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1 シチュー

少年モルスはその日から奴隷になった。


仕方なかったのだ。彼の両親は貧農で、しかも子供はもう一人いたのだから。

モルスの妹、コリン。二人の内、一人が売られるなら自分だろうなとモルスは予想していたしそれで良いと思っている。親に似ず、コリンはとてもやさしくて純粋で、兄であるモルスから見てもかわいい子だ。そんなコリンが売られるくらいなら自分が売られた方が良いに決まってる。


だからある貴族がモルスを奴隷として買って、迎えの馬車が家に来た時もモルスは抵抗もせず泣きもせず馬車に乗ったのだ。しかし完全に冷静だったわけじゃない。やはりコリンのことが心配だったし、もう二度と会えなくなるのだろうと考えると暗い気持ちになった。


******


長い長い旅路の先に見えてきたのは大きな城。城の周りに広がる建物も豪華で巨大な物ばかり。


(ずいぶん遠いところまで来ちゃったなぁ…。ここが帝国の中心かな?)


建物ばかりでなく人の数もモルスの住む田舎とは比べ物にならない。市場は人で満たされている。活気が溢れている。元気な人々を見ながらモルスはより暗い気持ちになった。


道も人でごった返していて馬車がなかなか進まない。この馬車には運転手と自分しかいないからモルスは誰からも話しかけられず無口だったので馬車の中はこの長旅のなかで常に静粛を保っていた。だから、ここでは外からの声が聞き取れた。


「ついに魔女が処刑されたって話聞いたか?」

「ここではその話で持ち切りよ。さすが帝国軍ね」

「帝国軍のなかでも、あの将軍の手柄だそうだ」

「蛮族討伐といい今回の魔女捕縛といいすごい…」


(魔女?将軍?)


モルスの住んでいた地区ではそんな話は全くなかった。


(田舎過ぎてうわさすらも届かないんだろうな…)


別の二人組も


「魔女の処刑見た?」

「そんなもん見たくないって」

「凄かったぞ。泣き声一つ上げずじっと一点を見ていた。呪いをかけているような…」

「ちょっと、変なこと言わないでよ」


たしかに帝国では魔女のことで持ち切りなのだろう。あちこちから「魔女」とか「処刑」とかという言葉が聞こえてくる。


(こんな話題になるって、その魔女はどんなことをしたんだろう…?)


「あの魔女は首を絞めるくらいじゃ死なんだろう」

「絶対蘇るわ…。魔法を使って」

「燃やしても首を切っても絞めても潰しても生き返る…そんな気がする」

「でも…帝国軍がきっと、何度でも捕まえて殺してくれるはずよ…将軍様もいらっしゃるし」


魔女はその名のとおり魔法を使うようだ。おそらくデマだろうが市民をここまで恐れさせているのだから、やはりとてつもない事件を起こしたのだろう。


(魔女…関わりたくないな…。あと、帝国軍とその将軍への信頼が、すごい…)


しばらく馬車に揺られて、そして魔女のうわさを聞き続けて目的地に着いた。

そこは、遠くからでも見えた、あの城。左右に広がった塀の端が見えない。それだけ広いということだ。重厚な門が開く。モルスはこうして帝国の中心部へと入っていった。

門をくぐってからもしばらく馬車に乗って移動する。城壁の中も徒歩での移動が辛い程、広大である。

流石に人の数も減りだいぶ静かになった。そもそも市民の多くはここに入れず、会談帰りの貴族か見回りの兵士を数人見かける程度だ。


モルスの馬車は城の中でもさらに奥まったところまで行って停車した。

扉が開く。長時間座っていたことによる全身の痛みに耐えながらなんとか立ち上がり馬車を降りるモルス。運転手と並んでモルスをじっと見つめる長身の男。


モルスは直感した。


(僕はこれからこの人の奴隷になるんだ)


すらりとした長身の体型。きちんと整えられた髪に浅い顔立ち。服は一見豪華ではないがおそらくすべて一流なのだろう。彼の特徴すべてがモルスの中での一つの貴族像に直結していた。


「やぁ。よく来たね」


モルスは戸惑った。というのも、こちらは奴隷であるからもっと扱いが雑だと心構えていたのだ。思っていたよりはるかに物腰柔らかそうだ。だが、やはり身分の差は著しい。何か下手な行為をしたらすぐに首が飛びかねない。だからモルスは固まってしまった。


