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第5話 プロワリアと青いチョーカー

 武装特急が軋みを上げて停車する。薬のおかげで軽くなった身体に少しほっとしながら、私は緩慢な動作でデッキに戻ってきた。銃座に体を預けて空を見上げる。綿雲を流した青空は強い風のせいかややくすんでいて、そのくすんだ空を積層する灰色の船が私の視界から半分切り取っていた。

 銃座に設えられたアンチマテリアルライフルのスコープを覗き込む。まだはっきりと焦点を結ぼうとしない視界に辟易として、足と頭を投げ出した。


「だいじょぶ? マキナちゃん」


 車両の下の方から声が聞こえてきて、私は銃座をぐるりと回して仰向けに倒したままの視線をそちらに向けた。珍しく屋根伝いではなく地面を歩いてきたらしいスホーカさんが私を見上げている。


「何て格好してんの」

「マキナ、首。大丈夫なの、か」


 スホーカさんの隣から、小さな影がひょこりと顔を出した。ふわふわとした灰色の毛の塊の中から、濡れた黒い目が私を覗き見ている。小さな毛玉が浮いているように見えるが、よく見るとその下には半透明のひょろりとした胴体がとぐろを巻いていて、さながら蛇のような格好だ。


「キキカカさん」


 私は仰け反った姿勢のまま、ふわふわの毛玉を眺めた。首という概念があるか怪しい存在から、首の心配をされるのはなんだか少しくすぐったい。

 

「大丈夫ですよ。私、身体は柔らかいほうなので」

「……??」


 毛玉はどこにあるのか分からない発声器官から困惑するようなうめきを立てた。しまった、軟体性の構造を持つヒトに言うべきセリフではなかったな。

 取り繕おうと思ったのだけど、ずるずると半透明な体を引き摺りながらキキカカさんは後方へ去っていってしまった。あのふわふわ、実はちょっと狙ってるんだけど絶対触らせてくれないんだよな。


「列車砲、なんかあったんですか?」


 列車砲の担当であるスホーカさんとキキカカさんが一緒に居るのを見るのは珍しい。スホーカさんは

小さな目を細めて頭を振った。しゃらしゃらと鬣が鳴らす涼やかな音が上がってくる。


「新しいコが気になってキキカカと覗きに行ったんだけどね。ヒモモカトに追い払われちゃって」

「あらま」

「マキナちゃんのトコに来るのかな〜って思ってさ。まあ、有り体に言ってしまえば野次馬だよ、野次馬」

「そうですか」


 私の中にも、スホーカさんと同種の好奇心がむくむくと頭をもたげる。でもそれを表に出してしまえばこのウキウキ浮かれポンチ共の仲間入りなのがなんだか癪で、私はさも興味がないような口ぶりで目を背けた。

 件の新人はヒモモカトさんが連れて来ることになっている。私の銃座はヒモモカトさんのデスクのある車両に付いているのだし、あとは黙っていても向こうからやってくるだろう。


 スホーカさんはくぁ、と欠伸を漏らした。いつも理知的な目が眠そうに眇められ、鬣に混ざった針が武装特急の外装と触れ合って硬質な音を立てる。どうやらここで()()()を続ける腹らしい。


「マキナ、ちょっとこっち来い」


 からりとデッキ横の小窓が開いて、おなじみの目玉がきょろりと顔を出す。そらきたぞ。


「はいはい」


 おざなりに返事をして丸いハンドルに手を掛ける。力を込めようとして、はたとこの扉の向こうには新人が居るのだということを思い出した。やめだ、やめ。初対面の印象は重要だ。インテリでスマートな私を演出しなければ。

 ハンドルから手を離して、しゃなりしゃなりと優雅に車両脇の細い通路を歩き始めた私に、スホーカさんが奇妙なものを見るような視線を投げて寄越した。失礼なヒトだな。

 ツンと無視して、電子錠のパネルを覗き込む。ぺたりと手のひらをつけると、スマートな扉は音もなくスマートに開いて私を迎え入れた。


「なんだ、言われなくてもちゃんとそっちから入ってこられるんじゃないか。偉いぞマキナ」


 足を踏み入れるなり、ヒモモカトさんが巨腹を揺すってくぐもるような笑い声を含んだ声で言った。何もかも台無しである。いやだなぁヒモモカトさん、何を言ってるんですか。びたんと黒光りする尾が床を叩く。


「うるせぇぶっ飛ばすぞこのナメクジ野郎」


 しまった。本音と建前が逆になった。ヒモモカトさんの横にいる小柄なヒトが、目を丸くして私を見ている。さよならスマートな私。

 でもまだちょっとだけ挽回の目は残っているはず。ついさっき名前を教わったのだ。確かプ……あれ、なんだっけ。私は穏やかに微笑むと片手を差し出した。


「あ、あはは。冗談ですよ冗談。これくらい言えちゃうくらいフランクな職場です。よろしくね、プリメラさん」


 気弱そうな目が困ったように私の手の上を彷徨った。あれ? 

