008 チーケー
オイルマッサージの数日後、ついにチーズケーキを作る日がやってきた
「今日は管理栄養士立ち合いで衛生管理しながらの調理です、というか一緒に食べたいんだって」
「管理栄養士の豪 剛です、自他ともに認める名前負けした体型でやってます
気軽にGGと呼んでください」
「相崎実千代です、ジジイさんお願いします」
「はい!今日は楽しみにしていました、お願いします
本来なら調理師さんが一緒に作るんですけど矢部も調理師免許持ちなので問題ありません
手を洗ってから調理を開始してください、機材は事前に煮沸処理済ですのでそのままお使い頂いて大丈夫です
この前の豚汁の時は調理キャンセルがあったので問題なく使用許可が出せました、今後も調理の際には立ち会うか、もしくは事前事後に検査に来ますのでよろしくお願いします」
「ありがとうございます」
実千代は豪と矢部は体型も接した感じも違うが同じ部類の人間かもしれないと思った
「じゃあ始めます!ミッチー、まずはミキサーにチーズとプリン全部ぶっこんで、小麦粉大さじ2とちょっとレモン汁とブランデー垂らしてスイッチオンまでやっちゃおうか」
「はい!」
ピリピリ、ポン ✕4
カチッ、ピチャ ✕3
ボフ ✕2
チョロチョロ ✕2
ウィイイイイイイイイイイン
「出来た」
「それを鍋に入れてバター10g追加して弱中火で5分くらいのんびりかき混ぜる」
「はい!」
鍋の中を木べらでカモカモしていると固まってきた
「重」
「良いね、照りが出たら完成
型にビスケットを敷いて鍋のを流し込んでトースター5分チンしたら終わり
冷蔵庫に入れて3時に食べよう」
「それだけ!?」
「それだけ」
「ワオ」
あっという間にチーズケーキ(モドキ)ができてしまった
「焦げた」
「大丈夫、バスクチーズケーキみたいなもんだから」
「ほぅ〜焦げのところ良い匂~い」
豪は使い終わった物を軽く水洗いして大ザルに入れて帰る支度をしていた
「ミキサーと鍋は持っていきますね、では3時集合で」
「GGありがとう」
「矢部!残しとけよ」
「大丈夫だよ、多分」
「頼むぞ!豚汁無かったんだからな!」
「あれは俺も食ってねえから!看護師に言え!」
「味見くらいしたかったんだよ」
豪はただでさえ小さい体を丸めたまま帰っていった
実千代はチーズケーキにガーゼをかぶせてラップでふんわり覆って冷蔵庫に入れ矢部の方を見た
「ヒロちゃんはさ、いくつ資格もってんの?」
「作業療法士と普通免許、小型・大型特殊、フォークリフト、アーク溶接、アロマセラピスト、調理師、NSCAーCPTっていうトレーニングとかコンディショニングを指導の資格でしょ、あとは呼吸ケア指導士くらいか?」
「リハビリに関係ないのも多いね」
「まぁね、バイトの賜物だよ」
「バイトかぁ〜してみたかったな」
「お!何がしたかった?」
「えーっとね、マックとか?」
「マックねぇ、教育制度がしっかりしてて就職面接で優位に立てるってジンクスがあったな」
「他に良いバイト先ってあった?」
「そうねぇ、聞いたことが有るのだとスタバとマック、オリエンタルランド
ホテルのドアマンに清掃員、大企業の長期インターン、ブライダル系かな」
「オリエンタルランドって?」
「ディズニーランドとシー」
「そんなバイトあんの!?」
実千代が食いついた
「有るよ、ダンサーに清掃員、キャスト、受付、レストラン、あとは珍しいところで統計業務とかね」
「すげ〜行きた〜い
給料良いのかな?」
「学生時代で1200円〜2000円の間くらいだったかな〜」
「高いの?」
「大分ね」
「ヒロちゃんはなんのバイトしてたの?時給いくらだった?」
段々実千代の顔が近づいてきて矢部は少し照れてスウェーバックした
「アパートの近くの板金屋さん、時給1000円
溶接の資格とフォークリフトはそこで取ったんだ、あ!使ってないけど第二種電気工事士もそのとき取ったな」
「へー、そのバイトの経験って仕事の役に立ってる?」
「いんや、話のネタくらいなもんかな」
「そんなもんか〜」
『ピリピリピリピリ』
「ゲ、外来呼び出しかよ〜、ちょっとごめんね」
次の人を回るまで中途半端な時間を楽しんでいた矢部だったが院内スマホの番号を見てあからさまに嫌な顔をした
実千代は矢部の新たな表情を見れてちょっと嬉しさを感じるとともにもういなくなるのかと寂しさも同時に感じていた
「外来で今から3点指示スプリント!?アレ?主任は?…今日休み!?マジカヨー患者さんは何の人?…うん…えーとその感じだと3点指示スプリントじゃムリだわ…レントゲンとエコー撮ってあんのね?ちょっとカルテみてぇえーっとやっぱり一旦リハ室戻るわ、ほいじゃね」
矢部は嫌嫌苦々しい顔をして電話を切った
「ごめん、最悪リハビリ室戻らねばならん状態になりました
3時には戻る予定だけど戻れなかったらごめん、その時は毒見役のGGとお母さんと食べて」
「分かった、頑張って」
「ありがと!応援貰うなんて久し振りだわ、やる気は全然出ないけど元気は出た、行ってきます」
「いってらっしゃ~い」
2人は手を振って別れ、矢部は競歩のような歩き方でお尻をプリンプリン振りながらエレベータへ向かっていった
また会う約束をした、そんな予定でさえ暗い未来に一筋の光を差すには十分だ
「爺さん、こんな美味しくケーキ焼けたのにヒロちゃん来なかったね」
「そうだね、こんな美味しいのに食べられないなんてね
今日は主任も係長も休みで課長は会議で居ないからって午後3時までの手伝いの予定だったんだけど午前の装具オーダーで1時間くらい使ったみたいで抜けられそうもないって連絡あったよ」
「ふと思ったんだけどヒロちゃんは器用貧乏感あるよね」
「OTさん、作業療法士ね、基本そんな感じだよ、リハビリの仕事もやるけど別に何かを持ってる人が多いね」
「へ〜そうなんだ〜」
「理学療法士PTさんはこだわりを持つトレーナー、言語聴覚士STさんは職人な感じかな
まぁ自分は深い関わりがあるわけじゃないから勝手なイメージだけどね」
「ふーん、ヒロちゃんが特別変なわけじゃないんだね〜」
「いや、アイツは特別変な奴なのは間違いない」
「あー、はっははは」
お母さんも話を横目で聞いていて口角を上げている
「お母さん紅茶とコーヒーどちらが良いですか?」
「あら、コーヒーをブラックでお願いします」
「実千代さんは?」
「うーん、紅茶かな」
「ミルクと砂糖、レモンどれか使います?」
「レモンと砂糖をお願いします
あと、最後でイイんでお願いが1つあるんですけど良いですか?」
「じゃあうちの茶葉ならセイロンがいいかな、砂糖はザラメでレモンは皮を下にして生搾りするね
可愛い女の子からのお願いは現金支給以外断らない主義なんだ、絶対聞くよ」
どうやらGGも変わり者らしい、似たもの同士だな〜とちょっと鼻で笑ってしまった実千代だった