戦いの幕開け
始まりは一枚のチラシだった。魔王軍軍報に挟まれたそのチラシを、我は見逃さなかった。
『この春ニューオープン! 魔王城城下町に、パンケーキ店ができました!』
くっくっく。パンケーキ屋さんとはな。これは行くしかないではないか……!
さて、さらなる情報は——
『店内は混雑が予想されます。当面の間、二名様からのご利用をお願い致します』
くっ……。一人で行くことができないとなると、これは諦める他ないか……。
いや、しかし待て。我は思い直す。いやしくも、我は魔王であるぞ? パンケーキを食べたいという欲望すらかなえられずして、何が魔王であろうか。我は絶対に行くぞ。絶対にパンケーキを食べに行くのだ!
チラシの情報によれば、利用は二名から。つまり、同伴者がいれば良いわけだ。ここはひとつ、ザインに頼むとするか。我はザインの顔を頭に思い浮かべたが、そういえばザインは戦後処理で忙しそうであった。今連れ出すのは控えるべきだろう。
さて、他には……。我は一通り配下の面々のことを考えたが、運の悪いことに、手が空いている者は見つからなかった。
しかし、そもそも、配下から同伴者を探そうとするのが間違いなのかもしれぬ。だとすれば、世の人々はいったい誰とパンケーキを食べに行くものなのだ? 教えるのだ、チラシよ!
『家族、友達、はたまた気になるあの子と、ぜひご一緒にご来店ください——』
気になるあの子……だと? その瞬間、我の頭の中には、とある人物の顔が浮かんでいた。いや……。いやいやいや……。チラシよ、まさか、誘えと言うのか? 我に、ライザを?
ライザ。敵国エレアールから我がさらった人間の少女である。数日前のエレアール戦において、晴れて祖国の聖女職を引退し、現在は我が魔王城でのんびり暮らしている。
誘いたい。正直、物凄く誘いたいぞ……!
しかしその時、
『ストップ! 職場のハラスメント! ~あなたが気付いていないだけで、それもハラスメントです~』
という軍報の特集が目に飛び込んできた。
相手が断れない立場であることを利用し、自分の要求を無理にのませる。そのような行為を、本人はハラスメントと認識せずに行っている。今一度自分の行動を顧みよ。そういった内容であった。
特集を読み終え、我は震えた。これすなわち、今の我である……! 捕虜という弱い立場のライザを、己の行きたいパンケーキ屋さんに誘う。我の行為は完全なる捕虜ハラスメント、いわゆるホリョハラに該当しているではないか……!
なんということだ……。軍のトップたる魔王がハラスメント認定されるなど、決してあってはならない!
いや、落ち着くのだ。つまり、捕虜として誘うことが問題なのであろう? ならば、プライベートで誘えば良いではないか。
つまり、文言はこうだ。
「くっくっく。ライザ、パンケーキ屋さんに行こう。プライベートで」
誰もいない執務室に響いたその台詞——なぜだろう、物凄く気持ち悪い気がする。プライベートという言葉のせいか? プライベートが気持ち悪いのか?
しかし、プライベートと明言せねば、ホリョハラになってしまう可能性がある。いや、待て。そもそも我は、ライザを解放したはず。よって、ライザは捕虜ではない。ということは、ホリョハラは成立しない? しかし、だとすれば、今のライザは何なのだ? 賓客なのか? それも含めての戦後処理なのか? うむ? これ、何の話だ? というか我、そもそも何を考えていたのだ?
考えれば考えるほど、思考は果て無き迷宮へと迷い込んでいった。
第二章・パンケーキ編に突入しました。第一章よりさらにコメディ色強めになっております。お付き合いいただけると幸いです……! ブックマーク、評価、感想などなど、いつもありがとうございます。




