同じ顔のあなた
彼女と私の顔はまるで双子みたいによく似ていた。私は自分の部屋のベッドの上に寝転がりながら、彼女の横顔の写真を見ていた。驚いたことに、目元も鼻の形も唇も、あごのラインも私とそっくりなのだ。
そんな彼女を見つけたのはTwitterで、#整形垢さんと繋がりたい というハッシュタグでアカウントを漁っていたときだった。彼女は鼻の整形をする前と後の二枚の写真をあげて、その経過報告をしていた。
私はすぐに彼女のプロフィール画面に飛んで彼女をフォローし、DMを送ってみることにした。自分と似た顔の人がこの世の中にいるということに恐ろしさはあったが、それよりも好奇心のほうが勝っていた。私は胸の高まりを抑えながら慎重にメッセージを書いていった。
はじめまして。ハッシュタグから見つけてフォローさせて頂きました。まゆと申します、よろしくお願いします。私も目や鼻など色々と整形してるのですが、鼻整形の報告の写真を見て、もしかしたら私たち似てるかもしれないと思って驚いて連絡してみました。私のブスな顔と似ているなんて言って本当に恐縮なんですが、もしよければ私の写真もツイートに載せてるので、時間があるときに見ていただければと思います。よろしくお願いします。
そうDMを送った二時間後、彼女から返信があった。
初めまして、きよかと申します。まゆさんフォローありがとうございます。フォロバしておきました! というか、先ほどツイートの写真を拝見したのですが、私も似てる!って思ってびっくりしました。なんだか運命を感じました(笑)これから仲良くしていきたいです。よろしくお願いします!
こうして私たちは知り合い、顔が似ているという共通点で仲良くなった。年齢も一個しか違わず、私が二十五歳、きよかさんは二十六歳で同学年だということも判明した。お互い都内に住んでいるということもあって、一週間もしないうちに会ってみようという話になった。私は何か別のことをしている間も彼女のことが気になって、ひまを見つけては彼女のツイートを過去まで遡って読んでいた。
土曜の午後の駅は普段よりも混雑している。新宿駅の東口で待ち合わせることになり、緊張で早起きしてしまった私は待ち合わせ時刻より二十分も前に着いてしまった。日差しは容赦なく照り付け、一瞬で肌を焼いてしまうような暑さで日傘が手放せなかった。私の心臓は駅に降りたときからずっとどきどきしている。いつもより丁寧に時間をかけてメイクをしてきたつもりだったが、写真よりもブスだとか、やっぱり似てないと思われたらどうしようかと内心ひやひやしていた。十四時十分前にきよかさんから連絡があり、駅についたとのことだった。私の心臓はより高まり、黙っていられず身体を左右に揺らす。そうやってなんとか緊張をごまかした。
駅の入り口のほうに振り向いて彼女を探す。人が次々と通り過ぎる。かっこいい人、かわいい人、あ、ちょっとブス。おじさん。あ、あの人もかっこいい。次々と駅から溢れてくる人の顔を見ていると、ふいに横から話しかけられた。そこには写真で見たままのの彼女が立っていた。
「まゆさんだよね? お待たせしました、待った?」
「ううん、五分前くらいに来たところだから、全然大丈夫」
私はきよかさんの顔をじっと見つめた。くっきりしたふたえに筋の通った鼻、口角の上がった口元は、私が毎朝鏡を前に向き合っている顔と瓜二つだった。彼女もじっと私を見つめ返して、感嘆のようなため息を漏らした。
「すごい……そっくり」
「だよね、やっぱり写真で見た通り。私たち、似てる」
「うん、本当に。色々聞きたいことがありすぎるから、カフェでも入ろ?」
「うん、もちろん」
私たちは交差点に向かって歩き始めた。きよかさんは白いブラウスに淡いピンク色のフレアスカートを履いていた。生ぬるい風が吹いて、彼女のスカートと黒髪を揺らしていた。服装の趣味も近いかもしれない。
