新たなる力の概念
くっくっく。計画通り——というのは噓なのだが、様々な要因が重なった結果、上手い具合にことが進んでいる。なんと、ライザに約束を取り付けてしまったぞ……!
「おい、今日の魔王様、なんだかひどくご機嫌が良くないか?」
「憎っくきエレアールに勝利したのだ。当然だろう」
「魔王様の喜びは我らの喜びだ……!」
配下たちが噂するように、その日の午後、我はうきうきで会議に出て、軍の視察をして、負傷者の慰問をした。そう。我は喜びの最中にあるはずだった。それなのに、時間がたつほどに激しくなる、この震えはいったい何なのだ? まさか、恐怖……? 今までにいくつもの死線を越えてきた我が、恐怖に震えているだと?
何を恐れている、魔王ギルガメルドロティアトロボロスよ。外出くらい、今までとてしてきたではないか。だが、事前に約束をして出かけるなど、まるでデー……いや、違う。意識しているとかではない。決して。
この恐怖に打ち勝つための策。それを考えた結果、我は魔王城図書館へと向かった。
「禁書の棚に立ち入ろうと思う」
我の言葉に、
「し、しかし、禁書はあまりにも危険! 読んだ者は精神を破壊され、二度と元には戻れないと言われております!」
と、司書は勢い良く立ち上がった。
「くっくっく。我を誰と心得るのだ。いやしくも魔王であるぞ? 禁書など恐れるに足らぬわ!」
だが、ここは魔王力全開でいかせてもらおう。全てはライザとのパンケーキ会のためだ。
「……さすが魔王様。かしこまりました。魔王様のお心のままに」
そして、我は禁書の書棚の前に立った。
「さあ、来るが良い! 封ぜられし禁書よ!」
我の呼びかけに応じ、一冊の本が書棚から飛び出した。くっくっく。これだ。
『女子の本音、大公開! 男子のNG行動ぶった切り!』
あまりの辛辣さに、読んだ男たちを次々再起不能にしたという、人間界の恐るべき禁書。我が魔王城に渡った後も、誰も手を付けられぬまま保管されているという。
だが、知識は最大の武器たりうる。傷つくことが分かっていたとして、今こそ封印を解き、真実を知らねばならぬ。我は震える手で禁書のページをめくった。
それから数刻たち、日がすっかり西の空に傾く頃。我はようやく図書館を出た。
「魔王様! 禁書の書棚に行かれたとは真ですか!?」
「まさか、封印を解かれたのですか!?」
「いったいどのようなおぞましい内容が書かれていたのです!?」
すかさず配下たちが駆け寄ってくる。
「くっくっく。己に欠如していた新たなる力の概念を知ったぞ」
「なっ……!?」
「魔王様に欠如していた力、ですと……!?」
「それはいったい……?」
「それは言えぬ。そなたらにいらぬ心労をかけたくはない」
ああ、知らなかった。まさかこの世界において、魔力、武力、知力の他に、モテ力という概念が存在していたとは。そして、これほどまで己にそれが欠如していたとは。
禁書の指示に従い、モテ戦闘力診断、というものを手始めに我は行った。診断結果には、戦闘力……たったの5か……ゴミめ……、という文字。我は己の弱さに愕然とした。
その後もこの書物は、いかに己が不甲斐ない生き物であるか、己の認識が誤りであるか、己の振舞いが痛々しいものであるか、事細かになじってきた。己の半生を、己の存在を、とことんまで否定される。読み終える頃には、我は燃え尽きていた。真っ白な灰に。
いやはや、まっこと禁書とされるにふさわしき凶悪さであった。しかし、我はこの書物を読み切ったのだ。今の我に、もはや死角はない。この戦い、我は必ず勝利するぞ。




