表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/21

004 一人暮らし開始


 2日後、実千代の転棟転科の日が来た


 迎えに来たのは緩和ケア病棟の橘看護助手(ヘルパー2級)と中川という看護師だった



「おはようございまーす、今日担当の中川です」



 中川さんは見るからに若いというか幼いに近い感覚、一人っ子の実千代は妹のようにさえ思ってしまうほどに見えたくらいだ



「実千代です、宜しくお願いします」


「相崎さん歩いていけますか?」


「はい」


「荷物纏めますのでちょっと待っていて下さい」



 2人はテキパキと荷物を纏めて荷車に載せた



「凄はや」


「でしょう?橘さん片付けの達人なんですよ」


「中川さんは散らかす名人ですもんね」


「おろろ〜痛いところを突かれました

 相崎さん移動しましょうか!」


「はい」



 一ヶ月近く過ごして自分の部屋のようになっていた部屋は元の白い部屋に戻ってしまっていた

 部屋を出ると川内医師が手を振って送ってくれた



「若い子は手を振るんだろう?」


「そんな天皇様みたいな手の振り方はしません」


「そうか、それは手厳しい、詳しく教えてもらわねばね」


「いつでも遊びに来てください、1010号室ですよ」


「ありがとう」



 それ以上には話が続かず頭を下げて病棟を出た実千代はチラッと振り返り小さく手を振って返した



「先生またねー」


「あぁ、またね」



 こんなに若いのにどのくらいの回数またが?という不安は抱かないようにしていたが何処かにそれが残っていて川内はちゃんとした笑顔にはなれていなかった


 エレベータを待つ間虚ろな表情の実千代をみていた中川は何度か話し掛けたが「うん」「え?」「はぁ」等、心ここに在らずの状態だった

 中川は彼女の表情を確認しつつ川内から伝播したとはいえ心の奥底にある漠然としつつも拭いきれない不安があることを強く感じていた




「はい、到着!入りまーす」


「おー!」



 中川が10階の大きな個室のドアを開けると部屋の中が見学に来たときとは変わっていた



「え?ママ?パパも?なんで?」


「部屋は良いようにしていいって先生が、ね?」


「佐藤先生が気分が落ち着くようにしてもらっていいって言うから枕とかシーツとか人形とか服とか持ってきておいたけど」


「シーツも良いの?」


「毎週洗えば良いんだって、自分でやりなさい」


「えええええ」



 家にいるときもやりたがらずお母さんに任せていたくらいにやりたくないことだった



「一人暮らしの予行練習よ

 あとリハビリもするように先生に頼んだからそのうち来てくれるわ」


「リハビリなんて要らないから〜何すんのよ?」


「一人暮らしのお手伝いと家事を教えてやってってお願いした」


「はぁああ?ご飯作るわけじゃあるまいし」


「ご飯作って良いんだよ?食材も冷蔵庫に入れといたからね」


「本気で言ってるの?」


「本気よ、本気と書いてマジマンジよ」



 お母さんは自分で言って置きながら顔を赤らめた



「どうせここに居たって何もすることないんだから色々やってみなさい」


「入院中に家事するってどういうことー」



 スマホ依存になりつつある実千代には怠い内容でふんわりソファに腰をおろして横になった



「リハビリの方は女性ですか?」



 お父さんが看護師の中川に聞いた



「男性です、中身は…男性?だけどオバサンみたいなおじさんかな〜」


「は?」


「男性ですけど家事、裁縫は上手です

 パソコン、大工仕事、メガネ修理も出来ちゃうなんでも屋さんです」


「家事ができるなら…いいか」


「そのへんは問題ないです、一般女性平均超えてますから」


「だそうだから実千代、よく学んできなさい」


「ダルぅ〜」



 両親は帰ろうとはしない



「あれ?帰らないの?」


