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第16話 微温い命の海で ①

 タイラーからジャケットを剥ぎ取って、その身体を折りたたむ。胎児のように丸めた身体に狙撃銃の長いバレルを突き刺して、ストックにジャケットを羽織らせた。仕上げにタイラーの頭に乗っていたヘルメットをちょこんと乗せてやれば完成だ。この夜闇の中なら、これでも何となく誰かが立っているように見えるだろう。


 私はそっと見張り台の隙間からコロニーの中を見降ろした。巡回している二人が、ちょうど見張り台の下を通り過ぎようとしている。実にいいタイミングだ。まずはこの歩き回っている目を潰す。

 私は素早く見張り台から降りると、静かに二人の背後に忍び寄った。先ほど巡回していた二人とは違う顔ぶれだ。交代したばかりで眠いのだろう、緊張感のない欠伸と共に愚痴が零れる。


「ったくよぉ、いつになったらゆっくり寝れるようになるのかね」


 安心して、もう二度と巡回のために真夜中に起きなくてもいい。側腕が二人の首を同時に掴んだ。ぱき、と軽い音一つで永遠の眠りに誘ってやる。声一つ上げずに命の灯火は消え、あとには二つの死体が残った。それを見張り台の奥に停めてあった装甲車の影に投げ込むと、残りは12人。詰め所に居る誰かが出てくる前に、全員始末してしまわなければならない。

 投光器と警戒心はコロニーの外に向いている。警戒にあたる各員が立つコロニーの内側は薄暗く、月も星もない夜は私の味方だった。素早く背後から忍び寄って、尾の一突きか側腕で首を折るか。馬鹿の一つ覚えのように、12回。手早くそれを繰り返す。あちこちにわだかまる暗闇の陰に生暖かい肉体を片付けながら、それぞれの武器を拝借していった。

 人の息遣いが消えたコロニーの外周部には耳に痛いほどの沈黙が満ちている。おずおずと鳴き出した虫の声がひとつ、怖気づいたようにすぐにぴたりと止まった。

 集めた銃器の中から連射性の高い三丁を選び出し、コッキングを確かめる。引鉄を引くだけの状態になった銃を両腕と左右の側腕に一丁ずつ抱えて、詰め所に向かって走った。ひとまとめに尾で抱え上げた残りの銃器の束がガチャガチャと音を立てるが、それを気に掛ける者はもう誰もいない。


 詰め所のドアの横にぴたりと張り付いて、私はそっとドアノブを回した。ラッチボルトが外れる僅かな音と共に薄く開いたドアを、尾の先でそっと押す。きぃ、と淡い音が鳴るのに合わせて手榴弾のピンを引き抜くと、手の先だけでそいつを中に投げ込んだ。体勢を低くして両耳を塞ぎ、強く目を閉じて口を開く。

 目蓋を閉じた視界が赤く染まった。耳を塞いだグローブ越しに、爆発音が脳と背中をまとめて揺さぶる。ひしゃげたドアを蹴り開けて中に飛び込むと、狙いも付けずに三丁分の銃弾をばら撒いた。熱を孕んだ銃弾の群れが、よろよろと立ち上がり掛けていた煤まみれの身体にいくつも弾けて奇妙なタップダンスを踊らせる。

 三丁分の弾倉が空になる頃には、動くものはほとんど居なかった。詰め所にあった装備が誘爆を起こしたらしく、室内は手榴弾一発分とはとても言えないほどに破壊し尽くされている。私は弾倉が空っぽになったアサルトライフルを投げ捨てると、銃器の束から適当に一丁を引き抜いた。死にきれなかったらしい何人かが芋虫のように蠢いているので、丹念に頭をぶち抜いていく。


『何があった!? おい、誰か応答しろ!』


 渡されていたインカム越しに、酷く慌てた声がわめきたてた。私は何もないところに向かって適当に引鉄を引きながら応答する。


「襲撃だ! 今詰め所の入り口でっ、何とか抑えてる……クソ!」


 インカムのマイクを引っ掻いてわざと大きな音を立ててから通信を切る。これで連中はここに集まってくるだろう。私は投げ捨てたアサルトライフルの弾倉を取り換えて、詰め所の外に積み上げてあった銃器をすべて中に運び込む。ひしゃげた金属棚を蹴倒して、その後ろにそっと身を潜めるとコロニー内部へ繋がる扉をじっと睨んだ。

 複数の靴音が駆け寄ってきて、扉を引き開けようとする。怒号と言い争う声が聞こえた。爆発によって歪んだ扉を何とかこじ開けようとしているらしかった。何か重たいものでガンガンと扉を殴り続ける音が何度も響いて、ついにそれに屈した扉が詰め所の中に重い音を立てて転がる。


「……っ!?」


 銃を構えて入ってきた"人類(ジンルイ)"達は、そこに広がる惨状に声を失ったように息を呑んだ。ある者は口元を押さえてえづき、またある者はまだ形の残っている幾人かに駆け寄って生死を確かめる。

 5人、6人、7人。次々と入ってくる頭の数を、私は息を殺したままカウントしていく。8人目は入ってこなかった。金属棚の隙間から、一人だけ銃を降ろさずに鋭い視線で周囲に目を配っている個体の頭にゆっくりと狙いをつけた。ヘルメットの下に覗く耳の、ほんの少し後ろ。引鉄に掛けた指を一気に引き切る。


 たぁん、と鋭い音と共に頭がタールを詰めた風船のように弾けた。ストラップの切れたヘルメットが高く舞い上がる。


「キース!!」


 悲鳴のように叫ばれたそれはきっとそいつの個体名だろう。両脇に伏せておいたアサルトライフルを側腕で引っ掴んでトリガを引きっぱなしにして振り回す。そこかしこから真っ黒な血柱が上がって、悲鳴と怒号が瓦礫の合間に飛び散った。