 プリメラさんの文化圏では握手はしないのだろうか、と思っているとそろりと華奢な手が伸びてきた。おずおずと手を握ってくれたプリメラさんが、小さな小さな声で訂正する。


「えと。その……プロワリアです……」


 さよならインテリな私。こんにちはプロワリアさん。ごめんね名前間違えて。


「プロワリアデス」


 プロワリアさんの顔の横にある顔が、無機質な声を吐き出す。感情のない目が、ぱたぱたと奇妙な音を立てながらまばたいた。

 彼女を見た一瞬、二人いるのかと思ったがそうではない。私とよく似た体つきをしたプロワリアさんの左肩から先に腕はなく、代わりと言わんばかりにその肩には二つ目の頭が生えている。

 鸚鵡返しにプロワリアさんの言葉を繰り返したそいつを、私はしげしげと眺めた。視界の端で、プロワリアさんがわたわたとした様子で手を振る。


「あ……えっと……この子は、知性とかはあんまなくてっ、ただ私の言う事を真似してるだけなのであんまり気にしないでほしいって言うか……」


 私を彩る属性にノンデリカシーも追加。もうダメだ。心の中で頭を抱える。理想と現実の乖離に悶えている私に、プロワリアさんはおずおずと切り出した。


「あの……。そのチョーカー……治療用、ですよね?」


 1本しかない腕の先にある華奢な手は、私の首に巻き付いたチョーカーを指し示している。この武装特急(オブリビオン)に乗る誰もがつけているこのチョーカーは、皆控えめな色合いをしているのに対して私のものだけは鮮やかな青色をしていた。

 気弱そうな表情を浮かべるほうのプロワリアさんの首にも同じ色のチョーカーが巻かれている。二つの頭にすっかり気を取られていた私は、彼女からそう言われるまでその事に全く気付かなかった。


「さっき言ったろ。そいつもお前と同じく戦場負傷での記憶障害持ちだ。ご同輩同士仲良くやってくれ」


 * * * 


「えっ、マキナさんもあのコンパートメントに!?」

「アノコンパートメントニ?」

「うん。偶然ってあるものだね」


 私の初対面の印象は最悪だったはずだが、プロワリアと私はあっという間に打ち解けた。同じ境遇というやつにはどうやら、些細な壁なんてこじ開けてしまう力があるようだ。

 更には母星でどうやら同じ区画に住んでいたらしいということが判明し、プロワリアははぁーっと長いため息を吐き出した。


「うわー。全然知りませんでした。色んなヒトが住んでますもんね、あそこ。すれ違った事とかあるのかもなぁ」

「アルノカモナァ」


 懐かしいなぁ、とため息をついたプロワリアは、怠そうな動きでデッキの柵に背中を預けた。


「母星の事はやたら良く覚えてますよね。船に居たヒトとかの名前なんてなーんにも分かんないのに」

「ワカンナイノニ」

「長期記憶は失われない、ってやつなのかな。でも自分が何なのかとかもイマイチはっきりしないよね」


 そう返して私は肘をついたデッキの柵から下を見下ろした。荒野を吹き抜ける風が、スホーカさんの青い鬣を緩く揺らしている。スホーカさんはプロワリアと私がデッキに出てきた時にちらっと顔を覗きに来ただけで、すぐに車両の下に戻ってしまった。野次馬だよ、と言っていた割にはドライな反応である。

 私たちが同じ境遇だから、割り込むまいと気を遣ってくれたのだろうか。自分の車両に戻らずここに座っているということは、野次馬は継続中なのかもしれない。まあ別に聞かれて困る話もしていないので、気にせずプロワリアとの話を続ける。


「プロワリアはこの記憶喪失、治ると思う?」

「どうなんでしょうね……。別にこのままでもそう困りはしないというか……思い出したくない気もするっていうか。死にかけた時の記憶なんて怖いだけじゃないですか」

「コワイダケー」 

「ああ、でもこっちの頭の事は気になるな……なんで頭が二つもあるのか、なんか未だに良くわかんなくて」

「ワカンナクテ」


 ぱたぱたと奇妙な音を立てて瞼を開閉させながら、プロワリアの二つ目の頭が彼女の語尾を繰り返す。


「目だって足だって二つずつあるんだもん。頭が二つあってもいいんじゃない?」

「いえいえマキナさん。生物はそれを必要とするデザインをしてるものなんですよ。そう言う意味で言えばマキナさんの──」

「マキナー。ちょっと帰り道の事なんだが」


 プロワリアの熱弁を遮るように、車両の下からスホーカさんが私を呼んだ。私はスホーカさんとプロワリアを交互に見てから、プロワリアにごめんね、とジェスチャーで謝罪を入れる。


「い、いえ。やだ、ごめんなさい私ったら」

「ワタシッタラ」


 二つの首でしょもしょもと謝ってくるプロワリアに背を向けて、私はデッキから飛び降りた。


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