016 不安な脾臓
矢部の報告を受けた次の日、佐藤医師はポータブルの超音波検査機を持って実千代部屋にやってきた
「ミッチー、超音波の検査するよ〜寝て〜」
「サトちゃんなんか見つかったの?」
「赤血球の話しをしたでしょ?やっぱり血球数が上がりきって来ないのよ
だから原因検索でここに入る直前のCTで見て脾臓がちょっと腫れてるかもってね、更に今腫れてるんじゃないか見てみようかなって」
「ふーん、いいよ」
「仰向けになって、お腹大きく出して」
「恥ずかしい」
「女同士だし良いじゃない」
実千代が服を捲って腹を出した時に佐藤医師は少し驚きつつもお腹に触れた
「体つきこんなに良かったっけ?」
「ご飯美味しく食べられるようになったし、汗かくくらい運動するでしょ?筋トレしてストレッチしてってやってたからくびれてきたみたい」
癌の影響もあってお腹ポッコリだったのが健康的な生活で下腹のポッコリが少し残っている程度で腹筋には縦線が入り腰の反りがキレイに出ていて肋骨もしっかり上がって締まった腹になっていた
「おっぱいもさ、ペソっとしてたけど張りが出たんじゃない?」
「最近カップが小さいんだよね〜、サイズアップしなきゃ」
「BからCってとこかしら?」
「CからDですぅ!」
「え!?」
仰向けだと少し胸の大きさが分かりにくいのは仕方ない、ちなみに佐藤医師はギリギリのCだ
「揉みしだきたい」
「ちゃんとやって!」
「そうだった」
エコージェルをプローブに垂らして剣状突起下辺りから左の肋骨に沿って膵臓と肺の間を責めるようにプローブの角度を調節しながら確認していく
「あった」
深度を調節しながら画像を残していく佐藤の表情は優れない
「やーっぱり脾臓が腫れてるわ」
「治療は?」
「一旦他科に移るしかないかな〜積極的な治療をしないと言ってもコレは治療しちゃえるかもだからさ」
「えーまぁ良いけど」
「癌が元の脾腫だと思うけど癌の転移かはなんとも分からないな〜感染症かなとか色々調べたんだけどさ骨転移が原因で血球数が増えないって感じでも無かっただよね〜
とりあえず急性の痛みは無いし先ずは内科相談で最悪鏡視下で摘出かな」
「え!腹切るの?」
「穴からね」
「分かった〜」
佐藤医師は実千代の腹のジェルをティッシュで拭き取り、実千代は両親に連絡を取ろうとスマホを取り出した
「あとさ、矢部ちゃんから左足上がりにくかったって聞いたけど脾臓腫れてるだけでも原因になり得るか?って返したら可能性はあるって言うから、一緒に治るといいね」
「そんなとこに繋がるの?」
「彼ね、あれでも結構色々見てんのよ〜」
「へ〜」
「まぁ、この病棟に専属で来てもらうようにリハ部長説得するの大変だったわ」
佐藤医師はエコーのプローブをキレイに拭き取りつつ何かを思い出して眉間にシワを寄せた
「サトちゃん頑張ったね」
「そう、私頑張ったの!
よし!併診書いてお母さんに電話してくるわ
いつも通り動いていいから、内科呼ばれたら行ってきて」
「はぁい」
機械を持って颯爽と帰っていく佐藤医師と入れ替えになるように看護師が入ってきてバイタルチェックをした
「ヒロちゃん来ねえな」
「ヤベさんね、今日は午前中外来代行だって」
「またぁ?」
「午後の3時からの予定になってるわ、時間ぴったりで動く人だから大丈夫よ」
「そうなんだ、結構のんびりしていくけどね」
「今、病棟の部屋いっぱい空いてるからね」
「へぇ〜道理でドア開きっぱなしの部屋が多いわけだ」
そんな話の最中に『ピロンッ』と看護師のタブレットPCから音がなった
「内科併診が1時半に入ったみたい、担当は田丸先生」
「へぇ久し振り、最初に見てくれた先生だわ」
「良かったです、時間がきたらまた案内しますね」
「あ〜でも外来待ちが長いんだよな〜3時に帰って来れるかな〜」
「ダメそうなら矢部さんに時間変更して貰うしかないですね」
「お願いします」
実千代は両手を合わせて拝んで頼んだ
「皆さんリハビリ好きですよね、ここの病棟に矢部さんが専従してからリハビリ嫌って言われなくなったんですよ」
「だって楽しいもん、辛いことしないし苦しくないし」
「リハビリって痛くて苦しいって思う人が多いからそのギャップででしょうか」
「たまにきついけどね」
「それも必要なんですよ?」
「知ってる」
「ではまた来ますね〜」
実千代は午前をまったり過ごして昼ご飯を食べ、母からの『大丈夫!?』と慌てた感じのメールをあっさりと返答して過ごし、あっという間に1時半になっていた
「行くか〜」
柔らかいソファに沈んだ重い腰をオッサンのような掛け声で勢いよく押し上げると立ち眩みで膝が抜けるようにしてソファに落ちた
「くぁ〜」
実千代は目が眩むという経験が無かったわけではないが、ここまで健康的な生活をしていて『なる訳が無い』と思っていた立ち眩みが来たことで背筋が凍るほどの恐怖を感じ始めた