「ジェーンだ!」


 そうインカムに怒鳴りつけた個体を尾で薙ぎ払う。ヘルメットごとインカムが弾けて宙を舞って、絞り出すように続いた「偽物だ」の声はそこまで届かない。だがこれでもう私は敵とみなされただろう。待ち伏せはここまでだ。撃ち尽くした銃を投げ捨てて、死体から新しい武器を補充する。

 戦闘員はあとどれくらい残っているだろうか。今夜殺した数は、きっちり20人。タイラーの話ではもう戦える者は30人程度しか残っていないということだったから、あと数人始末すればいいはずだ。念のため死体の頭すべてに銃弾を撃ち込んでから、コロニーの内部を覗き込む。深夜の屋内はほぼ明かりが無くて真っ暗だった。

 この暗闇の中を探し回るのは面倒だ。私は手近な死体の装備からフラッシュライトを抜き取った。かちりとスイッチを入れると、一条の光がまっすぐに伸びる。細い光は闇を切り裂くように、巨大な工業機械の群れを照らし出した。

 精製だか選鉱だかのための機械が立ち並ぶ合間に設えられた、メッシュ状の金属で作られた道を尾で引っ掻きながら進み始める。きぃきぃと神経に障る音が、静かに私の鼓動を高めていく。さあ来い。おいで。私はここにいるぞ。


 ──居る。気配が、息を潜めて私を探っている。私は銃口を適当な方向に向けると、無造作にトリガを引いた。ばらら、と巨大な機械の間にフルオートの発射音が跳ね回る。間髪入れずに機械の向こうでマズルフラッシュが閃いた。「馬鹿、よせ!」の怒号付き。……そこか。


 機械の凹凸に尾を引っ掛けて半円状の筐体の上に飛び上がる。戦術ゴーグルの拡張視界(オーグメント)が、視界の上に複数の赤いラインを引いた。

 連なる工業機械から工業機械へ飛び移るようにして、再び閃いたマズルフラッシュへ向かって駆け抜ける。側腕と尾の表面に弾丸が跳ねて、火花を散らした。


「来るなァァァあ!!」


 銃弾と共に向けられる声は悲鳴じみて高い。侵攻(わたしたち)が彼らを兵士に変えただけで、もともと職業軍人でもなんでもないのだろう。フラッシュライトが照らし出した武器を構える立ち姿はへっぴり腰で、点射も出来ないトリガは引きっぱなし、ろくに照準も合っていない。私はまだ撃ってもいないのに、絶叫しながら転げ回っているやつもいた。おおかた下手くその跳弾にやられたのだろう。


 フルオートの連射なんて、長く保ちはしない。弾切れの一瞬に躍り込んで、硬いブーツの先で頬を抉るように蹴り飛ばす。頬骨が砕ける感触がした。

 奥から様子を伺っていた個体には射線が通ったので点射でテキパキと仕留める。顔を押さえるようにして倒れ込んだ個体の後頭部に銃口を向けた時だった。鈍い衝撃が肩に走り、身体が大きく仰け反る。尾で衝撃を受けて、何とか踏ん張った。弾が飛んできた方向へ、側腕に抱えていたセミオートショットガンをぶっ放す。さらに別の方向から火線が弾けた。

 転がるようにして機械の陰へと身を隠す。アサルトライフルを握る手と、網目状の金属についた膝が湿った音を立てた。グローブを外して肩と腿に触れてみると、ぐっしょりと濡れている。例の薬のお陰か、痛みはなかった。ポーチから止血帯を引っ張り出して手早く巻きつける。そろりと顔を出すと、インカムの真横に銃弾が跳ねて火花が散った。手だけを出して撃ち返す。


「いい、来るな逃げろ!」


 先程ショットガンをぶっ放した辺りからしゃがれた声がした。なるほど仲間想いな事だ。尾と脚に力を溜める。一息に物陰から飛び出すと、銃を構えてそろそろと進んでいた個体に体当りする。手応え軽く押し倒したそいつの、やや幼さの残る顔面にショットガンを一発。さっき蹴倒した奴の頭にも、もう一発。

 

「……死神め」


 ひどく掠れた声が、私の背中にありきたりな罵倒を投げかけた。粘着くような殺気に咄嗟に体の軸をずらす。放たれた弾丸は私の横を素通りして、機構の隙間に食い込んだ。振り返って、間髪入れずに射手を組み敷く。側腕の押さえつけた腕の骨がめり込むように折れる音がして、ぽろりと銃が落ちた。


「よぉ、ジェーン」


 片脚を吹き飛ばされ、今しがた腕を潰されたデリックは、私を見て薄く笑った。……なんてタフなやつだ。


「タイラーはどうした」


 私は冷ややかに髭面を見下ろす。


「一番最初に死んだよ」


 デリックは、食堂でタイラーを茶化した時と同じ笑顔を浮かべた。


「なんだお前、人の名前だけじゃなくて言葉の使い方まで忘れたのか」


 違う。笑っているのは顔だけだ。その目だけは氷のように冷たい。


「殺した、の間違いだろうがよ」


 私の拳が意識せずにデリックの顔面を殴りつけた。鼻がひしゃげてどろりと血が流れ出る。それをちっとも気にしていなさそうな様子で、デリックは私を嘲笑った。


「図星かよ」


 にやけた口に拳を叩き込む。欠けた歯がはね跳んだ。脳を揺さぶるように、何度も何度も殴り付ける。そうしているうちにやがて嘲笑が止み、浅い呼吸だけが残った。私はデリックのポーチを漁って止血帯を取り出すと、膝から下を失った脚に巻きつけて無言でロッドをぐるぐる回した。

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