013 秘密の時間
朝のミーティング終わりで矢部は管理栄養士の豪に呼び止められた
「矢部さんや矢部さんや」
「GGなんだい?」
「きゅうりの一本漬けを病棟で作るのは流石にアウトだった」
「まじか!」
「だからこっちで作っとく」
「助かる」
「ホタテは火をしっかり通すならOKが出た」
「サンキュー!」
「ちなみにあの娘どのくらい余命あるんだ?」
「それな…」
佐藤医師とケアカンファレンスをしながら画像を追いL/D(血液検査)を見ていく中で大体の余命は病棟内では共有していた
ただ最近のL/Dの結果が著しい回復を見せていたため少し猶予が出来たかもしれないと話していたところだった
「それでもそんなもんなのか」
「まぁな」
「家族は辛いだろうな」
「グリーフケア(大切な人を亡くした遺族に寄り添い、その悲しみを癒やしながらサポートしていく援助)はしっかりやらないとだろうなとは思っているよ」
「その一環でお祭り屋台風の料理ね」
「そうそう」
「きゅうり以外はこっちで用意出来ないから頼むぞ」
「もちろんよ、お母さんに買ってきてもらうさ」
「じゃあ当日よろしく」
「こっちこそよろしく頼む」
「任せとけ」
いつの間にか7月10に日まであと3日と迫ってきていた
「今日は手順と材料の確認をしてお母さんに頼むのとあとは?」
「そんなもんかな」
「じゃあやっちゃおう」
きゅうりの一本漬けはGGに頼んだ
焼きそばとホタテ焼き、チョコバナナは作る
パイン串は切って刺すだけ
「まぁそんなもんよね」
「そうだね」
材料
キャベツ、人参、そば、中濃ソース、青のり、鰹節
殻付きホタテ、味噌、ネギ、卵
バナナ、チョコ、スプレッド
パイン
「あっさりだな」
「そうね」
「法被は借りられたし洗ってくるからアイロンは明日ここでしよう」
「アイロン超苦手」
「いんややる、やらせる
で、他は?」
「特別なんかある?」
「手紙とかと思ったけどしんみりするから記念写真とって写真のフレーム作りくらいはしようかなと思うけどどう?」
「それ良いね」
「パパママ大好き!くらい書けよ」
「恥ず!」
「まぁ、ということで明日はアイロンと写真フレーム作りです
フレームの材料はアクリルフレームにグルーガンで飾り付けするだけの簡単なものですがくっつける小物を選んでもらおうかなと写真を撮ってきたから見て」
矢部はスマホを取り出してソファの隣に座る実千代に見せた
実千代はよく見えなかったから半身が密着するような格好になり矢部の腕に頭を乗せる形になったが気にせずだった
「これ可愛い!クリスタルっぽいクマ!
あとはさくらんぼと大きさバラバラのビーズかな」
「そんなで良い?」
「うん」
「じゃあ今日確保しておく、さて、と何する?」
「スマホに昔の写真とか入ってないの?」
「あ〜、ある、恥ずかしいのもいっぱい」
「見せて!」
「ヤダ」
「見ーせーて!」
「じゃあちょっとだけ」
「っしゃー!」
実千代が勝手にスマホを操作して古い写真を見始めた
「ちょい!若々し過ぎるわ」
「あ!ん?お?彼女?」
「昔のな」
「何で別れたの?」
「おっふ、あんまり言いたくない」
「そう?ちょっとだけもだめ?」
「暗いぞ?」
「しょうがないなぁ、聞いてあげよう!」
「簡潔に言うと死んだんだ、目の前で」
「は?」
矢部は思い出さないようにしていた縫いもしていない胸の傷を自ら開くように話し出した
「システムエンジニアの専門学校の2年生、20歳のときな
1年くらい付き合ってた女の子だったんだ
長編の映画終わりの帰り道で彼女が突然苦しみだしてさ、呼吸出来なかったらしいんだ、口で何度も助けて助けてって爪を食い込ませるくらい強く腕を掴んできてさ、周りの人が救急車呼んでくれたけど5分もしないうちに意識を失ってそのままさ
救急車も10分でついたけど間に合わなかった、肺塞栓症だったらしい
映画館で寒くて足に血栓できたのが肺に詰まったんじゃないかって聞いたけどさ、俺が何か出来たんじゃないか?助けられたんじゃないか?って悩まされたんだ
医学を勉強するとさその場で対処は無理だったと分かるけどその前の映画館で足を動かしたりさせておけばなんて思ったりとかね
それ以来、彼女なし日照り続きの事故物件扱いなのさ」
「それしんどい、聞くんじゃなかった〜と思うけども私で上書きしようじゃないか、ね?」
実千代はおっさんみたいに矢部の肩を叩いて腕を組んで胸を張ってみせた
「20分間だけ彼女をしてあげるんだから良いリハビリだと思ってやりなよ」
「20分間で何するかな」
「キスでもする?」
「ムードも何もあったもんじゃないな」
矢部がソファに背中をおろした瞬間に実千代は上から被さるようにして慣れないキスをして恥ずかしさで顔を赤らめ抱き合うように矢部の左肩に顔を乗せちょっと鼻で笑った
「前歯が痛い、初めてだったの、うまくできませんでした」
「大事なファーストを頂いちゃったのか」
久し振りのキスに矢部も心臓の高鳴りを感じ実千代を抱きしめた
「本気になったら辛いから…ね?」
「それで20分間だけか」
「うん」
実千代は自分の先の短さを感じていた
だからこそ本心では本気になりたかったのだが巻き込むには辛い人だったんだなとついさっきの話で悔やましい思いをしていた
「20分間だけじゃなくて本気にさせてみせよう」
「え?」
「ミッチー大好きだよ」
少しだけ矢部が腰を引き押せる力を強めて密着感を増させた
「ずるい」
もうすぐ死んじゃうのに…と続けては言えなかった
涙が零れ落ちてきて、最後まで止まらなかった
「もう、行って、時間だよ」
「うん」
実千代はいつの間にか強めていた腕の力を緩めて矢部を解放した
「また来る」
「うん」
帰り際の矢部のキスは涙を止めるには十分なサプライズだった
「笑ってる方が可愛いぞ」
「バカ〜」




