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冒険者殺人事件

 雨足早く、闇の如く深く暗い夜。目の前の道路さえも見えない雨のカーテンの中、たちまち外を出れば雨に打たれて痛い思いをする。住民は皆、家の中に逃げる。

 カエルだって屋根の下で雨宿りしていた。

 その中を傘をささずに一人の青年が歩いていた。



「おーい! 傘いるかい!」



 それを見かねた住民が傘を持ち上げて見せ、声をかけた。

 最初は、雨で視界が悪いので青年がどんな相手かわからなかった。しかし立ち止まった彼の姿が徐々に見えてくると、赤と黒の髪が見えた。



赤黒(アカクロ)髪……」



 赤と黒の髪型をしているのはこの街で一人だ。住民は持ち上げていた傘を降ろし、そそくさと家の中へ入って行った。何も言わない。彼に関わるのが嫌だからだ。

 青年は逃げるように家の中に入って行った住民を見届け、そしてさっきまで傘を持っていた住民のいた屋根の下にいる、雨宿りカエルを見つける。



「げこ」


「……フン、遠い東の島国には虫の声を聞ける民族がいるって話だが、もしかすると蛙の声もわかんのか? 俺にはわからねぇ」



 鼻を鳴らし、見下ろしていたカエルから目を逸らして、そのまま雨の闇へと姿を消した。

 明日になると雨は止んでいた。

 そして———街中で冒険者の死体が発見された。


▼△▼△▼△▼△▼


「被害者は冒険者ギルド所属の男、名前はヘレオ・ファリィー。歳は32。泊まっていたのは民宿『フロイドホテル』、誰もが知ってる宿屋だな。そこに2ヶ月ほど滞在していた」


「宿屋のもんに話は聞いたか?」


「出て行ったところを見たと言う従業員がいるが、誰かに呼ばれて出て行った様子だったそうだ。その後、被害者がホテルに帰ってくるところは見ていない」


「誰かに呼ばれて? それが犯人か?」


「まだそう決まったわけじゃないが、第一容疑者だな」



 街の入り口付近、正門の裏手にある門番の休憩用小屋。その入り口近くの道端に死体は転がっていた。

 今回の事件で駆り出されたのは王国の“第五”騎士団。国の内部で事件があった時に動くために結成された。



「被害者が倒れてた位置は、まるで門番に見つけてくださいと言わんばかりの場所。不気味だな」


「外傷は腹部に深い横一文字の刺し傷。大きさ的にハルバード……大型の斧のことだが、それが致命傷だったと思われる。死亡推定時刻はわからんが、刺された後に大量の出血をして苦しみながら死んでいったと推測される」


「ムゴいな。しかしそんなに出血したと言うのに現場に血が見えない……昨日の雨で流れたか?」


「だろうな」


「なあ、気にならないか? なんで門番の出入りする小屋の前に被害者は捨てられてたんだ?」


「わざと見つかるようにした、ってのが有力だ。なんのためなのかは不明だが」



 第五騎士団に所属する二人は面倒くさそうに首を振る。これが死体も隠された事件ならば、死体は見つからなかったとすぐに決着がつく。しかも相手は冒険者、どこかでのたれ死んだと言えば済む話。

