序章 ここは地獄の一番地
戦場に咲くのはいつだって血の花だ。屍山血河の地獄絵図。抜けるような青空の下に、赤と青の花が咲いている。
ぼたぼたと。私の腕を伝って、青い血が滴り落ちた。
クソったれの異星人ども。真っ青な血で全身を染めながら、私はそれでも歩みを止めない。殺してやる。殺してやる。殺してやる。これは生存競争だ。
相互理解も、倫理観も、憐れみも。とうの昔に捨て去った。私が動きを止めるのは、この命か、奴らの最後の一匹の命が尽きる時だ。
空に向けて哄笑する。赤と青の液体が足元で混じり合う。負けるものか。折れるものか。これは私たちの惑星だ。そう叫んだ私の体を、酷い衝撃が揺さぶった。体が回転しながら宙を舞う。体から血液を撒き散らしながら、私は赤と青の川に頭を突っ込んだ。
* * *
そこは白い部屋だった。
ピッ……ピッ……ピッ……と無機質な電子音が微かに鼓膜を揺さぶっている。
私は一、二度瞬きを繰り返した。
白色の光が目を刺すようで、瞼がちりちりと不快な痛みを伝えてくる。
起き上がろうとして、引っ張られるような抵抗を覚えた。構わずに身を起こせば、ぷちんという触感と共に何か細いものが弾けて宙を舞い、床に落ちて硬質な音を立てる。体中に貼り付けられたそれを引っ張ると、ぷちぷちと馴染みのない感触と共に無数のコードが手の中に残った。ピ────、と無機質な電子音が連続した音に変わる。
緩慢な動作で部屋の中を見回した。広い空間だ。
白に染め上げられた無機質な空間には、見覚えがなかった。
(なに、ここ)
そう呟こうとした喉はカラカラに干乾びきっていて、声とは程遠い掠れた空気の音だけが押し出される。肺が空になり、息を吸う。ヒリヒリと乾いた空気が喉の粘膜を乱暴に撫でる感触に、激しく咽せこんだ。
その動作は細い台の上に載せられた体のバランスを崩し、私は床に投げ出された。冷たい床に体を打ち付け、低いうめき声が漏れる。
くらりと頭の芯から意識が抜けていきそうになるのを、目をぎゅっと瞑ってやり過ごす。しばらくそうしていると、頭上をふわふわと漂っていた意識が手に、足に戻ってきて、私は立ち上がろうと床を掻いた。
私の体温で微温くなった床は、微かな柔らかさで手のひらを押し返してくる。膝を立て、踝に力を込めようとしたが、足は力無く曲がってしまった。仕方なく両手と膝で這い進む。
下を向いて進んでいた私は、そのままストレッチャーのような台にまともにぶつかった。上半身を支えていた手の力がぬるりと抜け、投げ出されるようにして前に転ぶ。台が揺れ、金属のトレイのような物が落ちていくつかの金属片と尖った器具を撒き散らした。
ぐにゃぐにゃとしたフォルムのトレイを覗き込む。磨き上げられた金属のそれは、その曲線に沿ってぐにゃぐにゃと良くわからない姿を映し出した。瞬きをすると、ぐにゃぐにゃの体の中で黒と茶色の影がそれに合わせて動く。
私はトレイから視線を外し、再び前進した。
ずるり。ぺたん。ずるり。不思議な柔らかさを持つ床に掌をつける音と、体を引き摺る音が交互に響く。
広い空間を横切り、扉の前にたどり着いた私はどうしたものかと頭を捻った。滑らかに閉じられた両スライド式の扉に取手のようなものはない。僅かな隙間に爪を挿し込んでみるも、伸びた爪が剥がれそうな音を立てるだけだった。
だけどなんとなく剥がれてもいい気がして、力を込めてみる。と、するりと腰の辺りから伸びてきた2本の黒光りする腕が、力強く扉を掴んだ。滑らかな銀の扉が、めきめきと音を立て始める。
そうだ、これがあった。今更のように思い出して、力を込める。めきめき。ばきばき。
銀の扉は無惨にひしゃげ、私は勢いあまって廊下に転がりでた。廊下にけたたましい音が鳴り響く。バタバタと走り回る音が遠くから聞こえた。
4本の腕で床を掻いて這い進む。逃げろ、逃げろ、逃げろと心臓が叫ぶ。身体を進める力が、腕の他にももう一つある事に気付いた。背骨から連なる勁い尾の感触。言う事を聞かない足と違って、私の意思に応じて這い進む力を貸してくれる。
突然ガクン、と進む力が止まった。体を何かが押さえ込んでいる。頭の上から、理解できない言語が落ちてきた。
「◾️◾️◾️、◾️◾️◾️◾️◾️◾️!」
「◾️◾️?◾️周波◾️、◾️、◾️◾️◾️。◾️◾️◾️」
恐ろしげな叫び声と、それを宥めるかのような優しげな声。ところどころ聞き取れる気もするが、なんだかノイズのように歪んでいた。
首を振り向けようとしたが、押さえつけられていて動かない。淡い桃色にも見える柔らかな手が、私の黒光りする腕に触れた。
優しい声が、脳を溶かすような甘さをもって耳に沁み入る。
「◾️◾️◾️◾️、◾️◾️◾️◾️◾️。◾️◾️子だね」
ちくり、と首筋に痛みが走り、私の意識は暗転した。