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長く暮らすと変化もするとおもう

作者: 華嵐三十浪

玄関から孫の声がする。

しかし、その音を出すのは。。。。。




ホラーを期待してたらすいません。

 ここ数年は、気温の急変や季節の変化などが語られている。

健康を脅かすような気温が続く猛暑が続き、そこから急激に寒くなるなど、確かに今まで慣れ親しんだ気候からは考えづらい日が続いている。

 長く生きている私たちのような年寄りには馴染みがない季節だ。十年一日とはよくいうが、同じようなことばかりでは季節自身も飽きてしまうこともあるのだろう。気候の変動も、季節の気晴らしと思って変化を受け入れるしかない。でも、人とはしぶとく暑いの寒いの言いながら、馴染みのない季節にも三日ほどで慣れてゆき、不平不満を言いながら日々を暮らし続けている。


「ふー、暑くなくなったと思ったら、急に寒くなるのね。」

季節の変化を楽しむ間も無く、急に温度が上がり下がりするのは年齢的にきつくなってきている。謙遜でも卑下でもなく緩やかな衰えを感じている。

「。。つるべ落としだけは、そう変わらないね」

 ふと、外を見ると刺すような日差しが、いつの間にか朱けに染まり宵を引き出そうとしている。この調子では、顔を伏せている間に宵が闇になるだろう。

 さて、ご飯を炊いておこうかしら。ぼちぼちあの子達が帰ってくる。

孫たちが小さい内に娘夫婦と同居を始め、役に立つ内は、などと思っていた。

 でも、もうすでに孫は人の手を借りずとも日々を暮らしていける年齢になった。

生活様式も食生活も、年寄りと同じとはいかなくなり、夕飯の支度をしなくなった。しかし、米だけは炊いておくのが習慣になっている。結構面倒だが、自分のためでもある。

 娘や孫が買ってくるハンバーガーやらピザやら期間限定なんとかを、以前ほど美味しく感じなくなったためだ。

 若い頃は、今までの日本食にはないハイカラな味を楽しんで好んでいたが、いつの間にか子供の頃から慣れ親しんだ食事に戻っていた。

「一周して戻ってくるものなのかしらね」

だからと言って、娘や孫の嗜好や食生活を規制する気はない。自分が一周して戻って来て、慣れ親しみを再発見しているだけなのだから、周回途中の若者にはその過程を楽しむ権利があるはずだ。

 家族がピザやらを食べてる隣でお茶漬けを食べるのも、そう悪くないと感じている。これも、自分の経験でしかないけれど。


「おーばーちゃーン〜」

米を研ぎ終わると、辺りは朱よりも群青色から紫のグラデーションの方が濃くなりつつあった。

そんな中、玄関から、なんとも間延びをした呼びかけが聞こえて来た。

「あら、やだあの子、また鍵を忘れて」

総領の甚六という落語が頭をよぎる。

 まぁ、あの子は女の子だから甚六子か。。。

初孫で手をかけ過ぎたためか、今でも呑気な不注意が多い。よく家の鍵を忘れるのもそのせいだろうか。

「おばぁ〜ちゃ〜ん。あーけーテー」

 はぁ、少々のムカつきと諦めが混じったものが口をついて出る。

何度も注意をしたのに、と思ったが、勝手に庭の縁側から入ってこなくなっただけマシかと思い直す。

「あーケーーてーぇ。おばああちゃぁん」

玄関に向かうのが少し遅くなってしまったためか、間延びした声が引きずるような音程を奏でている。お調子者な甚六子らしいと呆れつつ玄関へと向かう。その間にも、解錠を乞う声が聞こえてくる。