 しかし今回は門番が発見した。蔑ろには出来ない。

 まあどっちみち、良くて二、三日街へ聞き込みして『仕事した感』を出してから、数日後に軽い葬式をあげる程度で終わるが。



「しかしハルバードか」


「冒険者がよく使う武器だ、ガタイの良い人間は大体持ってる。武器からの特定は出来ないが、しかし使う人間の限定はできる。冒険者だ」


「俺ら騎士はロングソードだからな。騎士団に犯人はいないだろう」


「とは言えな」


「つーか第五(オレら)が他の団を疑うわけにもいかないだろ。第二や第一なんかは特に」


「チッ、相変わらず下っ端扱いか。まあいい、とりあえず冒険者ギルドに行って話を———」



 何人か連れて冒険者ギルドに向かおうとしたその時、彼らの後ろからいきり立つ少年くらいの背をした団員が大声を上げた。



「いいや! 犯人はアイツだ! そうに決まってる!!」


「……カジカ、またなんだ。何を騒いでる」


「犯人だよ! 絶対そうに決まってる! こんな事するなんてぜーったいアイツだ!」


「犯人? 誰だよ」



 小柄な身体をぴょんぴょん跳ねさせながら、カジカと呼ばれた団員は言い放つ。



「ドーラだよ! ドーラ・ブラック!」



 瞬間、話を聞いていた二人の団員のみならず、周囲にいた第五騎士団の全員がその名を聞いて、顔色を険しいものに変える。

 一方でカジカは空気を読まずにさらに続ける。



「アイツはこの国の裏世界のボス! 冒険者が殺される事件だって大体はアイツが犯人じゃないか!」


「……確かに冒険者が殺されたと聞いて真っ先にアイツを想像したが」


「おい!」



 賛同しかける同僚を、強い口調でたしなめる。言われた団員は苦い顔をしてそっぽを向いた。

 たしなめた方の団員は近くにあった木箱の上に座って、腰に携えていた剣を足の間に挟むように木箱に立てかけた。そしてゆっくりとカジカに話をする。



「なあ、お前ウチの騎士団に入って何年だっけ」


「一年と一ヶ月だ」


「それでそのタメ口なのは気になるが、まあいい。それでアイツを知ってるって事はそれなりにこの国の表と裏を知ってはいるんだな」


「え? まあ、はい」


「じゃあもう二度とその名は口にするな」



 一瞬何を言われたのか分からず固まったカジカだったが、すぐに何を言われたのかを理解して激昂する。



「な、なんで!! 今回の犯人だってアイツしかいない! アイツを捕まえれば大手柄だ! 他の部所にだってデカい顔されずに済む!!」


「捕まえる? はっ、お前俺らをナメてるか?」


「そんなつもりは……」


「何年も俺らが捕まえられない相手を、一年そこらのお前は捕まえられるって?」


「おいヤメてやれ、それ言った所で何にもならねーだろ」



 今度はたしなめられた団員が逆にたしなめる。しかし木箱に座る団員は首を振った。



「コイツが現実知るためには話すしかないだろ」


「しかしこうなる気持ちもわからなくはないだろ。アイツは目立つ」


「……どっちみち冒険者ギルドの方に行って話聞く必要がある。この被害者が()()()()()()()()()かどうかをな」


「え? 魔王?」



 キョトンとするカジカに、二人の団員は付いてくるように言った。カジカは納得いかない顔をしつつも付いていった。

 着いた先は冒険者ギルドだった。



「なあ、ここにヘレオって冒険者がいるはずだが」



 ギルドに入って騎士が尋ねると、すぐ近くにいたウェイトレスが受付カウンターまで案内してくれた。そしてカウンターにいたゴツくて体の大きな女性は、騎士たちに一瞥くれるとつまらなそうにタバコをふかした。



「いる、じゃなくて、いた、でしょ? 今朝殺されたって?」


「耳が早いな」


「アンタらが疑ってる奴からの情報だ」


「……ドーラか」



 確かめるために団員の一人が口にした。その名を聞き、周囲にいた冒険者達は何人か怯えて震え上がり、何人かはその場からすぐに立ち去った。逃げるように。

 カジカは話についていけていない。



「ど、どう言う事だ? なんでギルドのオバチャンのとこにドーラから情報が?」


「そりゃ真っ先に疑われると簡単に予想つくんだし、先に手ぇうっただけでしょ。それからアタシはアリィー姉さんと呼びな、若造」


「アリィー姉さんはなんでアイツのことを?」


「ふん、冒険者ってのは生きるか死ぬかでね。明日死ぬかって時に正しいことばっかしてられないのさ。裏にだって顔がきく奴らもいるし、アタシも裏に世話になったことあるからね。繋がりは簡単さ」


