017 打つ手なし
翌日の昼前、実千代の両親は脾臓の腫れとその後の治療について外来で田丸医師から話を聞いた
「佐藤医師から併診を頂いた田丸です、始めましてでは無いので挨拶は軽くですみません
実千代さんの脾臓の件で佐藤医師から連絡があったと思います、CTを昨日撮らせて頂いてその結果の報告です」
「はい」
両親は手の汗が出ず冷たく乾いた状態で話に耳を傾けた
田丸医師は冷静に分かりやすく話を進めるようにCT画像を開いて両親見せた
「CTで見ても脾臓は腫れていました
次に肝臓の転移は聞いていると思いますが膵臓にも転移が発見されました」
「え?」
「既に緩和ケアの病棟に居られますので治療はしません、恐らくですが内部は癒着だらけで治療できる状態でもないと判断します
脾臓はその膵臓の裏、肺との間辺りに丸く大きく写っている臓器です
通常のサイズの2倍近いかもしれません、これに血が溜まっている可能性が高いです」
「2倍…」
「ここまで大きくなっていれば痛みも出ている可能性がありますが痛み止めでまだなんとかなっているのが不思議なところです
普通ならこの状態であれば脾臓は摘出の対象です、出血したら痛みでのたうち回ってそのままとなるでしょう」
「そんな…」
「治療をするには一度退院してもらうしかありません
治療したとしても現状でもいつどうなってもおかしくない状態です何処まで延命できるかは分かりません」
「…」
両親は開いた口が塞がらず背中の汗が体を冷やしていくことにも気付けない程だ
「ただし、脾臓を摘出できれば破裂をきっかけに突然死ということは避けられるかもしれません
ただ脾臓を取る際に出血して止まらなくなったり膵臓と癒着していそうなので摘出に時間がかかります、その後に消化機能のバランスが崩れて何もできずとなったりということも十分に有りえます
脾臓を取らずにドレーンを入れて排液するという手段もあります、その場合腹腔ドレーンで脇腹から一本管が外に出ることになります
管理は現病棟では不可ですので一旦退院してから再入院という形になります
ちなみに脾臓を残す意味としては赤血球のリサイクルができること、異形成赤血球の数をある程度抑制できる可能性があるという程度で血球現象症状は残って破裂の余地を残すことになります」
「ということは上手く脾臓が取れればいいけど取れない場合には今の腫れが残る、一時的に治せても再発することあるということですよね?」
「お母さんの通りで間違いないですし、手術で開けてその後がん細胞が爆発的に増える可能性もあります」
「とすると治療するメリットが感じられないのは私だけ?」
お母さんはお父さんに目を向け掴み合った
「俺もそう思う、治療するだけ無理がかかるなら何もしないで何も起きず生きていくを願うしかないな」
もう両親の涙も出ず、祈るしかなかった
「実千代さんにはどう話しましょうか」
「ありのままを話して下さい、親としてはリスクしかないならそのままが良いと」
「分かりました、ご両親も同席してください」
病室で田丸医師から実千代にも同じ話しがされた
実千代はやっぱりできないか、と落ち込みそれ以上を話さなかった
田丸医師はとりあえず漢方か一錠内服を追加するかもしれないという話だけをして部屋を出た
「田丸、ダメか」
「矢部、どうにも出来んよ」
「そうだよな」
2人とも押し黙るしか無かった
「あとでフォローしといてくれ」
「分かった」
「じゃあな」
「おぅ」
矢部は昼休憩後に実千代の病室に入ると荷物がごっそり消えていてパジャマ姿の実千代だけがソファに座っていた
「部屋がさっぱりしたね」
「うん、白血球はまだちょっと少ないけど明日帰ることにしたの」
「そうか、寂しくなるな」
「うん、だからお願いがあるんだけど」
「何?」
「LINE教えて」
「良いよ」
「軽!」
「患者さん結構入ってるよ」
「そうなんだ…」
「患者会にも入ってるからね」
「なるほどぉ〜」
2人はソファに座ってスマホをフルフルしてアカウントを交換した
「もう一つお願いがあるんだけど」
スマホに顔を半分隠して上目遣いでおねだりだ
「良いよ、危ないことじゃなければ」
「危なくはない、と思う」
「じゃあ良いよ!」
「車持ってる?」
「うん」
「ドライブデートしたいな」
「なるほど、不特定多数と接触しないし良いんじゃない!?でも両親はOKだって?」
「お母さんは大丈夫だった、お父さんはヤキモチ妬いてた」
「だろうな〜俺が親でも同じこと思うわ」
「迎えに来て、待ってるから」
「日付決めて行こう」
「うん!早めにね?」
「分かった分かった」
詰め寄ってきた実千代の顔がすぐそこにあり矢部は照れを隠しでニヤけてしまった
「あとぉ〜」
「あと?」
「今日は何もしたくない、ずっとくっついてたい」
「それもたまにはいいね」
「撫で撫でして」
「はいはい」
矢部は膝に実千代の頭を乗せつつ丸まった背中を見て何故か消えてしまいそうな喪失感に襲われ上から押さえつけるように頭と背を抱いた
「離したくないな」
「じゃあ、ちょっとだけだよ?」
「優しいな」
「でしょー?」
ほんの少し笑ったあと実千代は顔を回して矢部にキスをした
「大好き、なんでこんなに好きか分からないけど」
「俺も大好きだ、こんなに好きなのに離れなきゃいけないなんて耐えられそうもない」
「ふふ、甘えん坊さん、30過ぎてんのに」
「心と下半身は17歳です」
「うわぁ変態キター」
ずっとくっついていた2人だったが次の部屋へのお呼びが掛かってしまった
「行きな?」
「うん、泣いてしまいそうだ」
「笑顔笑顔!営業スマイル得意でしょ?」
「得意じゃないわい、じゃあ元気でね」
「明日見送ってくれないの?」
「明日ハグするわけにはいかないだろ?離せなくなるよ」
「それもそうか、とりあえずこれが入院最後のハグだね」
実千代はハグをして矢部を見送った
「甘えん坊さん、大好きだぞー」
口パクだけだったけど偶然に振り向いた矢部に見られ、「俺も大好きだ」と口パクで動いたのが見えて恥ずかしくてドアをしめた