「はいはい、自分が悪いんだから少しくらい待ちなさい」

少々わざとらしく渋い顔で玄関を開けた。

そこには、はち切れんばかりの笑顔の甚六子が立っていた。

「おーばぁーちゃん。たーダいまーあ」

「はいはい、いい加減にしてね。もう、次は開けないからね」

もうすでに、幾度くり返したかわからないやり取りをする。甚六子は気まずいのか、終始ニヤニヤと恥ずかしそうにしているだけだった。

 この子でも、少しは悪いと思っているのかしらと、思い中へ入るように促した。

「カメムシが入るから、早く入りなさい。手を洗ってきなさいよ」

「はあいィ」

返事とともに玄関が閉まる音がしたので、すぐ背を向け台所へと戻った。

 後ろで、バサリとかパタリとか動くたびに物音がする。間延びしてるくせに騒々しい子だと呆れてしまう。


 ピョーロ〜リーピープッブ

炊き上がりを知らせるには不似合いな音で炊飯器が米の炊き上がりを示す。

家電が便利になったのはいいとして、何故娘が買い求めてくる家電は、変な音で出来上がりを知らせるのだろう。安さを求めるからだろうか?

まぁ、こんなものに正解不正解があるわけじゃないのだけれど。。。。どうしてもおかしな音に思えてしまう。

「ただいま〜」

甚六子の下の子が帰ってくる。

炊飯器にかけた手をおろし、たまたま、立っていたのでついでよろしく玄関に出迎えに行く。

「おばあちゃん、お母さん帰ってるの?」

「お帰り嗣子。なんで?帰ってないわよ。」

「玄関に傘が落ちてた」

嗣子は、落ちていた傘を拾い持ち上げてみせる。

「あら、日傘。出しっ放しだったかしら?」

「お姉ちゃんかな?」

「あ〜、あの子かな?」

「。。今度勝手に使ったら、アルゼンチンバックブリーカーって言われてたのに」

嗣子は呆れ顔をしていたが、調子のいい顔で笑う甚六子を思い出しているのだろう。

甚六子は今までに何度か、勝手に母親の日傘を持ち出し怒られていたことがあった。

「懲りない子ね」

嗣子と私で呆れていると、急に玄関の外が賑やかになる。

「素直に謝りなさいよ」

「いや!アルゼンチンバックブリーカーって!」

「お母さん腰が悪いから、アルゼンチンバックブリーカーなんて高度な技使えないから。それに自分が悪いんでしょ?何度目?」

どうやら、婿殿と甚六子らしい。

なにやら話し込んでいて、なかなか家に入ってこなかったので嗣子が玄関を開ける。

「お帰り。おとーさん、お姉ちゃん」

「ただいま」

嗣子が玄関を開けた途端、甚六子が飛び込んできて母親の所在を嗣子にたずねる。

まだ帰宅してないと知るや、あからさまにホッとした顔をした。

「どうしたんですか?」

私は苦笑いをしている婿殿に、甚六子が妙な顔をしている理由をたずねた。

「いえ、自分の日傘を使わずに玄関に出してあった、お母さんの日傘を持って出たらしいのですが。。。」


 今朝、常々使用禁止を言い渡されている母親の日傘を持ち出したらしい。

そして、帰宅の途につき最寄駅で日傘の紛失に気が付いた、という次第だった。

自分に日傘を持っているのに、出すのが面倒だからという理由でそこにあった日傘を持って出たらしい。   まぁ、そりゃ怒るわよね。

「あー、アルゼンチン」

嗣子は軽やかに甚六子の処遇を呟いた。

「うん、アルゼンチン」

納得がいったような顔の婿殿。

刑を実施されるかどうかは別にして、私を含めこの場の皆が処遇が行われることに納得せざるを得なかった。

「いや!学校出る時は持ってったんだって!まだ、陽がきつかったから!」

甚六子は言い訳にもならない成り行きを言い散らすが、結果が覆ることはない。

「じゃあ、電車の中?駅の落し物センターに連絡してみれば?」

婿殿が、当たり前のような対策を示す。

 甚六子は慌ててスマホで落し物センターを検索し出した。落し物をたずねることもしていなかったらしい。 アルゼンチンバックブリーカーがどのような刑罰を示すのかは知らないが、拳骨の一つくらいで反省して繰り返すことがなければ、今日に至らないだろうと思った。