まだ死にたくない
今までもずっとそう思っていた、しかし最近の愉しさと生きている幸せを強く感じ始めていたことで、腰に繋がれた重い錨が深く暗い闇の底に落ちていくように感じた
呼吸が浅く速くなり、冷や汗をかき、自分の両手で自分を抱き締めて擦り奮い立たせようとするが徐々に周囲も暗くなっていくような感覚に囚われてしまった
「ミッチー」
たった一言、名前を呼ばれ左肩を擦っていた冷えた自分の右手に温かい手を優しく重ねてくれた人を見て涙が溢れてきた
「ヒロ、まだ死にたくないよぉ」
実千代は大声で泣きながら矢部の胸に顔を押し付け涙と鼻水を拭きながらぬくもりを欲した
矢部は後ろから聞こえた足音に後ろ向きでドアを閉めるようにジェスチャーをしてから実千代を抱きしめ泣き終わるまで背中を擦り頭を撫で静かに時を過ごした
しばらくすると実千代は落ち着き、涙こそ流れてはいたが話せる状態になった
「ごめん」
「良いよ、どうしたの?時間変更の確認に来たんだけど凄い顔してたからビックリしちゃったよ」
「ごめん」
「よし、許す」
「あっち」
実千代はベッドを指差した
「分かった、落ち着くまでお尻を枕にさせてあげよい」
「臭いからいい、手を握ってて」
「良いよ」
手を引いてもらい立ち上がったときに目眩は無かったが次いつ来るのかを考えたときにまた不安になってしまった
「目眩があったのか、そりゃ驚いたろう、苦しかったな」
「エスパー」
「伊東でも魔美でもないんだけど」
「どっちも知らない」
「おっふ」
矢部は膝から崩れそうな程のダメージを負った
「もう大丈夫そう、内科外来の田丸先生のとこ行ってくる」
「佐藤先生の併診か、うーん4時に来ればいいかな?」
「うん」
「じゃあまたくるから、なんか思い詰めたらナースコールで呼べ!誰か来るから」
「ヒロ来て」
「居るときならな」
「呼び出すから」
「仕方ないなぁ」
ゆっくり実千代を引き寄せハグをしてから矢部は部屋から出ていった
「イケメンじゃないんだけどやることがイケメンだからなんか調子狂うんだよな」
そして内科外来に着いたのが2時、そして1時間待ちで診察となったので4時で調度良さそうだ
内科外来で待ち惚けして漸く呼ばれ不機嫌な実千代の前で子宮頸がんを見つけてくれた田丸医師(見た目若い)は病歴を確認しつつ6月上旬に放射線治療終了後に撮った全身CTとエコーの画像と血液検査のデータを見比べて唸っていた
「あ〜そうかぁ、うーん、とりあえずCTか
脳外科から婦人科に相談してあったけど脾臓は軽度の腫大だけだったし赤血球異常の数値もそんなに高くなかったから最後に内科に掛からなかったんだな
うーん、今回は事務と相談かな〜
現状ではなんとも曖昧なことしか言えません、確認しているのは佐藤先生のエコーで脾臓が腫れてる事と血球異常、治療するかどうかはCT撮ってからです」
「はい」
「では結果を待って連絡します」
「お邪魔しました〜」
不貞腐れた実千代が立ち上がるときに田丸医師の目が実千代を捉えて離さなかった
「なんか矢部の影響受けた?」
「何でですか?」
矢部の名前が出たことでちょっとだけ実千代の顔の緊張が解れた
「なんとなく去り際が似てるかなって」
「あちゃー」
「そういうテッキトーなとこ!あいつは職業人としては最高級人材だけど人間として怪しい部分があるから気をつけな」
「よく知ってるんですね」
「まぁ高校の同級生だからな」
「もしかして類友?」
「よく言われるけど言わんでくれ」
「ふふぅん、ガンバ」
「頑張っとるわ!」
「お邪魔しました〜」
実千代が診察室を出ていくときはちょっとニヤけ、自分でそれに気付いたとき確かに自分も『類友』だったなと思ってまたニヤけてしまった
CTに寄ってから病棟に戻ると自分の部屋をノックしていた矢部を見つけた
「入ってませーん」
「あ〜ら、おかえり機嫌いいじゃん」
「ヒロの類友会ってきたよ」
「田丸か!」
「うん!よぅく似てる、頑固なところも、エスパーなところも、人が好きなところもぉ、よく見てるところもぉ?あとは曖昧なことが嫌いなところも!」
実千代は指折り数えながら一歩ずつ矢部に近付いてきて指を曲げてグーになった手で胸をコツンと叩いた
矢部は鳥肌の立った腕を両手で擦って嫌がった
「あー似てない似てない!あんなにイケメン顔の女好きじゃない!」
「内面はヒロ方がイケメンかもね、じゃあ着替えてくるから待ってて」
「中で?」
「いいよ?」
「逆に恥ずかしいわ」
ニヤけた笑顔で部屋に入った実千代は朝のことなど無かったかのような動きで運動をした
夜になっても悪寒も不安もなく、しっかり眠れたのは眠剤の助けもあったかもしれないが似た者同級生コンビのおかげだったかもしれない