きよかさんがずっと行ってみたかったというカフェに連れて行ってくれて、私たちは店の奥の四人掛けの席に座った。店内は多くの席が埋まって混雑していたが、隣の机には人はおらず、落ち着いて話ができそうだった。きよかさんは豆乳オレにイチゴのケーキ、私はカフェオレにティラミスを注文した。店員さんがいなくなったところで、きよかさんは口火を切った。
「今日は来てくれてありがとうね。なんだか私、さっきから嬉しくてテンション上がってる」
「こちらこそだよ。誘ったのは私の方なのに、本当にありがとね」
私は机の上に置きっぱなしになっていたメニューをスタンドに戻す。すぐに店員さんは私たちの飲み物を運んできた。私はカフェオレのコーヒーとミルクの部分をストローで混ぜた。きよかさんはニキビ一つ見つからないほど艶やかな肌をしている。
「えっと、まゆさんは今会社員なんだっけ」
「あ、そうそう。コンサル系の会社で働いてるんだよね」
「へえー、すごい。私はね、ホテルのフロントで働いてるよ」
フロントと聞いて驚いた。沢山の人に顔を見られる仕事だ。
「え、そうなの。花形じゃん。でもこう……きよかさんめっちゃ綺麗だから、絶対合ってると思う」
彼女を褒めることで自分のことも美人だと思っている風には思われたくなかったが、彼女を褒めずにはいられなかった。過去にどんな思いをして整形をするに至ったのかが気になった。
「ええー、嬉しい。いやでも、まゆさんもめっちゃ美人。ちなみにさ、私たちもしかして、同じクリニックで手術してたりしないのかなって思ったんだけど、どこでやった?」
たしかに、その可能性はあり得ると思っていた。整形はクリニックごと、さらには先生ごとで好みの顔の特徴がある。同じクリニックで受けていたとしたら、似たような顔になるのも無理はないのかもしれないと思った。
「ミナミ美容外科だよ」
「え、違う! 私はTBCでやった。目が木村先生で、鼻が酒井先生って人だったんだけど……」
「わ、知ってる。たしかTwitterで仲良くなった子が木村先生のところ通ってた。私は佐藤健先生と青山先生って人だったけど」
「あ、青山先生って聞いたことあるな。あの人が作る鼻の形がすごく自然でいいって」
もしかしたら同じ先生かも、と思っていたが違った。私は全く別のクリニックから同じ顔が生まれたということにちょっと恐ろしさを覚えた。でもそこから似たような顔が生まれるというのも、それはそれですごいことかもしれない。
注文したケーキが運ばれてきた。私はスプーンでティラミスを掬い出す。綺麗だった形はすぐに壊れてしまう。
「ねえ、いつごろ整形始めた?」
彼女の過去をもっと知ってみたかった。いつ、どんな経緯で整形をすることになったのか。親は賛成したんだろうか。お金は、どうしたのか。次から次へと彼女への質問が浮かんだ。
「私はね、十九歳のときかな。都内の専門学校に通ってたんだけど、ブライダルの。そこにいる子たちが皆可愛くって。それなのに私だけブスで、それがすごく嫌だったんだよね」
「うーん、なるほどね。たしかに、私も周りとめっちゃ比べていつも落ち込んでた」
「比べるよね。特に私は、ホテルで働きたいっていう夢があったんだけど、就活を初めて見学に行ってみたら、可愛くて綺麗な先輩しかいなくて。どんなにメイクで頑張っても無理だと思って、就職する前に絶対整形しようって思った」
就職をする前に、という彼女の言葉が胸に響いた。私にはやりたい仕事のために整形をするという考えが全くなかったからだ。私とは理由が違うけど、彼女も苦しんでいた時期があったのだと思うと親近感を覚えた。私の過去も話していいと、彼女には聞いてほしいと思った。
