こんなの、生まれて初めてなんです
少し長くなっています。
「ギル様!」
「魔王様!」
私たちは、空からギル様のいる最前線に降り立った。
「ザイン、なぜライザを連れてきた……!?」
そう言っている間にも、ギル様は、天から降り注ぐ何百という矢を、風を起こして退ける。この人、本当は私なんかいなくても大丈夫なんじゃないだろうか? だって、こんなに強くて、平気みたいに動いてて……。
だけど、マントがめくれ上がった瞬間、私は戦慄した。身体の中心には、巨大な風穴が空いていた。そして、こうしている間にも、傷口が物凄い速さで広がって、その身体をむしばんでいる。
「もう……もうやめてください! 魔法を使わないでください!」
と、私は叫ぶ。
「だが……」
「ここは私に任せてお下がりください。ライザ、魔王様を頼む」
ザインさんは、自分の翼から羽を一本引きちぎる。みるみるうちに巨大になった羽は、私とギル様を乗せ、勢い良くその場を飛び立った。
そして私たちは、戦線を離れ、結界の内側に降り立った。途端、ギル様は口から血を吹き出して、地に四つ足をついて倒れ込む。
「今、魔封じを解呪します……!」
私は両手を組み、聖女の力を使おうとする。今までと同じ。辛い記憶を反芻する。それなのに——
「どうして魔法を使わせてくれないんですか……女神様……」
きっと、私が幸福を知ってしまったからだ。女神様はもう私を助けてくれない。
「くっくっく……。そのような顔をするな」
口から血滴らせながら、それでもギル様は笑った。
「安心しろ。そなたの望みをかなえると言ったではないか。決してエレアール軍などに奪わせはせぬ」
その優しさに、胸が張り裂ける。息ができない。喉の奥が渇いて、つん、という痛みが鼻腔を走る。まさか、泣くんだろうか、私。聖女になってから今まで、一回も泣いたことなんてなかったのに……?
あの時の方が、よっぽど私は人生に絶望してたはずだ。何の望みもない、底深い暗闇。それがずっと続いていくんだと、そう諦めてた。
でも、私はこの人に出会ってしまった。あの日、落ちるはずだった奈落の底から、この人に救い出されてしまった。
せっかく見つけた希望を、光を、失ってしまう。それに比べたら、エレアールでの仕打ちなんて、ちっとも辛くない。ギル様のいない世界。私にはそれが、耐えようもなく恐ろしい。
一滴、涙の雫がギル様の額に落ちた。その瞬間、今までにないくらい身体中に魔力が溢れる感覚があった。
「ライザ……なぜ、その力を……?」
驚いたギル様が、目を見張る。その身体は、まるで何事もなかったみたいに癒えていた。
「わ……分かりません。ただ、ギル様がいなくなってしまうかと思ったら、怖くて怖くてたまらなくって……。こんなの、生まれて初めてなんです。こんなに本気で怖いと思ったことも、誰かを救いたいと祈ったことも……」
ああ、そうか。真の苦しみは、ずっと続く絶望の中じゃなくて、むしろそこで見つけた光の中にこそあるものなんだ。
「ギル様に出会って、私、今までに感じたことのない、色んな気持ちを知れたんです。だから、これからもずっと一緒にいて……いなくなったりしないでください」
なんでだろう。嬉しいのに、まだ涙がこぼれてくる。
「我のために……悲しんでくれたのだな」
ギル様は目を細める。
「くっくっく。またそなたに助けられた。感謝するぞ、ライザ」
ああ、やっといつもの「くっくっく」が聞けた……!
「さて、エレアールの聖騎士共に報復といくか」
そう言って、ギル様は立ち上がる。だけど——
「いいえ、私にやらせてください。エレアール軍は、私が撤退させます」
私は涙を拭く。
「しかし……」
「私はエレアールに、自分の過去に、この手で決着をつけたいんです。だけど何より——」
さっきから、拳がわなないてる。魔力が身体の中で、ぐるん、と反転。そして増幅していく。この怒りは、もう抑えられそうにない。
「今の私、はっきり言って、かなーりぶちぎれてるんですよ。いやー、知らなかったなー。大切な人を傷つけられた時、こんなに相手をぐちゃぐちゃにしてやりたいと思うものだなんて」
私は両の拳を思い切り打ち合わせた。
「……あのくそ聖騎士共、この手でぶっ飛ばしたるわ!」
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