交わされし約束
「くっくっく。元気にしていたか、ライザ」
迷宮の出口にたどり着けぬうち、我は今日も今日とてライザの元を訪ねた。
「こんにちは、ギル様」
ベッドに腰掛けていたライザは、こちらに気付くと、にこっと笑って立ち上がった。
ライザはまだ塔の一室から出ずに暮らしている。捕虜という立場から解放されたとして、魔王領を一人で動き回ることは未だ危険なままだからだ。そのため、ライザを退屈させぬよう、また不便があれば解消できるよう、我は毎日塔へと通っていた。
捕虜、それに準ずる者を接待するのは、魔王として当然のこと。よって、ライザの顔を見たいからとか、そういうのではない。決して。
さて、ライザだが、ここ最近はずっと、エレアール戦の処理について尋ねてくる。魔王軍兵士のこと、捕虜にされていたギークスの森の魔物のこと、ライザはかなり気にしているようだった。
我が軍は負傷者こそ出たものの、ライザの活躍もあり、被害は小さかった。捕虜にされていた者たちも、まだ弱っているが、順調に回復している。しかし、彼らの故郷は既にエレアールに占拠された。帰る場所をなくした彼らのことは、今後、我が魔王軍で面倒を見ていくことになるだろう。
今日も話題は戦後処理のことでもちきりで、結局、最後までパンケーキの件は切り出せずじまいだった。だが、これで良いのだ。ライザとパンケーキを食べたいなど、所詮は許されざる望みだったのだ。
「では、そろそろ帰るとしよう。さらばだ、ライザ」
我が部屋を出ようとしたところ、
「あれ?何か落ちましたよ」
と、背後でライザがかがみこむ。
「これ、何ですか?」
ライザが持っていたものは、紛れもなく、我を散々に悩ませたあのチラシだった。
「……くっくっく。城下町に新しくパンケーキ屋さんができたのだ。なかなかに美味しそうであるぞ」
「へえー、ギル様、行かれるんですか?」
我は思った。この流れは、我に与えられし幸運なのではないか、と。ここは自然を装い、一緒に行こうと誘うのだ……!
「くっくっく。そう思っていたのだがな。どうやら、一名では入れぬらしいのだ。だが、ザイン含め、配下たちは皆忙しいようでな。今回は諦めるしかない……」
この臆病者が! 貴様、それでも一軍を率いる立場にある者なのか!?
だが、その時——
「ちっちっち。諦めるのはまだ早いですぜ、ギルの旦那!」
ライザに謎のスイッチが入った。
「この世で一番暇な人間が、ここにいるじゃあございませんか! 絶賛! 無職! ライザちゃん!」
……なぜだ? なぜライザはこれほどまでにテンションが高いのだ? ライザよ、いったいどこまで読んでいる? まさか、我がそなたを誘いたがっていることまで見通したうえで、誘いやすいよう、テンションを上げてくれているのか?
「ライザ、まさかそなた、我に同行してくれると言うのか?」
「はい。というか、逆に私なんかでいいんですか?」
「もちろんだ。感謝するぞ」
決定だ。我はマントを翻し、右手を突き出す。
「くっくっく。ライザよ、共に行こうではないか。パンケーキ屋さんに!」
我の台詞に、
「わああ、動きに台詞がこんなに似合わないことってあるんですね!」
と、ライザは感動したように言った。
「では、明日迎えに来る」
そして、我は部屋を後にした。
ブックマーク、評価、感想など、ありがとうございます。二章は、とにかく大げさなタイトルをつけるのが、楽しい反面大変です。




