第4話 単一性の獣たち
規則的にレールを噛む音を赤茶けた荒野に響かせて、武装特急は今日も征く。沿線に"人類"は影もなく、昨日と打って変わった穏やかな道行きだった。彼らに連日攻勢を掛けてくる体力はもう残されていないのだろう。
襲撃のない日は武装特急ではなく遊覧列車にでも乗っているようで、私はぼんやりとスホーカさんが殺風景と称した風景を眺めていた。フラットな地平線の先にかつてあった街は、破壊の嵐に蹂躙され跡形もない。反対側に目を向けると連なる山の稜線が見えた。
──"人類"。この太陽系という小さな星系の第三惑星の支配種だった、原生知的生命体の呼称だ。言語解析が早々に済んだため、地名も生物分類も"人類"が使っていたものをそのまま流用している。
ここはアメリカ合衆国、ユタ州とラベル付けされた地だ。この小さな星系に奇跡のように産まれた宝石のような星を、"人類"は国という単位に分割して生息していた。単一の惑星という小さな生息域にひしめく、同じ形状の知的生命体たち。すべからく小さな頭に、2対の足と2対の腕を持つこの支配種以外に、この星系で知能を獲得した生物はいなかったらしい。
私はデッキ柵の手すりを握る自分の側腕を見降ろした。ヒモモカトさんの虹色に揺らぐ吸盤や、スホーカさんの美しい鬣を思って小さく息を吐く。血縁を連ねる家族以外に、いや、たとえ家族であっても似たような容姿のヒトはそう居はしない。すべて同じ構成の生物は下等種だ。ひとたび環境が変わればたちどころに全滅してしまう弱い生き物にすぎない、というのが私たちの星系での常識だった。判で押したようにすべて同じパーツが並んだ生き物がずらりと並んでいる様は、正直少し気持ちが悪い。それは管理に重点を置いた家畜の姿であり、支配種のそれではないからだ。
覗き込んだ双眼鏡の視界に、人類という呼称の単一性の獣たちは映らない。巨大な翼を広げた鳥がゆっくりと舞い降りて、何かを啄み始めた。沿線にはこの武装特急を襲撃しようとして失敗した人類たちの欠片があちこちに散らばっている。
「少し早いランチタイムかな」
誰にともなくそう呟くと、それに応じるように私のお腹がぐうと鳴った。今朝寝坊をして朝食を食べ損ねていたのが、今になって効いてきたらしい。誰かの食事風景というものはとかく食欲を刺激する。私はごそごそとポーチの内側を探り、銀色の紙に包まれた四角い棒状の携帯食を取り出した。双眼鏡を覗き込んだまま、一口齧って咀嚼する。もちもちとしたスポンジを噛んでいるような味がした。丸く切り取られた拡張視界の先で巨大な鳥が食事を続けているのになんとなくシンパシーを感じて、淡く口元がほころんだ矢先。
しゅぼん、という音と共に車体が揺れた。齧り損ねた携帯食の先が折れてどこかへ飛んでいく。車体と共に視界が揺れた刹那、丸い双眼鏡の視界の外に消えていくあの巨大な鳥の立っていた地面が弾け飛んだ。
自分の顔から、表情が消えたのが分かった。双眼鏡を降ろすと、インカムの先をつまんで不貞腐れた声を出す。
「……スホーカさん。鳥ですよ」
「えー、そう? 体高的に現地人だと思ったんだけどなぁ」
「トリ、だった。ワタシも見てた。光学視界でも確認することを推奨する、スホーカ」
不満げなスホーカさんのざらついた声に、キキカカさんの呆れ声が被さる。ささやかな昼食のパートナーを奪われた私も少し嫌味を言う事にした。
「食事をしていただけで吹き飛ばされるなんて鳥も気の毒に」
「そうだよ、スホーカ。マキナに撃たせておけば夕食にできた、のに」
「いや、撃ちませんが? 撃ったとしてもあの距離拾いに行けないでしょ。そもそも腐肉食性の生き物食べたいです? ……げほっ」
言葉の終わりがけ、喉に重たい塊が張り付くような違和感を感じて私は湿った咳を吐き出した。ふわ、と一瞬重力が淡くなったような感覚がしてからじっとりと背中が重くなる。倒れそうになる身体を、なんとか尾で支えた。
デッキ横の小窓がからりと開き、中からクロムイエローの眼球がひょこりと顔を出す。
「マキナ、まーた薬サボったか?」
「……すいません。寝坊して朝食を摂り損ねたもので」
「阿呆。ちょっと中に来い、予備をやるから。……おいメロテア、ちょっとマキナを中に入れるぞ」
「──了」
メロテアさんに心の中で謝罪しながら、ふわふわとした頭で銃座にロックを掛けた。車両側面の扉を一度覗き込んでから、丸いハンドルに手を掛ける。やっぱりこの速度で走り続ける武装特急の側面を歩くのはごめんだった。
砂を噛んだ扉は今日も変わらず酷く重い。両の手足にはあまり力が入らなかったが、側腕と尾はいつも通りの力強さで扉を開けるのを手伝ってくれた。悲鳴のような軋みと共に引き開けられた扉からたたらを踏んで車両に転がり込んだ私を、ヒモモカトさんの呆れ声が迎え入れる。
「まぁーたお前はそっちから……いや、まぁ今はいいか」
トゲトゲした触角の先で揺れるクロムイエローの目が私を捉えて、言いかけていたお小言をヒモモカトさんは引っ込めた。デスクの引き出しを開け、中を引っ掻き回す音が聞こえる。
睫毛が鉛で出来ているようだった。ぼんやりと霞み始めた視界に、ヒモモカトさんの虹色に色彩が揺らぐ触腕が差し出される。細い先端が巻き付くように持っている、くすんだカデット・ブルーの細長いカートリッジを受け取った。
カートリッジを咥えて、サイドのボタンを押し込むと、舌の上に複数の丸い錠剤が転がり出る。喉に絡みつく鉄臭い痰ごとそれを飲み下して、私はずるずると座り込んだ。側腕が酷く重い。
「ちょっと座ってろー」
ヒモモカトさんのでっぷりと太った背中が言った。声を出すのも億劫で、私はただ頷くと目を閉じた。たたん、たたんとレールの上を走る武装特急の規則的な音に身を任せる。時折、たぁんと鋭い音が交じって、その度に二人分の仕事を押し付けてしまったメロテアさんに心の中で謝罪した。
「マキナ。ちょうどいい、話がある。そのままでいいから聞いてくれ。……聞けるか?」
薄っすらと目を開けると、ヒモモカトさんの目だけがきょろりと動いてこちらを見ていた。じわじわと溶けるように重怠さが抜けていく身体を壁に預けたまま、私は一つ頷く。
「今日、母船から一人合流するメンバーがいる。名はプロワリア、お前と同じく戦場負傷での記憶障害で治療中だったが、前線に戻る許可が出てな」
「プロワリア……」
聞き覚えのない名だった。耳に滑り込んできたその名を、譫言のように繰り返す。ヒモモカトさんがふ、と笑う気配がした。
「ソイツも同じ薬が必要な仲だ。今後は互いにチェックし合うといいかもな」