仕掛けられた罠
そして、決戦の日がやってきた。
「魔王様! いつにもまして強大なこの覇気はいったい!?」
「本日お出かけになることと何か関係が!?」
「まさか、お一人で戦いへと赴かれるのですか!?」
ライザの部屋へと向かう我に、道行く配下たちの間にざわめきが広がる。
「くっくっく。そうだな。今日は厳しい戦いになるぞ」
配下たちはごくりとつばを飲み込んだ後、
「ご武運を!」
と、一斉に跪いた。
「くっくっく。応援ありがとう」
配下たちの応援に背中を押され、我はライザの部屋の扉を開いた。
「さあ、ライザよ、出発しようではないか!」
そして、我らは町へ繰り出した。
「どうやらここらしいが……」
たどり着いたパンケーキ屋さん。しかし、店の前には長蛇の列ができている。これではかなり並ばねばならない。
・きちんとプランを立てられない人は論外かなあって。列に並ばされたのは残念でした。
その時、書物の内容が脳内に蘇った。しまった! 我は既に試練の只中にいたのだ!
「すまない。ここまで混んでいるとは思い至らなかった」
頭を下げる我に、
「謝らないでくださいよ。急いでないですし、のんびり待ちましょう」
と、ライザはあっけらかんとして言った。
かくして、我ら二人は列の最後尾につき、待つこと数刻。ようやく店内に入ることができた。
くっくっく。なかなかに凝った内装だ。真っ白なテーブル、レースのカーテン、ベルベットのソファ、飾られたお花——完全におとぎの国のお城である。これではまるで、我までおとぎの国のお姫様になったような心地がするではないか!
興奮冷めやらぬまま、我はメニューを開く。
「くっくっく。どれも美味しそうで迷ってしまうな。ちなみに我は期間限定という言葉に弱くてな……」
「ギル様、さっきからすっごく嬉しそうですね。来られて良かったです」
と、ライザ。
・はしゃぎすぎてて引きました。もう少し大人なふるまいをしてほしいです。
くっ……。そんなに顔に出ていただろうか。ここは自制せねば。
「くっくっく。我は決めたぞ。ライザ、そなたはどうだ?」
「ええと、はい、私ももう大丈夫ですね」
「では、店員を呼ぶとしよう」
さて、ここで軍に指令を出すようないつもの声を出しては、店内のメルヘンな雰囲気を壊してしまう恐れがある。ここは声量を控えめにし、周囲の客への配慮を示すべきであろう。
「頼む」
「すまない」
「あの……お願いできないだろうか」
だが、我の声がけはことごとく撃沈した。
・注文の時、店員に気付いてもらえないのが惨めすぎて冷めた。
くっ……。罠か……!
その時、
「すみません、お願いできますか?」
と、ライザが挙手した。
途端、
「かしこまりました。ただいま参りまーす」
と、店員がやってくる。
何だと……!? この子、我より断然スマートではないか……!?
「ご注文お伺いいたします」
「ギル様、お先にどうぞ」
ライザはまたスマートなことを言う。
「う、うむ。では、白うさぎちゃんの真っ赤なベリー&真っ白ホイップのきゅるるん☆初恋パンケーキ~ときめき甘酸っぱソースを添えて~と、甘々溺愛仕立てのとろ~り♡濃厚ミルクティーを頼む」
その瞬間、我の周りの時が停止した。
先ほどまで賑わっていた店内は、いつの間にか、しん、と水を打ったように静まり返っている。いったい何が起こったというのだ? そして、人々よ、なぜそのような目で我を見ている? 何も間違ったことは言っておらぬはずだ。メニュー表に記載されている通り、我は正確に読み上げたのだぞ?
「……あっ、ああ、ベリーパンケーキと、ミルクティーですねー。かしこまりましたー」
と、店員。
……なるほど、それでも通じるのか。いや、待て。この状況は——
・長いメニュー名全部読み上げてるのが、なんか無理って思いました。
くっ……。ここにも罠が……。いや、しかし、ライザも全部読み上げタイプかもしれぬではないか! 望みを捨てるにはまだ早いぞ!
「おっ、それ美味しそうですね。私も同じのでお願いします」
なんという……なんというスマートであろう。ライザ、恐ろしい子……。
「かしこまりましたー。少々お待ちくださいませー」
そして、店員は去っていった。