「だったら今ここに連れて来られないか! ドーラを!」



 周囲が一斉にどよめき立つ。

 アリィー姉さんは一瞬固まり、そして付いてきている二人の団員の方へと目を向ける。



「冒険者以上の命知らずを飼うとは、王国も立派になったもんだね」


「はあ……言葉を尽くすのも面倒でさ」


「それだからアンタら第五は他の部所にもナメられてんじゃないの?」


「カンケーないだろ」



 乱雑にタバコの火を消し、アリィー姉さんは頬杖をついてカジカを見上げる。



「さて若造」


「俺はカジカだ」


「そうかい。それで若造、ドーラを出せとの事だが、アタシじゃ役不足だ」


「え?」


「ギルドマスター程度じゃあ会えないって言ってるんだよ。ふん、会えてたら今頃アタシは国の騎士団にとっ捕まって居場所を吐き出させられてる頃だ。アイツにはもっともっと闇に潜らなきゃ簡単には会えない」


「じゃあなんで情報が姉さんトコに?」


「その繋がりも教える気はないよ。けどそうだね、方法がない訳じゃない」


「本当か! 教えてくれ!」


「ただ一つ聞きたい、アタシもアイツに恩がないわけじゃない。お前はなんでアイツに会おうとする? アタシらみたいな冒険者は死んだ所で大した捜査もされない、死んだら死んだでハイおしまいの待遇さ。だったら余計な藪蛇突かないで、適当に片付ければ良い。それに今回のことはアイツが犯人と断定できた訳じゃない」


