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最終話 ビンガムキャニオン発、地獄行き ②

「お帰りマキナ!」

「すごいな、お前ならやれると思ってたよ!」


 嘘のシャワーが降り注ぐ。なんか、みんなで労ってやろうぜなんてことになっちゃって、と細身の研究員はへらりと言った。誰もが私を見ている。大小入り交じる眼球の群れと、おおよそ仕組みを理解しがたい感覚器は、すべて私に向けられている。

 きらきらと虹色に輝く液体の入った瓶を手渡される。一挙手一投足を見守るその()()は、主役を讃えるためのものではない。こいつらは居なくなった人間たち(かんさつたいしょう)の代わりに、私を見ている。

 ならば地球流の祝勝のやり方を見せてやらなきゃ。私は瓶を高々と上に掲げた。体中にまとった銃器(トロフィー)ががちゃがちゃと鳴る。


「マキナ・イクス、任務達成しました! 乾杯!」


 おおっ、とどよめきが走る。次々と掲げられる瓶に私が瓶をぶつけに行くと、誰もが嬉しそうにそれに応じた。そうだよね、わかる。私だって動物園でパンダが期待通りにころんと転がってみせたら同じ反応をする自信がある。小さな穴から差し入れた餌をカワウソが受け取ってくれたら、同じ反応をする自信があるよ。

 私たちは互いに祝っているふりをしながら、互いを観察をしている。臆面もなく光る表示領域を出しながら、ちらちらとこちらを見ている奴がいた。私が殲滅の様子を語るのを、興味深そうに聞いている奴がいた。"乾杯"を再度ねだる奴もいた。頑張ったねいい子だね、と桃色の手で犬を褒めるように頭を撫でてきた奴が一人だけいて、思わず側腕で殴りつけそうになったがぐっとこらえた。

 ほとんどが研究員のようで、私は知的好奇心で満たされたプールの中を泳いでいるようだった。ひとつひとつに応じるふりをしながら、相手を観察する。武装しているのはふたりだけだ。

 実演風に銃器も色々お披露目してみたが、そっちに興味のある奴はほとんどいなさそうだった。テンション高く何度も引鉄を引くふりをしていると、次第に満足とうんざりを足して二で割ったような様子で研究員たちは私から離れて意見交換をし始める。


「ねぇちょっと、これ見てくださいよ」


 私は手近にいた、あまり誰からも相手にされていなさそうな体格の良い研究員に声を掛けた。のっそりとこちらを向いたでっぷりとした腹はヒモモカトさんに似ているが、短い4本の足が付いている。そいつは眼球のない感覚器を伸ばして、私が手に持つグレネードランチャーを覗き込んだ。


「これ、珍しくないです? 私も初めて見るんですけど、どうやって使うんでしょ」


 カマトトぶった私に、排水口に水を流している時のようなごぼごぼと泡立つ声が答える。


「形状は他の銃器と変わらないからぁ……おんなじなんじゃないかなぁ」

「おんなじ、と言いますと」


 まだ分からない、と視線で訴えるとそいつは教えを請われることに少し気を良くしたようだった。


「照準をさだめてぇ……」

「こうですか」

 

 艶消しの黒に塗られたそれを、私は構えた。さっきまでと同じように、楽しそうに。

 

「あとは引鉄(トリガ)を、引く、だけ」

「なるほど」

 

 トリガに掛けた指を、私はスッと引き切った。それと同時に目の前の巨体を側腕で掴み、分厚い肉の後ろに身を隠す。


 轟音と閃光。


 演習室3番のど真ん中で榴弾が破裂して、部屋中に凶悪な金属の破片を撒き散らした。一拍置いて、絶叫と呻きが演習室を満たす。

 私は重く圧し掛ってくる肉の隙間から這い出すと、持ち替えた機関銃のトリガを引きっぱなしにしながら部屋の真ん中に躍り出た。逃げる背中を弾丸をお見舞いしながら、音と光にやられて動きが緩慢な鎮圧部隊のふたりを尾で薙ぎ倒す。壁に叩きつけられた身体に飛びかかって、側腕でアーマーに守られた腕を押さえつけた。装甲車をのフロントガラスを引き剥がした時のように力を込めると、みぢみぢと鈍色の装甲が軋みを上げる。


「よせ……おいよせよせよせ!」


 どこから外を見ているのか分からないヘルメットの下から漏れ出る、くぐもった声が拒絶の色を示した。背後でもう一人が動く気配がする。


「ナナジロ、停止信ご……っ、っぎゃあああ!!」


 よくやった、とさっき私の肩を叩いた腕を引きちぎったのと同時に、側腕と尾が小さく唸って動かなくなった。意思が伝わらなくなった側腕は引きちぎった腕を握ったままで、破断した金属の合間からは真っ黒な液体が絡みつく細い生体組織の束が垂れている。