「緊張しているのかな。うーん、どうしたもんだろう。あ、そうかそうか。まずは名前からかな。私の名前はクレー。クレー=メインザーク。爵位は…ってそんなのはどうでもいいか。君の名前は?」


「モ、モルスです…」


ここでどもってしまったらすぐに殺される気がした。おっとりしているが圧迫感がある。

クレーは体をかがめて僕と目線の高さを等しくした。


「モルス君か。いい名前だね。まあこんなところで喋っててもなんだから、ね。ついてきなさい」


そう言ってクレーはすぐそばにあった石造りの建物の中へと入っていった。


(やっぱり、この人は優しいかもしれない…)


それでも少し怖くてクレーの後ろ、10歩分くらいの間隔を開けてモルスは後を追う。

モルスの入った建物も他と同様に広大だ。ただ地味だし誰かの屋敷という感じもしない。

窓がないのだ。採光のための穴もないから、点々とあるランプが無ければ真っ暗だ。ランプがあってもだいぶ暗い。どこからか変な声が聞こえてきてもおかしくない。


(牢屋とかありそうだな…特に、地下に…)


「階段を下りるよ。気を付けて」


(え、地下行くの…?)


このまま奴隷として牢屋に囚われるのだろうかと考えるモルス。でも、仕方がない。とにかく先のことは考えない。階段を一段ずつ下る。


階段の先は…


(…明るい)


暗い牢屋が並んでるものだと思い込んでいたが、現れたのは小部屋。壁とか床とかはこの建物全体と同じ石だ。しかし、中央にはシャンデリアのようなものが付けられ、ランタンも地上の階よりも多く設置されている。


それらに照らされていたのはぽつんと置かれた一組の机、椅子とそして真っ赤なシチューだ。


「さぁさ、座って。ご飯の時間だよ。お腹がすいただろう。今日のメニューはシチューだよ」


クレーがやけにはしゃいでそう言った。

モルスは促されるままに椅子に座り、スプーンを持つ。


「これ、食べていいんですか…?」


(貴族の遊びで、これに毒が入っているとか)


湯気が立っている。こんな部屋に放置されていたのだからもっと冷めていると思ったが。


(いいにおい)


クレーの方をちらと見る。微笑み。明確な敵意はないようだ。


(よし、食べよう)


最終的に空腹感に負けたモルスは、まずスプーンでシチューのスープだけをすくいとり口へ運ぶ。


目を見開く。


(あれ、おいしい…。ちゃんと、おいしい味がする)


モルスの食体験が貧弱すぎて、おいしいという感想しかでてこないが、実際、モルスは感動していた。奴隷になったら雑草とか食わされるものだと思っていたのに出されたのか自分の人生最高の料理なのだから。


「どうだい…?」


「おっおいしいです!」


「そうかそうか、ほら、肉も食べなさい」


シチューの中に入っている塊、これがおそらく肉なのだろう。3つに分けられているがそれでもかなり大きい。頑張ってスプーンで持ち上げて、食べる。


(ん、これが肉なのか…。なんか変な触感だな…)


モルスはこの瞬間、生まれて初めて肉を口にしたことになる。


(コリンに食べさせたかったなぁ…。奴隷なのに幸せすぎないか…)


モルスはクレーに感謝していた。クレーもにこにこしながらモルスの食事を眺めている。

モルスは何も言わず夢中で食べる。

そして空腹だったこともあり、そもそも美味だったのですぐに完食した。


「ごちそうさまでした」


「良い食べっぷりだったよ」


「あの、ありがとうございます‥」


クレーはさらににこにこする。


「別に感謝されるようなことはしてないよ。逆にするのは私の方だな」


(え?)


クレーはぐっとモルスの目を覗き込むように腰をかがめて見つめてきた。


「ねえ、最後に一つ質問して良いかな?」


(最後?)


クレーはにやりとする。


「魔女の、いや、聖女の心臓の味は、どんな感じ?」


(聖女の心臓…?

今食べたのが…ということか?

そんな馬鹿な…。いやそれが本当だとしたら…僕は…)


突然強い睡魔がモルスを襲った。


吐き気が起きるよりまえにモルスは気を失った。


モルスは人を食べたのだ。

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