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声が大きいやつは面倒臭い

 宿に戻ったのは、正午すぎだった。

 芋虫の体液に塗れていたフラウとカイルは、早々に宿の湯へ飛び込んだ。つま先から髪の先まで湯に浸かり、身を清めた。ティダも手伝って、ふたりの身体を洗った。しかしそうまでしても、臭いのすべてを洗い流すことはできなかった。


「……臭いよね、ごめんね」


 フラウが申し訳なさそうに言った。

 アルナは正直、鼻を押さえたかった。しかしそんな思いをかすかにも表に出すわけにはいかない。早々に首を横に振ってみせた。


「頑張った証ですから、私は気にしませんよ」


「……本当に?」


「ええ。ですから治療のつづきをしましょう。おふたりともこちらへ座ってください」


 アルナは笑顔の裏で臭いを我慢して、ふたりに手招きしてみせた。するとフラウとカイルの表情が明るくなった。まるで子供のようにアルナの傍へ寄り、治療を受ける準備を整えた。アルナは心の内で苦笑いし、ふたりのために≪サニテム≫を呼びだした。


 治癒の光がふたりの傷跡をすべて治しきる。気持ちが良かったのか、カイルがぼうっとした表情で、床に寝転んだ。フラウも同様らしかったが、ぐっと耐えていた。



 治癒の光が霧散したあと、フラウがアルナに向き直った。


「ありがとう、アルナさん。今回は助かりました」


 フラウが頭を下げた。

 アルナは首を横に振り、「こちらこそ」と丁寧に礼を返した。


 そうした営業用の笑顔を見せた直後のことだった。

 息苦しい空気がアルナの首筋に流れた。



「……ところで、あちらの方たちはフラウさんのお知り合いですか」


 アルナは息苦しい空気に視線を向けた。

 視線の先。フラウの後ろ。フラウたちとは別の、冒険者たちがいた。じっとアルナとフラウを見据えていた。好意的な目では、なかった。侮蔑を滲ませた、悪意に満ちた目を、フラウに向けていた。


 アルナの言葉を受け、フラウが振り返った。

 瞬間、フラウの表情が凍りついた。


「ファ、ファザロ」


 フラウが声をこぼした。

 ファザロと呼ばれた冒険者が、一瞬頬を引き攣らせた。


「よお、フラウ。こんなとこでなにやってんだ?」


「そ、そっちこそ」


「俺たちは魔物狩りだ。北の森にな。お前らみたいに芋虫とイチャつく趣味はねえんだよ」


 そう言い放ったファザロが、胸元の冒険者証を見せた。

 青鉄章の冒険者証。鮮やかな煌めきが、嘲笑うようにフラウの目元を照らした。フラウはぐっと目を細め、わずかに俯いた。


「ボ、ボクたちは依頼を……」


「お? 依頼? ……ああ、そうだったな。銅章の立派なお仕事だ、ははは!」


「……っ」


「はは! まったく、請ける仕事も、その面も、てんで冴えねえ! 何年冒険者やっても変わらねえ!」


 ファザロがフラウに詰め寄り、罵詈雑言を浴びせた。

 フラウは俯いたまま、黙っていた。なにかを言い返したいようだったが、ぐっと言葉を飲みこんでいた。その様子を見たファザロが、さらにフラウへ詰め寄った。目と口を大きく開き、大声で喚いて。まるで魔物のような男だなと、アルナは思った。


 やがてファザロの目が、アルナへ向いた。

 珍しい神聖術士だと気付き、品定めするように片眉を上げた。


「こいつあ神聖術士さまじゃねえか!」


 ファザロが大声で喚いた。

 アルナは内心不快に満ちたが、ぐっと耐え、深々と頭を下げた。


「はじめまして、アルナと申します」


「はは! しかも上玉ときたもんだ! はは! おい、フラウ、てめえ。どんな悪さをしてこの嬢ちゃんを掴まえたんだよ、おい! ははは!」


「……フラウさんとは、この依頼に同行する契約をしていました。お互いに対等な仕事仲間ですよ」


「は、はは! 対等、だって?? 銅章のこいつらと?? じゃあ、あんたも銅章ってことかい?? そいつああもったいねえ!!」


「……勿体ない、ですか?」


「そうさ、もったいねえ! 俺たちと一緒に来れば、すぐに青鉄章になれるぜ!? こいつらといても時間の無駄さ! せっかくの別嬪な顔が、芋虫の体液塗れになっちまうからよ!? ははは!!」


 ファザロが、アルナの顔と身体を覗き込みながら言った。

 アルナは不快感を覚えたが、数瞬、たしかにそうかもとも思った。時間の無駄とまでは言わないが、芋虫の体液塗れは正直御免だった。いつまでも笑顔の仮面を貼りつけられるかどうか分からないほど気持ち悪いし、今もまだフラウたちには悪臭が残っているのだ。


 しかし――


「――お誘いありがとうございます。でも、私はファザロさんたちと一緒に行くことはありませんよ」


 アルナはぴしゃりと言い放った。

 その言葉に、ファザロの表情が固まった。ファザロだけでなく、俯いていたフラウと、寝転がったまま歯噛みして耐えていたカイルも、表情を固めてアルナを見た。


「芋虫討伐の依頼は、この村から出ているものです」


「……あ、ああ?? だからなんだ!?」


「今、この村の皆さんがファザロさんたちを見ているのですが、気付いていませんでしたか? はたして村の皆さんは、村の依頼を請けてくれた銅章の冒険者と、芋虫とイチャつく趣味がない青鉄章の青鉄章の冒険者、どちらを立派な冒険者と見るでしょうか」


「あ……ああん??」


 ファザロが声をあげ、周囲を見回した。

 いつの間にか周りには、宿屋の主人だけでなく、幾人かの村人が集まっていた。皆、怪訝な表情でファザロを見て、口元を歪ませていた。それに気付いたファザロが、ようやく自身の状況を理解した。身体を揺らして半歩退き、アルナを睨んだ。


「……っは! めんどくせえ! 俺らはもう行くからよ!」


 捨て台詞を吐き、ファザロが宿を出ていった。アルナはほんの少し申し訳ない気持ちになった。本来ファザロたちは、この宿に泊まったあと北の森を目指す予定だったはずなのだ。とすればせっかくの客を宿屋の主人から奪ったことになる。あれほど大言壮語を放つ彼らだ。きっと金払いも良かっただろう。


 アルナはフラウの手を掴んだ。

 フラウが一瞬、虚ろな目でアルナを見た。


「フラウさん、とりあえず宿のご主人に謝りに行きましょう?」


「え、ええ? で、でも」


「村の皆さんから見れば、私たちは同じ穴のムジナです。ファザロさんのためにではなく、私たちが今夜も気分よくこの宿に泊まれるようにするためですよ」


「え……ええ? 今夜、ここに泊まるんですか? もう依頼は達成しましたよ??」


「いいえ、“まだ”終わっていませんよ」


 アルナは少し考えるような仕草をして言った。



 そう。まだ終わってはいないのだ。

 アルナは、芋虫の数が予想より多かった理由をずっと考えていた。もしかしたら情報が間違っていた以外の理由があるのではないかと。そこへファザロたちがやってきた。アルナはファザロたちが語ったひとつの言葉に、もしかしたらという可能性を思いついた。


 フラウが訝し気な表情で、アルナの顔を覗いていた。

 アルナは小さく微笑んで見せ、寝転がっていたカイルを掴みあげるのだった。


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