「私は大学に行ったんだけど、一番最初にしたのは二十歳のときなんだよね。っていうのも、十八くらいからずっと整形したいなって思ってたんだけど、親に猛反対されて。同意書にサインしてもらえなかった」
整形したいと親に打ち明けた日のことを思い出していた。あの時、怒りを露わにしていた父と母の顔は今でも忘れられない。
「そっかあ、じゃあ二十歳になるまで待ったのか」
「うん、その間にバイトでお金貯めて、絶対整形するぞって思ってた」
それから私たちは互いに質問を重ねていった。私は顔中にニキビができていて汚いと言われ、小学五年生のときからクラスで一人ぼっちだったこと、その頃から中学生にかけていじめに合っていたこと。クラスの中心にいた女子たちから毎日のようにラインで「きもいから早く消えろ」といった内容のメッセージが送られてきていたことを思い切って話した。それに対してきよかさんは、小学生のときに実の姉に可愛くないと言われたこと、いつも親戚から姉ばかり可愛がられていたこと。その姉に整形することを話したら泣かれたこと。いつの間にか、私たちの隣の席にはカップルが座ってメニューを眺めていた。それでも私は彼らに聞かれることなんかお構いなしに喋り続けた。
喋り終えた私の心は意外と落ち着いていた。私は自分の過去をこれまで誰にも打ち明けずに生きてきた。それを初めてきよかさんに聞いてもらえて、なんだか心の底からホッとしたのだ。重たいものが身体の中から流れていくようだった。私たちは生まれ持った顔だけでこんなにも人生に振り回されてきたけれど、もう今はそんなことはないのだ。カフェには可愛い女子たちが溢れていたけれど、私たちもちゃんとその一員だった。
それから私たちは定期的に会うようになった。お互い恋人もいなかったので、休日の予定が空いていたのだ。デパートでお揃いの服を買ったり、おしゃれな街で食べ歩きをしたり、互いの家に行って朝まで飲み明かすこともあった。いつしかきよかと私は学生時代からの親友のような仲になっていった。
そんなある日のことだった。私たちは表参道にある話題のカフェでパフェをつついていた。するときよかは照れ臭そうにしながらこう言った。
「ねえ聞いて、私気になる人ができたの」
「ええ!? 誰々? どこで出会ったの!?」
私たちは出会ってからずっと、いい人がいないという話で持ちきりだった。なんだか私は置いてけぼりを食らったような気持ちになる。
「アプリで出会った人なんだけどね。二週間前くらいからやり取りしてて、そっから会おうってなって。昨日初めて会ってきたの」
きよかがアプリを入れていることは知っていた。以前は頻繁に使っていたけれど、変な人に当たって嫌な思いをしてからはもう使っていないと聞いていたのだ。
「え、ちょっと、あんたもうアプリは嫌だって言ってたじゃん。気が変わったってこと!?」
「いやー、なんか最近出会いがなさ過ぎてさ。友達がアプリで会った人と付き合ったっていう話を聞いて、またやってみようかなと思ったんだよね」
きよかは緩む頬を隠しきれずにスマホの画面を見ていた。抜け駆けされたようで腹が立ったが、それよりもどんな人なのかが気になった。
「ねえ、どんな人なのその人は。プロフィール見せてよ」
私はマッチングアプリは入れたことがなく、全くの初心者だったが仕組みは何となく聞いたことがあった。きよかは勿体ぶってスマホの画面を見せてくれない。
「えー、見る? わりとイケメンだよ。それに、まじでピタッと私のタイプだったの」
「もー、見せて」
「はいはい、じゃーん」
私はきよかからスマホを受け取ってその人の写真を見た。次の瞬間、私は写真の中の彼に釘付けになった。パーマがかかった黒髪にくりっとした丸目、ベージュ色の落ち着いたニットを着た男性が、こちらに微笑みかけていた。どこかの公園の木をバックに正面を向いている、友人に撮ってもらった風の写真だった。すぐにプロフィールを読んだ。