「なにを、言ってるんだ? ごちゃごちゃと」


「あん?」


「その藪蛇突いて暴くのが俺らの仕事だ。この国の誰かがやったらヤバいんだろ? じゃあ俺ら騎士団がやらずに、誰がやるんだ」



 強い意志と、小さな手でも力の籠った握り拳。

 カジカの決意は本物だ。

 アリィー姉さんはその覚悟と正義に舌を巻くが、同時に悲しさを覚えた。



「アイツと関わるならアタシもどう転ぶかわからない、それでも進むかい、カジカ」


「ああ、誰もやれないなら、やれる俺がやる」


「待て! それよりも先に聞きたいことがある!」



 カジカを押し除けて、同僚がアリィー姉さんの前に出る。



「なんだい」


「被害者となったヘレオ・ファリィーは魔王を目指していたか?」


「……ああ、昨日魔王を倒しに行くと息巻いていたさ」


「……だったら動機として十分だな。カジカ、話が変わった。お前の疑う相手は最有力容疑者だ」


「え?」


「アリィー姉さん、アイツと会える方法ってのは?」


「別に難しいことじゃない。裏路地や建物の影なんかの暗がりにいれば、そのうち向こうからやって来る。アンタらが本気でアイツと会いたいのならね」



 団員はそれだけ聞くとアリィー姉さんに礼を言って、カジカを引きずってギルドから出た。そして言われた通り人気の少ない暗がりを目指す。

 そして手頃な場所を見つけ、キョトンとしたままのカジカに団員は話をする。



「いいかカジカ、知ってるかどうか、ドーラは魔王を自称している」


「ええ? でも魔王は国から離れた場所に城を」


「ああ、存在する。けれど奴は魔王を自称する。そして魔王に挑もうとする奴を狙って襲うんだ」


「襲う? まさか今までの冒険者が死んだ事件にドーラが関わってた理由って」


「死んだ事件だけじゃない、死ななかった事件にも多数関わっている。というかアイツが主犯だしな」


「じゃあなんで捕まえられなかったんだよ!」


「それはアイツが———」



———アンタらがアリィーんとこに来てたって騎士の連中か。



 唐突に青年の声が聞こえた。よく通る声だった。

 いつのまにかすぐそばに赤黒(アカクロ)髪の青年と、もう一人ノッポで牛の骨の被り物をして全身ローブで身を包んだ正体不明の謎の人物が立っていた。



「わざわざ名乗らなくていいよな」


「……ドーラ・ブラック」



 裏世界のボスのお出ましだ。

 顔を一目見ると“なぜか印象に残る”。凛々しさに怪しさを含んだ顔つきをしていて、身なりはポケットが沢山付いているジャケットとズボン、色は全体的に赤っぽい。

 堂々とした佇まい、その辺にいる同年代や年上の人間とは一線を画す存在感だ。



「で? 何が聞きたい、カジカ君」


「俺の名前……」


「ま、待て、まず隣のその背の高いのは誰だ」



 異様な雰囲気を醸し出す牛の骨の被り物をした謎の人物。男なのか女なのかもわからない。



「やめとけ、名前を知ればお前らはこの国から消える事になる。詮索もよしとけ。ま、俺の護衛とでも思っといてくれ」


「そ、そうか」


「で? 何の用だ。今朝の犯人の身柄が欲しいなら大金払えば渡せる」


「え? も、もしかして犯人知ってるのか?」


「そりゃそうだろ、見てたし」


「見てたし……? 殺害現場を見てたのか⁉︎」



 ドーラはポケットからタバコを取り出すと、炎の魔法を使って火をつけ、吸い始めた。



「な、なんで止めなかったんだ!」


「んー」



 タバコを咥えたまま、ダルそうにするだけでまともな返事をしない。

 カジカは同僚二人の制止も聞かずにドーラに詰め寄る。すると牛の骨が間に入って止めた。

 異様な見た目の相手に怯んで思わず足を止めてしまうカジカだったが、それでも怒りが収まらない。



「お前が止めてればヘレオって冒険者は死ななかった!」


「だろうな」


「だったらなんで!」


「止める“余地”がなかったってところだな」


「余地?」


「表の人間のやる事だ、余計な茶々入れると面倒だったからな」


「……表の人間?」


「犯人は表の人間⁉︎」



 同僚は驚いた。

 ドーラの言う表とは裏世界とは真逆の、街に住む人々のこと。その中には騎士団も含まれる。

 タバコの煙を吐き出し、ドーラは静かに話し始める。



「昨日の夜、強い雨だったな。まるで空から槍が降るような誰も外に出たがらない天気だった。止んだのは日が変わる頃だ。昨日のうちに民宿を出た人間が、次の日の門番が出勤する四時ごろに発見された」


「死亡推定時刻はその間だ」


「血や匂いも残らないよう雨の日に殺害され、それでも門番に簡単に見つかるような位置に捨てた死体。そっから導き出されるのは計画的な殺害、で、その計画の狙いは俺だ」


「そ、そうか、魔王を狙う冒険者ともなればそれを狙うのはお前くらいしかいない。だがそれを利用して、お前がやったように思わせたのか」


「はんっ、ちゃちなケンカ売られたもんだなとつくづく思うわ。まあ俺を狙った行動なんぞこの国でちょっとでもその気を見せればすぐに俺の耳に届く、だからアイツが冒険者を殺してるところを実際に見た」


「なんでその場で捕まえなかったんだよ」


「アイツは立場のある表の人間だ。俺が手ぇ出せば面倒な展開になるからな、アイツが生きた記録ごと消し去る準備が出来るまでは放置しようと思ってたが……お前らが動くなら話は別だな」


「アイツってのは……」


「第二騎士団のシュレ・ゲール」



 第二騎士団、と聞いて同僚二人は眉間に皺を寄せる。

 第五は国内で起きた事件を解決するために動く騎士団。そして第二騎士団はそれ以上の規模の、国内での警備と守護を担っている。だから第五は第二に事件のあらましを伝える義務があり、手柄を横取りされることもしばしば。