「お母さんの日傘結構古かったから、ゴミになっても落し物にならないんじゃないかな?」

当事者ではないのですごく冷静な嗣子の意見に、婿殿は静かに頷いていた。

「ごめん、忘れ物からゴミに変化したら、私立場がますます悪くなる一方なんですが」

「どちらにせよ、使うなって言われたものを無断で持って出て無くした、あんたが悪いんでしょ」

「グーの音も出ません」

自分の身の上を心配しているのか、一応は反省しているのか、甚六子は終始うなだれていた。


「ていうか、嗣子が持ってるのってお母さんの日傘じゃないの?」

ふと、婿殿が下の子の手元を指差す。

「あーー!!!」

大きな声を出して日傘に触ろうとしていた甚六子を、嗣子はさらりとかわす。

「なんで?家に?」

驚いて目を見開く甚六子を尻目に、嗣子は日傘を確認して傘立てに戻した。

「お姉ちゃん、家から何持って出たの?」

「ビニール傘でも持って出たんじゃないのか?」

「いやぁ、日傘を。。。。。」

 呆れ顔の私たちを他所に、甚六子はしばらく日傘は持って出たはずだ。と、不思議がっていた。

しかし、無くしたはずの日傘は目の前にあり、玄関の傘立てに今しがた戻された。現に、家族と張本人が目にした事実は、疑いようもない。

 そうなると、日頃の行いがものを言ってくる。どう頑張って主張しても、うっかり者の勘違い。に、しかならなかった。

 甚六子はしばらくの間、おかしいおかしいをつぶやいていたが、傘立ての中の日傘は搔き消えることもなく当たり前のように存在し続けた。

 いくら不思議であっても、いつまでも玄関で賑々しく騒いでいるわけにいかないので、私は帰宅した3人に家に上がるように促して台所に戻った。


「あ、そうそうご飯炊けてたのよね、仏様にご飯を。。。。」

 あれ?私。。。。。

ご飯が炊けた時に誰かを。。。

いや、お米を洗っていた時?

あー、え、家族は娘、婿殿、甚六子、嗣子。。。。。だったわよね。。。4人出かけて4人帰って。

 私は、あわてて今朝からの記憶を遡ろうとしたが、どうしても昼以降の記憶が混濁する。

なんだかおかしいのに、そのおかしな部分へと思考が到達しないのだ。

 忘れているわけではないはずだと、何故か眉間に力を込める。眉間に力を込めたからといって、ビームも出ないし記憶もはっきりしてくるわけではない。

おかしいなぁ。と思っているうちに玄関から声がした。

「ただいまー」

娘が帰ってきた。なぜか、脳裏にやれやれという文字がよぎる。。。。。

私は、そのやれやれという文字に、湧き上がる疑問がついてくる感覚を覚えた。が、そういえば、私なんで立ってるんだろう?

娘の声に反射的に体を翻した瞬間、なぜ、自分がその場に立っているのか、何に対して呆れや疑問を感じたのかを思い出すことができなかった。

 普段から老いはどうあがいても否定できず、立ち上がった瞬間に用事を忘れることも多々あった。しかし、今の記憶の忘却は、頭の中から綺麗さっぱりと記憶を掃き出されたような感覚があった。

ふと、立ち止まりはしたが、そのまま自然と足が玄関へと向かう。

「お帰り」

「お母さん。ただいま」

娘は、疲れたーと言いながら上着を脱いで洗面所へと向かう。


 あれ、私何しにきたんだっけ?わざわざ、娘を出迎えなくてもいいはずなのに。。。

「あ、仏様にご飯を」

ふっと、思考の隙に入ってきたミッションを思い出した。

やーね。歳をとると、などと思いながら玄関に背を向けた瞬間、コトリと背後で音がした。

普段なら振り向くこともなかったと思う、しかし私は何故か振り向いてしまった。


 振り向くと傘立ての中の日傘と目があったような気がした。


お楽しみいただけたら幸いです。

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