007 Divine Hand
昨日の夕方のトレーニング辛かった、めっちゃ筋肉痛だわ〜と実千代はベッドで足をさすりながらの起床だった
「あんた次の日に筋肉痛が来るなんてまだ若いわね」
「お母さんはいつ来るの?」
「今夜か明日の朝かな、ガチガチの固まる感じで来るのよ」
「何歳くらいからそうなるの?」
「27から30歳くらいからだったかな」
「じゃあお母さんの今は大丈夫なんだね」
「そうね、ちょっと怠いくらいよ」
昨日の昼からのエアロバイクは2台来ており母も一緒に5分高負荷、10分低負荷で漕ぎ続けその後はゴムバンドを使った上半身の筋トレと最後はヨガの様なストレッチ(ヨガマット付き)をして30分きっちり動いた
汗ビッショリかいてシャワーを浴びたあとのスポーツドリンク美味しいこと美味しいこと!500ml一気に飲み干せるくらいだった
味の薄い病院の朝食が初めて美味しく食べられたあと流石にもう休めないからと母は仕事に行くと言う
「じゃあ今度来る時にお弁当用の4つで1パックのチーズと3個パックのプリン、あとビスケット買ってきて」
「ケーキでも作るの?」
「え?なんで分かるの?」
「簡単なチーズケーキの作り方で有名よ」
「お母さんも凄いね」
「あら、矢部さんから?」
「そう!今度作ろうかなって」
「いいなぁ〜食べたいわ」
「食べに来れば良いんじゃない?」
「じゃあ作る日を教えてね、材料は今夜持ってくるわ」
「ありがとう」
母が病室を出ていってから実千代はケーキがバレたけどどうしようかなと落ち着かないでいた
『コンコンコン』
「どうぞー」
「こんにちは、朝イチ外来のヘルプ入ってたから昼前になっちゃった、ごめんよ」
「看護師さんに聞いてたから大丈夫」
「さて、今日はどうする?」
「昨日の続きってしたいけどチーズケーキの材料でバレちゃった」
「ん?メモ見てくれたの?」
「だってチーズケーキ大好きなんだもん」
昨日色塗りした紙を取り出して矢部に見せた
「超美味そうじゃん、濃淡と重ね塗りに白で光を入れる技工・センス、高校の選択授業は美術と見た!」
「ブブー書道」
「あちゃー俺と同じか〜」
「この絵を描けるのに書道なの?」
「皆が臨書してる間に薄墨作って水墨画描いてた人です」
「居たわ〜そういう人、超時間掛けてさ文化祭に出品するとき1人だけ字じゃないって言うね」
「何処にでも居るもんだね」
「ヒロちゃんも変人の口か」
「変人奇行は良いとして今日何する?」
2人で3人がけソファに座ってなんとなくテレビを見た
「エステって、できるの?」
「モドキのオイルマッサージならね、勉強はしたし技術も学んできたけど基礎だけだから何処かのお店のようにとかはムリ」
「十分じゃない?20分で何がやれるの?」
「フェイシャルと手足コースかな、40分あれば全身コース、60分で変態コースもあるけど」
「でも20分なんだよね?」
「そうなんだけど今日は40分使っても良いんだ、今空き部屋が3つあって1日7人回れば良いから3人くらいは40分使えるんだ」
矢部の勤務時間は午前で3時間30分、午後4時間で20分キッチリで動けば22単位分回ることができるが情報収集や病棟カンファレンス、退院する人がいればケアカンファレンスに参加して退院時サマリーを記録する、あとは患者1人ずつの記録も打ち込むため日に16単位回るのが精一杯となっているのが現状だ
「へぇ、じゃあさ60分コースでも良いんじゃない?」
「17歳の可愛い女の子相手に60分も籠もってたらあの変態ナニしてるんだ?ってなるから部屋でやるならミッチーは長くて40分、7月の祝の時なんかはラウンジのキッチンで60分使っても良いけどね」
「えー60分あれば調理終わるじゃん」
「ミッチーが作るのに60分で終わるかい」
「…」
実千代は固まった
「ということでエステするかい?」
「どこまでできる?」
「あと35分くらいあるから全身の骨格矯正に顔と手足くらいかな、マッサージオイルとかクリームなんて持ってる?」
「ない」
「乳液は?」
「ある、安いやつ」
「OK、防水シーツ持ってくるから上だけTシャツになって待っててね」
「全身だったらどこまで脱ぐの?」
「全部と言いたいところだけど使い捨てのキャミソールと短パン着てもらってる」
矢部はシーツとオイル、発泡スチロールの箱にお湯を入れて持ってきた
「お湯何すんの?」
「オイルを温めてリラックス効果上げるんだ」
「へぇ〜」
「なんの匂いが好きかで混ぜるオイル決めるから臭い嗅いで」
矢部はポケットからエッセンシャルオイルを少量染み込ませた細く切られた厚紙の束を取り出して渡した
実千代は1枚ずつ匂いを嗅いで2枚に絞って矢部に渡した
「檜とマンダリンねぇ、疲労感残ってる?筋肉痛で寝たりないとか?」
「筋肉痛ある、疲労感もバッチリ、お母さんも居てくれたからよく眠れたはず
てか、そんなんで分かるの?」
「まぁね、アロマも選択で状態を見る方法もあるんだ、これをオイルに溶かして使うんだけど湊(看護)師長さんとダブルチェックしてオイルに溶かしてくるわ
マンダリンは朝だから使えないかも、多分檜になると思うけどOK?」
「OK!」
「行ってくる」
矢部はアロマセラピストの資格も持っているが、緩和ケア認定看護師である湊看護師長(同じくアロマセラピストの有資格者)に禁忌事項と溶かす量をダブルチェックするのを忘れない