 だから第五に所属する団員達は下っ端扱いをしてくる第二が嫌いだ。しかし立場上逆らえない相手。



「ゲールって言うと狡賢さで有名ないけすかねぇ野郎だ、第五(ウチ)の何人かもアイツに手柄横取りされてた」


「カジカ、どうする? 犯人がアイツだとすると面倒だぞ」


「……いや、その前に確かめるべきことがある」



 カジカはドーラを睨む。



「お前のそれは本当の事か? 俺たち騎士団を貶めようとしている嘘なんじゃないのか」


「そう思うならご勝手に。だがゲームはもう始まってるぞ」


「ゲーム?」


「言ったろ、ちゃちなケンカ売られたってよ。だったらこっちもアイツをこの国から消すだけだ。なんなら手に釘打って、街の中心で磔にして見せしめにしてもいいがな」


「だ、ダメだ!!」



 呼吸が乱れながらもカジカは大きな声で否定した。



「ゲールはきっちり俺らで裁かなきゃ! じゃないと俺らが騎士団にいる意味がなくなる!」


「ほう? 第二のやつを捕まえられるのか?」


「捕まえるに決まってんだろ!」


「ふぅーん……アリィーが気にいる訳だ」



 タバコを消して携帯灰皿に捨ててポケットにしまうと、ぶっきらぼうに体を反転させ、カジカ達に背を向けた。牛の骨のノッポも同じように去ろうとする。



「ま、待て! どこに行く! さっきの話が嘘か本当かまだ証明されてない!」


「ゲームは始まってるんだよ。俺かお前、どっちがゲールを捕まえられるかの勝負だ」


「ま、真面目にやれよ! 人が死んでんだぞ!」


「知ってる」


「いい加減にしろ!!」



 思わず、怒りのままにカジカは剣を抜いて切り掛かってしまった。同僚達は血の気が引く。



「ま、待てカジカ! そいつが捕まえられない理由は———」



 切り掛かったカジカに、牛の骨がすぐさま対処しようと体を動かしたが、それより先にドーラが走り迫る。そして剣を持つカジカの腕を横から叩いて、剣の軌道をずらし、足払いをしてこかした。

 ガシャン、と鎧を着たカジカが地面に倒れる。



「か、カジカ!」


「そいつは、強いんだよ! 誰も手ぇ出せないくらいに!」


「ぐ、うう……な、なんで、なんでそんな強いんなら、もっとこの国のために……」



 ドーラは無表情でジッとカジカを見下ろしたのち、ふいに踵を返し、また立ち去ろうと歩き出す。しかし途中で足を止めて、首をかきながら振り返る。



「まあでも、そうだな、一つアドバイスをしてやる」


「え?」


「俺がどれだけ裏で偉くなろうが、表には融通が効かねぇ。だが同じ騎士団のお前はどーだろーな」


「っ!」


「急げよ」



 そう言ってドーラは姿を消した。ずっと去っていく背中を見ていたのに、突然、ドーラも牛の骨もかき消えた。

 カジカは握り拳を使って決心して立ち上がり、走り出した。同僚達は足がすくんで追いかけられなかった。一人でカジカは第二騎士団の詰所に飛び込んだ。



「ゲールはいるか! 第二騎士団のシュレ・ゲールだ!!」



 ざわめき立つ第二の騎士団員達。集まった彼らは戸惑う。



「君は確か第五の新人だったよね? ゲールさんに何のようなんだい?」


「まずはあの人が出てくる意思を見せてもらいたい! 第五の俺が呼んでいる意味がわからないのなら別だが!」


「何を言っているんだ。早く出ていかないと……」


「待て」


「ゲールさん?」



 集まった第二の騎士団員達をかき分けて、顔の細長い人物、シュレ・ゲールが姿を現した。カジカの前に立つと背の低いカジカからすれば巨人のように思えるほどの身長差だった。