 ひび割れた絶叫が、断続的に激痛を訴えていた。戦術ゴーグルの拡張視界(オーグメント)が警告を示し、咄嗟に転がった足元に光線が跳ねる。動かなくなった側腕と尾はただただ重い枷となっていた。焼け爛れて腹の中身を溢している手近な研究員の身体を、遮蔽代わりに跳ね上げる。再び襲ってきた光線がそいつを両断し、おぞましい絶叫があがった。何とも驚いたことにまだ生きていたらしい。

 痛みは感じるんだな、と冷静に戦場を見降ろす私がせせら笑う。演習室には痛みと怨嗟の声が満ちていた。どうして、と問う者は誰も居ない。もうこいつらの言葉を聞く必要もないはずだった。私はチョーカーのバックルに手を掛ける。


  * * * 


 ぱちん、とチョーカーが弾けるように外れた瞬間に、側腕と尾が制御を取り戻した。真っ黒だった異星人たちの体液が、フィルタを取り去ったように真っ青に染まる。連中の血と肉がまき散らされた空間には、火薬と硝煙の香りに混じってちぎった草のようなみずみずしい香りがした。

 拡張視界(オーグメント)の警告に反射的に飛び退ると、足元でまた閃光が跳ねる。

 そうだ、これが奴らの本来の武装だ。サイエンス・フィクションじみた光線武器。面制圧には爆発物も使うが、鉄と火薬をばら撒くのは連中の本来の戦い方ではない。戦闘の所作というものは記憶のみならず、身体に染み付いているものだ。(マキナ)に連中の武装を持たせるのは、恐らく認識改変をする上で不都合だったのだろう。だから私は鉄と火薬で戦わされていたのだ。この青い血が流れる連中に向けるための牙を、連中の手によってより鋭く研がれた上で。


 後悔させてやる。私は握りしめたチョーカーをポーチに押し込むと、側腕に死体を引っ掴んで投げつけた。投げた死体が射線を遮る位置取りで、レーザー兵装を構えた鎮圧部隊員の懐に一息に飛び込む。二体の死体と私がほぼ同時にぶち当たり、武装兵は押しつぶされるように倒れ込んだ。飛び込んだ際に光線によって切断された尾の先端が、ごとりと落ちる。銃弾を通さないこの機械の外装も、連中の兵器には耐えられないようだった。側腕で押さえつけた身体が暴れる。意味を認識できない音の羅列がわめきたてた。残念だけど、その言葉はチョーカーを外した私(ジェーン・ウォーレン)には届かない。

 先端が切り落とされてもきっちり動く尾で、レーザー兵器を毟り取る。わめく声が一層激しくなった。銃口を向ける。宇宙を隔てて違う文化であるはずの私たちの、暴力の形は酷く似ていた。破壊をもたらす射出口と、それを決定づける引鉄(トリガ)。ボタンの形をしていたそれは、私の意志の通りに敵の身体を縦にまっぷたつに裂いた。身体の中身と青い体液があふれだす。暴力の形は同じなのに、臓物の形は少しも似通っていなかった。


 腕をもがれて叫び続けているもう一人の鎮圧部隊員もまっぷたつにすると、もう私に武器を向けてくる者は残っていなかった。レーザー兵装は二人を両断したあと、側面に引かれたライトを点滅させて撃てなくなった。リロード方法はわからないので、ぽいと投げ捨てる。

 這って逃げようとしている何人かを追い抜いて入口に向かう。点々と青い液体がまき散らされた廊下に緩慢な動きで逃げる背中を撃ち尽くした。見えている者を殺し尽くした先にも青い血の痕は伸びていたので、恐らく何人かは逃げおおせたのだろう。それを追うことはせずに部屋に戻る。戻ってきた私を見た重傷者たちは、奇妙な音を発しながら芋虫のように床を這いまわった。その一人一人に丁寧に歩み寄って、止めを刺していく。


 おかえり、と私に言った顔があった。おはよう、と私に言った顔があった。食事を共にした顔があった。体調が悪かった時に気遣ってくれた顔があった。知らない顔もあったが、知っている顔のほうが圧倒的に多かった。皆姿かたちが違うから、急所がどこかよくわからない。だから念入りに撃ち殺した。弾倉が空になった銃を捨てるたび、身体は軽くなったが足は重くなっていく。撃たれた身体がびくんと痙攣するたびに、拠点の人々を撃ち殺した瞬間を思い出した。

 私はジェーン・ウォーレンで、そしてマキナ・イクスだった。(ジェーン)の記憶を持たないままにあの小さな拠点を蹂躙し尽くした(マキナ)のことが、心底羨ましかった。それでも殺す手を止めることは出来なかった。こうしてさらなる罪を重ねることが、今の私にできる唯一の罪の清算だった。

 刈られた青草の香りが立ち上る。広がる青い血だまりは、まるでよく晴れた日の空か海のようだった。そこかしこに散らばる肉片や生体組織や良く分からない臓物も、人間(わたしたち)のそれとは異なる青みがかった色をしている。なんだか悪趣味なコラージュを見ている気分だった。もう誰一人として動かなかった。拡張視界(オーグメント)も沈黙している。ひとまずこの場でやるべきことは、やり遂げたようだった。


 達成感は、なかった。

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