第九話 裏切りのイスカリオ
江羅の谷の『砦』と、ウルドゥン川の『軍勢』を撃破した遠征軍は、さらに進軍して、カルヴァリー平原へと迫った。
カルヴァリー平原に近づくと、そこには、異常に高い塔が見えてくる。その塔は雲を突き抜けるほどの高さで、最上部は地上からは見えない。
「何ですか、あれは?」
僕は、藤キチ朗に質問した。
「鬼の古代文明の塔だ。古文書によると、古の昔は、あの塔を登ると、月にまで行けたらしい」
もし、それが本当なら、あの塔は『軌道エレベーター』なのか?
鬼の古代文明は『宇宙開発』を行うまで、進歩していたということになる。
そして遠征軍が、ここまで来たところで、一匹の鬼が投降してきた。やせ形だが背は高く、三メートル五十センチほどか。
彼はイスカリオと名乗り、
「鬼ノ『首魁』ガ非道デアルタメ」
彼は人間の味方をすると、言うのだ
イスカリオの話によると、現在の鬼の首魁は『エルニーニョ』という名で、イオアンの従兄弟であるらしい。
エルニーニョもイオアンと同様に、荒野で修行をして悟りを開いた『修験鬼』だという。
そのエルニーニョは、ある日、東方から旅をしてきた三匹の『占星鬼』と出会った。
その占星鬼が、
「コノ『エルニーニョ』コソガ『聖ナル救世主』デアル」
と、語った事が噂になり、広まったらしい。
その後、エルニーニョを一目見ようと、各地の鬼が集まって来た。
修験鬼であるエルニーニョの『説法』に、鬼たちは共感して、結果、エルニーニョは鬼の『首魁』の地位に就いたという。
その後、エルニーニョは『救世主ルネサンス』と称して、カルヴァリー平原で『人類の牧畜』を始めたというのだ。
捕らえた人間を完全に洗脳して、エルニーニョを『神』であると信じさせ、他の鬼は『天使』であるとした。
人間が、食肉にされる時は、それを『天寿』であると教えて、人肉の解体作業は、天使が執り行う『聖なる儀式』だという。
「自ラヲ『神』ト騙ル暴君デス」
イスカリオは憤りを隠さずに言った。
こうして、エルニーニョは、多くの人間を飼育して『人間牧場』を運営していると、イスカリオは証言した。
また、エルニーニョは、家畜以外の人間の撲滅を計画して、殺戮部隊を出撃させる。この殺戮部隊が未来城の領内に攻め込んできた百匹の鬼だ。
現在、エルニーニョを首魁として、カルヴァリー平原に集っている鬼の数は、三百匹を超えているという。
協調性が皆無で狂暴な鬼を、三百匹以上も取りまとめているエルニーニョは、やはり『非凡な鬼』であろう。
イスカリオは自らを遠征軍の『協力者』であると主張したが、総司令の平手ユリ奈は『捕虜』として扱うことを決めた。
「捕虜デスカ。ソレハ酷イ」
イスカリオの抗議に、
イヌ千代は、
「黙れ。お前は、まだ信用できねえ」
と、凄みながら、槍の矛先を喉元に突きつける。
この日、ユリ奈はイスカリオの証言を報告書に書き記して、カラスに持たせ、未来城の城主・織田ナナ緒に送った。
鬼の三百匹は、かなり大きな集団だ。遠征軍の五百人では、やや戦力不足だろう。
ここは、一旦、引き揚げて、戦力を増強して出直すべきか。それとも、この戦力で、一気に強襲するのか。
総司令のユリ奈は、どう判断するのだろう。
「エルニーニョヲ倒セバ、鬼ノ集団ハ統制ヲ失ウ」
と、捕虜のイスカリオは言った。
「エルニーニョの居場所は?」
ユリ奈の問いに、
「カルヴァリー平原ノ付近ニアル『ティベリアス湖』デス」
と、答えた。
そのディベリアス湖の湖畔にある漁師小屋が、エルニーニョの住みかであるらしい。