 しかしカジカは決して怖気付かなかった。



「ゲール! アンタに冒険者ヘレオ・ファリィー殺害の容疑がかかっている!」


「な、なんだと⁉︎」



 ゲールは目に見えて動揺したが、すぐに気を取り直して胸を張る。



「な、何を言っているのかわからないな。そもそも君は言葉遣いがなってない! 私はここ12年の大ベテランだぞ!」


「だからなんだ! だったらアンタがヘレオを殺していない証拠を見せてくれれば敬語にしてやるし、靴を舐めてやる!」


「さっきからなんなんだ! みんなの前だぞ、普通こう言うのは取調室に行って……」


「本当はそうしたいが、急いだほうがいいんだよ。アンタのためにも」


「はあ?」


「まず一つ目、昨晩アンタは何をしていた!」



 指を差されて、ゲールは周りにいる同僚達の顔色を伺い、咳払いをして気を取り直す。



「昨晩? はて、昨日は雨だったから自分の家にいたよ、それがなんだね」


「それを証明できる人物は」


「独り身でね。それにプライバシーもあるんだ、誰しもに自分の生活を覗かせるような趣味はない。ああ、昨日の雨はすごく強かったから目の前が見えない。だからそれも手伝って誰かに見られていたと言う事はないだろうね」


「なら二つ目、今回の事件を知っていたか?」


「これでも忙しい身だから第五の面倒見るほど暇はないよ」


「三つ目、ヘリオという人物に心当たりは?」


「さっき君が言っていた人だね。冒険者という……だからなんだね。会った事もないし聞いたのは君の口からが初めてさ」


「四つ目!」


「まだあるのかい! いい加減にしてほしい!」


「ドーラ・ブラックを知っているか!」



 その名を出した瞬間、第二騎士団達の顔色が変わった。一斉にざわめき立つ。

 しかしゲールだけは少し眉を動かしただけで、冷静に答える。



「ああ知っている、裏社会のボスだ。確か魔王を自称している不届者だね、本物の魔王に挑もうとする人間を襲っている狂人さ」


「し、知ってるのか」


「そりゃあベテランだから。それよりもういいだろう、今回の事は第五の上層部にも伝えておこう。減給ならまだしも、もしかしたら遠い遠い僻地に転勤となるかもね。新人の身でそんな場所に行けば、その地にいる人々に何をされるかわからないな」


「……そう、ですね」


「おや敬語、負けを認めたかい」


「負け、というよりかは……ゲール先輩に聞きたいのですが、なぜ、ドーラは魔王への挑戦者を邪魔するような真似をしてるんですかね。そこの理由がわからず捜査も難航していまして」


「ほお? なんだねそんな事かい。それは奴が魔王の代わりをしているからさ」


「魔王の代わり?」


「なんだ昔に魔王に挑んで、それでボロ負けした過去があるようで。だから魔王に挑もうとする者達の前に立ち塞がっては、魔王として実力を測っているという話さ」


「だからドーラはヘリオを殺したんですか」


「そう言うことになるな。彼も魔王討伐を志していた、狙われて当然だろう。というかもういいかい、みんなもこの子を第五に帰してあげよう。それにここでドーラの名前をポンポン出されると不味いのは私たちだろう? さっさと追い出した方が身のためだ」


「……いいえ、その必要はありません。自分から出ます。やる事ができましたし」


「やる事?」



 カジカはゲールと第二騎士団に背を向ける。



「ドーラを捕まえます」


「え?」


「アイツは殺しをした疑惑がある、だったら捕まえるのが騎士団の務めです」


「ほ、本気か? 裏世界のボスだぞ!」


「関係ありません。俺はただ、この国のために働くだけです」


「そう言って消えていった者が何人いると思ってる! 君も消されるぞ!」


「アイツの所業を知って黙って指咥えてる方が何倍も嫌だ! だったらやられたっていい、アイツを捕まえてやる!」



 そう言ってカジカは足早に第二騎士団の詰所から出ていった。

 ゲールはそれを慌てて追いかけて肩を掴む。



「ま、待て! それだったら私も協力———」


「———ゲームオーバーだ、カジカ」



 出たところでドーラが待ち構えていた。牛の骨の被り物をしたノッポの人物はいない。一人だ。

 その姿にゲールは悲鳴をあげる。そんな彼を庇い、背中に隠してカジカはドーラを睨む。



「やっぱり、お前なんかに聞いた話を信じる方がどうかしてた」


「こういうの、嘆かわしいって言うのか? ソイツの話を信じるっつー事は、ずっとそうやって庇い続けるつもりか? 俺はこの国のどこにだって現れる。隠れる場所なんてねーぞ」