「今日は泊まるわよ?」


「え?」


「だって泊まっていいんだもん、楽しみで昨日眠れなかったくらい」


「パパは?」


「泊まりたかったけどいびきが五月蝿いから帰れってお母さんが言うもんだから帰るよ」


「たまには来ていいよ」


「お、おぅ」



 お父さんは少しデレた



「では何か用事がありましたらナースコールを押してくださいね」


「ありがとうございました」



 看護師の中川と看護助手の橘は荷物を仕舞い終えて部屋を出た


 10時頃から家族団欒、久し振りに気分穏やかな時間が続いたが11時になると来訪者が1人やってきた



『コンコンコン』


「はーい」


「お邪魔します〜リハビリテーション科作業療法士の矢部浩章です、今日から宜しくお願いします」



 中肉中背で短髪、優しそうな老け顔のお兄さん?オジサン?がやってきた

 この病院のリハビリスタッフは水色のポロシャツに紺のジャージがユニフォームで支給されているが、佐藤医師の個人的なお願いのもとその日は普段着のTシャツと綿パンにスニーカーという格好だった



「今日は佐藤医師からこの格好でと指令がありまして、それっぽくなくてすみません」


「いえいえ、単純にビックリしただけです」



 お母さんはどうやら矢部を気に入ったらしい、お父さんはちょっとだけムッとしたがすぐに元に戻った



「では初めましてなんですが相崎実千代さんの体の動きと室内の動きを見させていただいても宜しいでしょうか?」


「はい」


「若っ!まぁそうか17歳って書いてあったし若いよね〜、俺にもこんなときがあったんかな〜と思うと過ぎ去りし時間が憎いわ」



 矢部は勝手に凹みながら本人確認を済ませて手足の動きをスクリーニングして血圧を測り部屋の中での動きを確認して一旦出ていった


 その後、矢部は佐藤医師とともにやってきてリハビリの実施計画書を説明しサインを頂いて佐藤医師だけ出ていった



「なんだかんだで11時半になるけどご飯でも作ってみる?」


「いきなり!?」



 矢部は突然にぶっこんだ、実千代の驚く顔がとても面白かったのが印象的だった

 病院ルールで病棟での調理は管理栄養士の許可が必要なのだがそれは事前に連絡して確認済みだ



「うん、ご両親たっての希望で一人暮らしするんだもんね?簡単なのやってみない?」


「面倒」


「そうだねぇ、冷蔵庫をみても?」


「どうぞどうぞ」



 お母さんは積極的だ、お父さんはちょっとメンチ切っている


 矢部は冷蔵庫の中をみるとお母さんの選んできた食材で何を作ってほしいのかを見抜いた



「相崎さん、冷蔵庫を見てお母さんが何作る予定で買ってきたか分かる?」


「え?分かるもんなの?」


「分かっちゃうんだなぁ〜お母さん言っても良いですか?」


「分っかるかな〜わっかんねぇだろうなぁ〜」



 お母さんはちょっとイジワルな顔を見せた、そしてネタが古くて実千代が首を傾けたのを見てちょっと赤らめた



「答えは…豚汁です

 相崎さんのお宅はキャベツを入れるんですね!

 甘みが出て美味しそうだ」


「私の!甘いホクホクのキャベツ大好き!」


「芯までしっかり使うなんてお母さんは母の鏡ですね」


「やーだーもー先生ったら」



 お母さんが撫でるように触れて物理的な距離を縮めたスキンシップにお父さんは動揺している



「じゃあ相崎さん作ろうか」


「ミッチーって呼んで」


「じゃヤベちゃんって呼んでもらおうかな」


「ヒロちゃんにしないの?」


「小学校以来呼ばれてないな〜それでもいいよ」


「ヒロちゃん!豚汁よろしく~」


「ミッチーが作るんだよ!これから時短で作る方法教えるから昼には十分間に合うさ」


「マジで!?」


「マジで」



 矢部は材料を抱えて3人を病棟の一番奥に案内した、そこは見晴らしの良いラウンジとなっており大きい液晶テレビと家族用のダイニングセット、一般家庭のキッチンと付属のカウンターが付いていた



