第7話 カプセル・ルーム
武骨な鈍い銀色の扉が、空気をこぼす音を奏でながらスライドして開く。エレベータの中に足を踏み入れると、壁面のボタンがひとりでに点灯した。
「俺たちの寝泊りする階まではコイツが勝手に連れてってくれるよ」
鬣の針が私とプロワリアに触れないようにエレベータの片隅に大きな体を縮こめたスホーカさんが、そう言って首元のチョーカーをコツコツと叩く。プロワリアは頷いた。2つの頭がゆらゆらと揺れる。
「"母船"と同じシステムですね。便利だけど……なんだか囚人みたいであんまり好きじゃありません」
「スキジャアリマセンー」
スホーカさんは首をすくめた。無数の針が壁面に擦れてきいきいと鳴る。鈍い銀色の壁面は、細かな傷で濁っていた。
「まあ"仕事"が終わるまでは俺たち労働の囚人だもん。出稼ぎってそういうものでしょ」
「まあ……そうですね」
「ソウデスネ」
ちっとも納得していないさそうなプロワリアの声に応えるように、エレベータのドアが開く。無機質な廊下は、いつもと変わらぬ感情を感じさせない冷たさで私たちを迎え入れた。前を行くスホーカさんの後を無言でついていく。
プロワリアは落ち着かない様子できょろきょろと辺りを見回した。副頭──意志を感じさせない二つ目の頭の事を私はそう呼ぶことにした──はぼうっと前を向いたままで、相変わらず独特な音を奏でながら瞬きだけを繰り返している。
突き当りを曲がって進んだ廊下には、蜂の巣のように積層する円形の扉が連なっていた。"母船"にもある標準居室だ。すっぽりと収まって眠るだけの場所。食事は朝以外はだいたい武装特急での任務中に済ませてしまうので、本当に寝に帰ってくるだけという表現がしっくりくる。
「プロワリアちゃんのポッドは……ああ、そこかな」
スホーカさんの甘く低い声が疲労に重く澱んだ背筋を撫で上げて、欠伸が一つ漏れた。ふらふらと自分のポッドに歩み寄った私を、スホーカさんの「こら」という声が呼び止める。
「マキナちゃんは、ちゃんと治療してから寝なさいよ」
私は緩慢な動作で振り返ってスホーカさんを見た。血でぱりぱりと表層が固まった顔面に貼り付けた表情だけで眠い、と主張した私を深い琥珀色の理知的な目が否定する。一度こうなったスホーカさんは手強いので、ごねるのを諦めて踵を返した。「おやすみなさい、マキナさん」と追い掛けてきたプロワリアの声に、ひらひらと手だけ振って答える。
標準居室が並ぶ区画の少し奥には、無機質な扉が並んでいる。ここは快適に暮らすための施設ではないから仕方ない事だが、デザインの欠片もない味気ない扉をよくもまぁこれだけ並べたものだと思う。私は立ち並ぶ同じ扉の一つを無造作に開け放った。あちこちをコピー・アンド・ペーストしたようなこの施設の、私に必要なものがどこにあるかは不思議と何もかもが綺麗に私の頭に収まっているのだ。
アクチュエータの駆動音が鼓膜を撫でる。無機質な機械の目が私を見つめてレンズをズームさせる音を鳴らした。
天井に取り付けられたレールからぶら下がる機械腕の集合体が、軋む音を立てながら私に近づく。両手を広げてそれを迎え入れると、機械腕はいつものように私の身を包む衣類を剝ぎ取った。すべてを剥かれた私の肌の上には、プロワリアと同じ青いチョーカーだけが残る。
空気が漏れだすような音がして、ツンとした刺激が鼻の奥をくすぐった。僅かに白濁したぬるい空気が剥き出しの肌を撫でると、体のあちこちに固まってこびりついていた血液や汗が淡雪のように溶けてなくなっていく。いつもながら原理はよくわからないが、さっぱりとして心地が良いのは確かだった。
ふと自分の身体を見降ろすと、蹴り込まれた下腹部には青黒い痣が浮かんでいた。機械腕が伸びてきて、かいがいしく淡黄色の薬を塗り込んでくれる。
勁い尾にもたれ掛かって治療が終わるのを待った。どんなに疲れていても、この尾はいつも力強さを保っているのがありがたい。
腹の処置と並行して、少し小さな機械腕が額に金属の腕を伸ばした。銃弾に浅く抉られた傷口を容赦なく処置されて、顔をしかめる。この看護機械には気を使わなくていいのがいいところだが、看護を標榜するならこっちの事は少し気遣ってくれたらいいのにと思う。
ずきんずきんと痛む額の感覚を少しでも遮断しようと目を閉じた私の背を、機械腕がつつく。だらけた姿勢を正せと言っているのだ。うんざりしながら尾にもたれていた姿勢を元に戻すと、再び伸びてきた機械腕が私の身体を覆った。
ぱっと金属の手たちが離れた後には新しい服を着せられていて、ドアの横に灯った赤いランプが緑に変わる。チーン、と小ばかにしたような音が鳴って、パッキングされている玩具のような気持ちになった。
追い立てるように背を押す機械腕に追い出されて、廊下に出る。新しい服はさらさらと心地良く肌を撫でた。さっぱりとした身体の表面とは相反するように、その奥には重く疲労が凝っている。ああ、そういえばまだ夜の分の薬を飲んでいない。
のそのそと自分のポッドに這い込むと、乱雑に丸まった布の中からカデット・ブルーのカートリッジを探り当てて咥え込む。舌の上に転がり出る丸い錠剤を飲み下した私は、黒光りする尾で身体を抱きしめるようにして丸くなると、外皮の冷たい感触に身を委ねた。
硬い外皮の感触は私の腹を蹴り込んだブーツの底に少し似ていて、脳裏にじっと見降ろす赤いレンズがよぎる。冷たい銃口が私に狙いをつけて──それから何か言っていたような──。
微かに意識を引っ掻く違和感に伸ばしかけた手を、重い疲労感が押し潰す。押し寄せてきた眠気にすべてが押し流されて、私はそのまま泥のように眠りについた。