「ああ、守る」



 強い意思でカジカはゲールを庇う。

 その意思に揺るぎはなかった。ドーラはつい口角を上げるがすぐに戻し、面倒くさそうにタバコを取り出した。



「いいかカジカ、俺はソイツが死んだ冒険者を殺したところをこの目で見た。表の世界の証明なんていらねぇ、売られたケンカを買って殺す。それだけだ」


「ヒッ!」



 怯えてゲールはカジカの後ろに縮こまって隠れた。



「ダメだ。この人はお前のことを知っていた、その上で冒険者のヘリオは知らないと言っている。だったらやったとは限らない」


「ん?」



 その時、ドーラはカジカの話のおかしい所に気づいた。



「へっ、それで俺がやったってなるのは短絡的すぎやしないか」


「そうかな。お前は魔王に負けた事で、魔王に挑もうとする者達の実力を試すようになったと聞いた。魔王を自称して。酔狂にしか聞こえねーよ」


「だったらなんだ? これは俺の努力だ」


「何が努力だ! 人を殺す努力なんて」


「それは違うな。努力ってのは楽しまなきゃ努力じゃない、楽しくない努力は続けられないからな。だから俺は戦うことで楽しみながら努力してるんだよ」


「なんのための努力だ!」


「……さあ、なんだろうな。忘れちまった」



 ゆっくりとタバコをふかす。

 カジカとドーラが問答を続けるうちに、ゲールには心の余裕ができ始めていた。



「お、おい! お前は冒険者殺害の容疑がかかっている! 今すぐ捕まえてやるからな!」


「よく言うぜ、心傷まねーの」


「おい君! アイツは一人だ! 二人がかりでやれば倒せるはずだ! 腰にはちゃんと剣があるだろう? 君がまず切りかかる、その隙に私も近づいてアイツを切る! それでやつを———」


「何を言ってるんですかゲール先輩。いや、ゲール」



 突然口調が変わったカジカに、目を大きくさせて固まるゲール。驚いた表情のまま固まったゲールにカジカは真正面から向き合う。



「誰が動機も定まらない相手に切り掛かるかよ、やっぱアンタ尊敬に値しないな」


「な、なんだ⁉︎ どう言うことだ⁉︎ 君はアイツを捕まえると」


「捕まえるさ。でも捕まえるには証明が必要だ。そのためには動機がなんなのか聞く必要があった。でもその前に切り掛かるとは、何を考えてるんだアンタは」


「ど、動機って……それは魔王に挑もうとしてる奴を」


「どうしてヘリオが魔王に挑もうとした事を知ってるんだ、アンタが」


「———あっ」



 後退りし、動揺して目を泳がせるゲール。しかしすぐさま切り返す。



「そ、それは有名だったからだ! ヘリオって冒険者が魔王討伐を志していると有名だったから! 第二のみんなも知っているからな!」


「第二の詰所でふんぞり帰ってるアンタの耳にも届くほどに有名だったと? それで彼を計画に組み込んだ。ドーラを貶めて捕まえるために。狙いは……手柄を上げることか、残念だがその気持ちわかるよ」


「は、はあ? な、何を言ってるのかさっぱり……」


「そういえば五つ目の大事な質問がまだだったな」


「え?」


「ドーラに狙われてるアンタは、ここで自供してお縄につくか、それともこのままドーラに狙われ続ける人生を送るか。どっちがいい? そう言えばドーラは言っていたな、街の中心に磔にすると、手に釘を打って」