「じゃやろうか、皮むきを一気に済ませよう

 そのあと何時もの大きさで切るんだけどどのくらいの大きさ?」


「けっこう口いっぱいな感じ」


「デカいねぇ〜、それ大好きだわ包丁簡単でいいから楽でサイコー」



 大根、人参、里芋の皮はよく剥けるピーラーで簡単に済ませて玉ねぎはさらっと外の皮を剥いてキャベツを何枚かむしって洗った

 長ネギがないところをみると嫌いな人がいるかそもそも使わないかだなと矢部は踏んでいた



「生姜じゃなくてニンニクってのが良いね

 丸で入れちゃうんですか?」


「そうなんです」



 まぁ!隠し味バレちゃった!とお父さんに笑顔で報告したお母さんの表情は緩みっぱなしだ



「こーれ絶対うまいわ」


「肉がホロホロになってね、お母さんが作るの最高に美味しいの!けっこう煮込むんだ」


「じゃあやり方変えて出来立てでホロホロしちゃおうか、出汁代わりにするみたいだからちょっと手伝うよ」


「え?どうやんの?」



 肩塊肉を一口大にカットし8割ほどをフォークめった刺しして肉叩きで叩いて伸ばしたあと形を戻して片栗粉を袋の中でまぶす、残り2割は包丁で叩いてミンチにしてフライパンで炒める

 実千代がカットした野菜類の入ったシリコンスチーマーの野菜に塩を振りかけ混ぜた



「で、シリコンスチーマーはレンジの根菜モードで任せるよ

 粉のついた肉はさっき外した脂身で炒める、コンロに鍋出して水入れて椎茸刻んだの入れちゃおう」


「うん」


「お湯が沸いたら味噌も入れちゃおうか」


「もう入れて良いの?」


「大丈夫、煮える頃にはレンジ終わってるから

 炒め終わったら全部洗ってレンジ待つだけさ」


「へぇ〜」



 実千代は半信半疑、こんなに簡単で良いのかなと思うほどだ

 お父さんお母さんはあまりの手際の良さに驚いていた



「野菜出来た、鍋に入れてかき混ぜるよ

 味見よろしく、鍋いっぱいだから後で看護師さん達にも配っていい?」


「うん」



 実千代は味見をしたがちょっと何か足りない気がした



「なんだろう、なんか足りない」


「甘みじゃない?」


「そうなのかな、なんだかきつい感じ」


「じゃあみりんかな?お母さん?」



 お母さんは大きく頷いた



「ヒロちゃん凄くない?」


「今流行りのお料理男子だからさ」



 みりんのアルコールが飛んだあと味見をすると実千代は大きく溜息をついた



「こんな感じぃ、だけどちょっとなんか違うんだな〜」


「煮込み時間と作った環境と人だよ

 それがミッチーの味の豚汁なのかもよ」


「お母さん味見して」



 実千代は平たい小鉢にぎこちない手付きで味噌汁を注ぎ母親に渡した

 母はその匂いを嗅いで飲んで溜息をついた



「美味しいわぁ〜

 足りないのは煮込み時間ね、でもかなり短縮してる、私でも20分でこの味にはならないわ」


「やったー!ヒロちゃん凄い!簡単!」



 実千代は始めて作ったものが褒められてかなり嬉しかったらしい



「初めて作ってみてどうだった?」


「嬉しかった、涙出てきた」


「じゃあ材料が余ってるからきんぴらでも作ろうか」


「材料?」


「じゃあ俺が貧乏学生一人暮らしの腕前を見せてやろう」


「なにそれー」



 ピーラーで剥いた大根と人参の皮、捨てるつもりだったキャベツの外葉を洗って細切りにして1分レンチン、ゴマ油で炒めて砂糖と醤油で甘めに味付けしゴマと鰹節を散らして完成だ



「はやっ!うまぁ!」


「皮を使うとちょっと苦くて大人味だけどご飯には抜群だよ」


「サイコー、お婿に欲しいわ〜」


「ビールだな〜」


「20歳過ぎればここの病棟なら少量飲めるんですけどねぇ」


「!?」



 お父さんはもしもがあったら早めにここに来ようかな、なんて考えがよぎったが頭の隅にしまい込んだ


 美味しい匂いに釣られてフラフラ〜っと看護師達が集まり豚汁会になってしまったのは言うまでもない




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