりおる。
「やべえ……。これはもう甘味という名の暴力だよ……。糖分スパーク、気持ちぇえええええ……!」
くっくっく。どうやらライザも気に入ったらしい。相変わらずいい食べっぷりである——いや、待て。ライザ、先ほどから自分の髪の毛まで食してはいないか? それも、かなりがっつりと。
「ライザよ、髪の毛を食べているぞ」
しかし、ライザは一心不乱にナイフとフォークを動かし続ける。なぜだ? なぜ気が付かない? 我は訝しんだが、その顔を見て理解する。ああ、目が完全にきまってしまっている……。一気に糖分を取りすぎて、トランス状態に陥っているのだ。
もはや我の声は届かない。これは直接毛束を抜き取るしかなかろう。そうでなければ、ライザは髪の毛を食いちぎってしまう。そう思い、そっと手を伸ばしたのだが——
「ん?」
突如としてライザが現世に戻って、我のことを見つめてくる。
「い、いや……髪の毛を食べていたから、口から出そうと……」
・髪の毛触るのはアウト。セットするのにどれだけ時間かかってると思ってんだ。殴るぞ。
「え? えあ? おお!」
しかし、毛束に気付いたライザは、我に向かってずいと顔を寄せてくる。これはまさか、我に取れということなのか?
落ち着け。なぜこれほどまでに焦る必要がある? 何も悪いことなどしてはおらぬではないか。慎重に指先で——
・爪が長くて尖ってるのが無理。清潔感なくて、正直触られたくない。
そう言われても、我、魔族だし……。元々こういう仕様だし……。
しかし、間近で見ると、ライザは改めてかわいい姿をしている。緩やかなウェーブを描いた金色の髪。濃いまつ毛で縁取られた、晴れ渡った空のように青い瞳。つん、と上を向いた鼻梁。そして何より、髪の毛からちらりと覗く、貝殻の赤ちゃんのような、まるっとした小さな耳。
だめだ。手が動かない——
「あっ、頭傾けたら、髪の毛、出ていきました」
「くっくっく。良かったね」
魔族はみんな耳が尖ってるので、人間のまるい耳はかなり特徴的に見える、という設定です。