「ヒッッ!」



 すぐそばでタバコをふかしているドーラの方を見て、ゲールは青ざめた。

 しかしカジカは、怯える彼の肩に手を置いた。



「けどこの質問は正直なところ脅迫でしかない。そんなことでアンタを捕まえたくはない」


「え?」


「だから潔く自首してください。ゲール先輩。凶器に使った武器もどこかにあるのでしょう? それを持ってきて、自首すればあなたの誇りは無くならない」


「き、君は……」



 ドーラはそこでカジカの狙いを明確に察する。なんでやってるかどうかを聞いてなかったのか。それはゲール自身の方からやったのだと自供してもらいたかったからだ。



「お願いです、この国の正義を貫きたいんです」


「……………」



 顔を俯かせて、唸る。

 そして次の瞬間、カジカは不意をつかれゲールに剣で切られてしまった。飛び散る鮮血。



「ぐあっ! げ、ゲール!!」


「は、ははは! バカ言え! 冒険者のクズ一人殺したくらいで捕まってたまるか! ここでコイツを捕まえれば全てが上手く行く! そうだろうが!」



 カジカを押し除けドーラに切り掛かる。



「や、やめろ! ゲール!」



 振り下ろされるロングソード。

 それに対してドーラは吸っていたタバコを指で弾いて飛ばした。それはちょうどゲールの右目に当たり、目を閉じてしまう。

 閉じた方の右目の死角に隠れるように体を横に倒し、剣を躱しながら、横から腹に向かって拳を突き出す。めり込んだ拳はゲールの肋骨を粉砕した。



「ぎゃあああ!!」



 痛みのあまり、剣を落として転がるゲール。

 ドーラは素早く動き、転がったゲールの右腕を捻り上げてから引っ張り、ゴキリと簡単に腕を折って見せるとそのまま後ろ首を捕まえて、持ち上げてどこかに連れて行こうと———



「俺の命を売る!!」


「あん?」



 素早く、それでいて迷いのない流れるような所作でゲールを闇に引き摺り込む寸前、カジカが地べたに這いつくばりながら懇願した。



「頼む! 殺さないでくれ!」


「……お人よしもここまで来ると狂気だな」


「俺は昔、この国の騎士団の総司令官に命を助けてもらったんだ! 全部の騎士団をまとめる大リーダーだ! その人に憧れて俺はここにいる! だから間違った事はできないんだ! 死んでも!!」


「それならもっと落ち着いた精神を作る事だな、簡単に命を差し出す騎士がどこにいる。戦え」



 落としたタバコを拾って、消えた火を魔法で灯し再び吸い直す。大きく吸い込み、大きく煙を吐き出した。

 そしてゲールの腹に鋭い蹴りを入れて気絶させた。



「……好きにしろ、ただ俺が迷惑こうむるような事態になればお前の命ごと消しに行くぞ」


「ど、ドーラ……」


「あと俺の名前はあんま口にすんな。呼ばれる度、その情報が飛んできてちょっとウゼーんだよ」


「くっ、れ、礼は言わねーぞ」


「いらねーよ。ふん、じゃあな、正義のヒーロー」



 その後、カジカを追いかけられなかった同僚の二人がゲールの家を捜索して、凶器となったハルバードを発見した。カジカが聞いた証言も相待ってゲールは投獄が決定。

 しかし牢獄に入れられる前にカジカが騎士団の上層部に掛け合って、情状酌量の余地を作り、結果ゲールは僻地へ送られることになった。

 カジカも同行して———



「……それで、ドーラ様」


「ん?」



 ゲールの追放にカジカが同行して、二人が馬車を引いて街を出ていくのを建物の影から見ていたドーラに、ノッポな牛の骨が話しかける。その声は女の子のようで、鈴の音のように高かった。



「結局のところあの殺された冒険者はどうするつもりだったのでございますか? 魔王討伐を目指していた事は当然耳に入ってたはず、ならあなたの裁量は」


「聞いてどーすんの」


「いえ、ちょっと興味が」


「んー……」



 煙をふかしながら、考えるが、ドーラは特に理由が思い浮かばなかった。



「そうだなー、殺したかもな。アイツが死ぬって運命は変わんなかったかもな」


「嘘ですわね」


「そう思いたきゃ思えばいい。それより、また別の阿呆が魔王に挑むと豪語してるらしい」



 再びドーラは闇の中に消えていく。自分を噂する声が聞こえた、ならばドーラは国のどこへでも現れる。



「魔王事業も大変だねぇ」


「やらなきゃいいですのに」

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