第二話 かぶき者イヌ千代
先日の『鬼討伐』で、一つの問題が浮上した。
討ち取った鬼の一匹は、僕が最初に銃剣で刺し、最後はイヌ千代が背後からの槍で止めを刺した。
では、この鬼を討ち取った手柄は、僕とイヌ千代、どちらのものか。
「そんな事など、どうでも良いだろう」
イヌ千代は言った。
僕も、そう思う。
イヌ千代は『かぶき者』と呼ばれる荒武者だ。
普段から、ド派手な赤い陣羽織をはおり、喧嘩キセル(鈍器にもなる)でタバコをプカプカと吸っていた。
この手柄話に、僕とイヌ千代の当事者は興味がなかったが、
城内では、なぜか部外者による論争に発展する。
「当然、初太刀を付けた者の手柄だろう」
「いや、初太刀では、鬼は、まだ生きていた。鬼を殺したのは、イヌ千代殿ではないか」
「そもそも、背後からの槍は卑怯だ」
「卑怯というのなら、あの銃という武器は卑怯千万」
「いや、あの時は、先端の剣で突いたと聞くぞ」
城内の無責任な論争は、日増しに加熱していき、両派の意見は真っ向から対立した。
「他人の手柄話で盛り上がって、アホだな」
イヌ千代は喧嘩キセルの煙を吐きながら、笑う。
だが、論争はさらに激しくなった。
挙げ句の果てに、酒の席で足軽たちが激論を戦わせた結果、殴りあいのケンカになり、大人数の乱闘騒ぎが起こる。
もう、こうなっては『無責任な論争』では済まなくなった。
結局、城主・織田ナナ緒の御前会議で、決着が付けられることになる。
当事者ということで、僕とイヌ千代も、この御前会議に呼ばれた。
平手ユリ奈、木下藤キチ郎の姿もある。
未来城の重鎮である『武将』たちが、ズラリと並び、中央に城主・織田ナナ緒が鎮座していた。
裁定を下すのは、学者でもある、若き神官・捨アミ。彼は美男子であり、ナナ緒との関係さえ噂になっていた。
その捨アミが、イヌ千代の方を見て、ニヤリと薄笑いを浮かべる。
嫌みな者の笑みだ。
「古来より、鬼狩りは初太刀を付けた者の手柄となります」
正式な裁定が下った。これで論争は終わる。
はずだったが、
「ふざけるな!」
イヌ千代が立ち上がった。
裁定が不服だったのだろうか。
ガツンッ。
と、捨アミを、喧嘩キセルで殴り付けた。
「ぎゃあっ」
捨アミの頭が割れ、血が流れる。
「コラッ、イヌ千代!」
ユリ奈が怒鳴った。
それでも、イヌ千代は、二発、三発と捨アミを足蹴にする。
藤キチ郎が止めに入った。
「止めろよ、おい、止めろ」
なおも暴れるイヌ千代。
「てめぇ、この野郎!」
「いい加減にせんか、バカ者が!」
最後は、武将の一人である柴田権ロクが、イヌ千代を殴り飛ばして、一喝した。
イヌ千代は、この暴力事件で、城の牢屋に入れられる。
釈放の時期は、城主であるナナ緒が決めるらしい。つまり気分次第ということだ。
だが、この問題は、これでは終わらなかった。
数日後に、捨アミが死んだのだ。喧嘩キセルで頭を殴られたさい、打ち所が悪かったらしい。
この世界での『神官殺し』は重罪だ。斬首である。
イヌ千代は
「すでに覚悟は、決まっています」
と、言ったらしいが、
武将の権ロクが、ナナ緒に嘆願して、追放処分となった。
しかし、追放も重い処分だ。城からの追放ではなく、この地域一帯からの追放であった。
イヌ千代は、この先、どうやって暮らしていくのだろうか。
それに、一人で山中をさ迷い、鬼に見つかれば、即座に食われてしまう。
だが、イヌ千代は追放の日、
「すまないな、こんな騒ぎになって」
と、僕の肩を叩いた。
「いえ、僕との手柄争いが発端になって、こんな追放なんて」
「お前は何も悪くない。俺が悪い。自分の責任だ」
「ですが」
「だが、実は俺は、あんな『裁定』なんて、どうでもよかった」
「僕もです」
「ただ俺は、捨アミのが昔から嫌いだったんだ。だからカッとなってしまったのだ」
「そうだったのですか」
それにしても短気すぎる。それに乱暴だ。
「お前も後味がわるいだろうが、許してくれ、俺は、こういう男だ」
と、イヌ千代は爽やかに笑った。
そして名馬と呼ばれる赤馬に乗り、朱色の槍を担ぐ。馬に揺られながら、喧嘩キセルでタバコを吹かして、城から出て行った。