マンダリンは日光過敏になることがあり院内で生活していて且つ白血球数の落ちている実千代に朝から使うのは皮膚炎からの感染症というリスクを避けるためには仕方ない選択だ
「できたー!よーしやるぞー!若い肌を更にピッチピチの赤ちゃん肌に戻してくれるわぁ!」
「お願いしまーす」
「でもユラユラ骨格矯正からね」
「バキボキはしないでね」
「大丈夫、若々しいボディならサワサワさすってユラユラ揺するで十分だから」
「はーい」
「目はタオルで隠しておくよ」
矢部は蒸しタオルを内側に忍ばせたフェイスタオルで目を休ませる
「ん?なんかいい匂い」
「めちゃ鼻良いね、ほんのわずかだけど中の蒸しタオルにマンダリンを染み込ませてきたのよ」
「鼻がちょっとスースーする感じ胸の奥まで美味しい空気な感じ」
「この匂い気分いいよね」
「うん」
ゆさゆさと足首を下からふんわり持ち上げて股関節から緩めていく
実千代の体は固いらしく体幹の反応が悪いが股関節の回旋角度を微妙にずらしながら良い動きが出るところを探って感覚入力をし続けた
足の持つ位置を少し踵側に動かした時にヒヤッとした感じがした
矢部は頭の中で足部の反射弓(足つぼ)と照らし合わせて泌尿器、女性器、腸辺りかなと目星をつけたが診断名を思い出しそりゃそうだと勝手に納得して終えた
矢部は股関節から動きを出し腕は肩甲骨を意識して動かし頭皮のマッサージとうつ伏せでの背中と腰のマッサージを終えたところでオイルを取り出した
「起きてる?」
「ギリギリ」
「寝たら昼飯無くなるから意識は保っててね」
「終わったら起こして」
「それならそれで」
防水シートを引いてオイルを足に馴染ませて脹脛から足首、足の裏(足底)、甲(足背)、指の間、爪先、次に膝から大腿部まで丁寧にマッサージ、流れるように強すぎず弱すぎず血管とリンパ管、皮膚・皮下組織の滑走方向を意識しながら解す
「とろける~マッサージってこんな気持ちよかったんだ〜サイコーサイコー」
「運動部だったのかな?足の裏の筋肉の付き具合と手の感じからしてバドミントンぽいけどどう当たってる?」
「残念、ホッケーでした」
「うわぁ想定外」
流石に抗がん剤とホルモン療法でぐちゃぐちゃになった体内バランスで入院を余儀なくされていれば筋肉を維持することは不可能、部活等で発達させて且つ日常的に使う筋肉だけが少し残っている程度でしかない
「牛皮みたいにモチモチになってきた」
「食べないで〜」
「ダメかぁ、次は腕やるよー」
「あーい」
前腕から手首、手の平(手掌)、手の甲(手背)、指先、肘から肩までオイルまみれで血行促していくとほんのり赤みがさしてくるのがみてとれた
「最後に顔を首をやるよ、流れが悪かったら鎖骨周辺までやっていい?」
「ご自由に〜」
目に直接は付けないように眼窩周囲や前額部、頬骨、鼻周囲顎のラインなど全体に溜まった何かを耳の上を通して首、鎖骨まで何度も下ろしていく
マニュアルリンパドレナージの技術も惜しげもなく使い首のゴリゴリも一緒に流していく
仕上げは韓国系のマッサージに見えてしまうが頭蓋仙骨療法の技術で溜まっていた淀みを流したあとの隙間を骨と骨がしっかり噛み合うように頭の骨を整えて終了だ
「グゥ」
「シツレーしまぁす、Lunchの時間です」
「あ、今日の担当はアニカさんだったのかどうりでエステって話が出るわけだな」
「Divine Handのヤ(ハ)ベのMassage受けないと勿体ない!」
看護師のアニカ・クラレンスさんはオーストラリア生まれインドネシア育ちの白人さんでナイスバディのブロンドガール(39歳)だ
インドネシアの病院にも緩和ケアの病棟を作りたくて国民性の似ている日本の病院に勉強に来ている頑張り屋さんだ
同僚の結婚式前日に集団マッサージ会(施術は全て矢部)を開催した翌日の化粧乗りと小顔効果、アルコールで酔わない好調をキープ、崩れない姿勢でキレイに立ち続けられたと大絶賛で風潮して回ったちょっと困ったけど良い人だ、何よりも美人
黙っていればニコール・キッドマンみたいだと矢部は思っているが喋りだすと止まらないおばちゃん気質も兼ね備えている
「寝っちゃった?」
「15分くらいでスッキリ起きると思うけど起きなかったら起こしてください」
「Leave it to me.」
「l count on you.」
たまーに英語で振ってきてくれるので英語の勉強量が少し増えた矢部だった
「ふぁ〜、気持ちよかった〜…寝てた
あ、ご飯か起こしてくれなかったのかな」
「Just 15 minites!
Oh〜Incredible.
起きた?15分で起きるから寝かせて上げてってヤ(ハ)ベが言ってたよぉ?すごいね〜15分で起きたよ」
「アニカさん英語わかんないけど驚いてるのは分かったわ
ご飯食べます、ちょっと動いておかなきゃ」
「体は拭いて乳液塗ったから夕方シャワー浴びるとビックリするよ!凄いよー、良かったね〜またくるよ〜」
「ありがとうございます」
食後に靴を履いて歩き出した実千代は目線が少し上がったことに気付き足の軽さを感じて笑顔になった
「うわ、おりものヤッバ」
癌由来ではあるが大量のおりものがパンツを汚しており取り替えついでにシャワーを浴びると体は驚くほどに軽くなっていた
「魔法みたい」
実は笑顔になる魔法だったかもしれない