都内在住、二十八歳、IT会社勤務、趣味は映画鑑賞と旅行と美術館巡りと書いてある。美術館巡り。その言葉に心をグッと惹きつけられた。もう一度彼の写真を見る。私にとってもかなりタイプだった。残念ながら、双子みたいな私たちは好きなタイプまでよく似ていた。
「えー、めっちゃかっこいい人じゃん。しかもプロフィールの文もいい。いいなあきよか」
私は冷静を装いながら、彼女にスマホを返した。そして自分のスマホのメモ帳のアプリを開いて、彼の名前を打ち込んだ。ひろとさん。
私は家に帰ると勉強机の椅子に腰かけて、すぐにマッチングアプリをインストールした。きよかが使っていたのと同じアプリを選んだ。自分のプロフィール設定は後回しで、気づけばひろとさんの名前と年齢、趣味で彼を検索していた。こんなことをしてはいけないのは十分頭で理解していた。プロフィールをもう一度確認するだけ、それでいい。私はきよかの相手とは違う人を探そう、そのための参考にしようという思いだった。数十人のひろとさんが出てきてスクロールしていると、その中から見覚えのある写真を見つけた。それが、きよかが会ったひろとさんだった。
私はもう一度彼のプロフィールを読んだ。すごく魅力的な人に見える。でもこの人はいずれきよかと付き合うかもしれないし、彼女は本気になっているようだった。きよかは恋する乙女そのものだった。私は別の人を探そうという思いで検索で出てきた他のひろとさんたちのプロフィールも見てみた。その大方を見てみてもピンと来る人がいなくて、私は自分の住んでいる地域や仕事や趣味の情報を追加して、自分と似たような思考の人を探してみた。家に帰ってきてから、二時間も三時間もアプリでスワイプをしていた。この人は違う、この人はちょっといいけど顔がタイプじゃない、この人もいいけど何かが違う気がする。私は気づけばきよかが会ったひろとさんのプロフィールを眺めていて、最低な考えが頭をよぎった。
私は急いで自分のプロフィール欄を埋めていった。写真もどれを使うかフォルダを漁って、横顔に長い髪がかかって顔が見えるか見えないかの絶妙な写真を選んだ。私はきよかの気持ちなんて忘れて、ひろとさんをいいねしていた。どうか、どうか神様まだ間に合いますように。ひろとさんがきよかなんて何とも思っていませんように。そんなずるいことを思った。すると一時間後に彼からもいいねが返ってきた。私はさっそく彼にメッセージを書いた。
すぐに私はひろとさんと会う約束を取り付けた。一週間後の日曜日に、美術館に行くことになった。ひろとさんは絵が好きな人はなかなか出会ったことがないから嬉しいと言っていた。そんなことを言われて、私は優越感に浸っていた。きよかには絵の趣味はないのだ。
六本木駅に十二時に待ち合わせだった。私は駅のスタバの前でひろとさんを待った。木々は紅葉し始めていたが、マフラーを巻くにはまだ早い暖かい秋の日だった。彼は私が見つけられないうちに、すぐそばまで来て声をかけてきた。待ち合わせの五分前だった。
「あの、まゆさんですか?」
「あ、そうです! ひろとさん?」
「あ、そうそう! あーよかった、ってあれ?」
ひろとさんは私の顔を正面からまじまじと見つめた。疑い深いような表情をしている。私の心臓は激しく波打っている。
「もしかして、きよかちゃん……ではない?」
私はとぼけた顔を作ってそれに答えた。第三者でも私と彼女が似ているのに気づくということに動揺する。
「え、誰ですか。私はアプリでやり取りしてたまゆですが……」
「あれ、そうだよね。ごめんごめん、ちょっとすごく似てる子と会ったことがあったんだけど、人違いだわ、ごめんね」
「そうなんですか、全然大丈夫ですよ。気にしないでください」
「ありがとう、じゃあ行こうか」
ひろとさんは私に笑いかける。うわあ、思った通りタイプだ。くっきりとした二重の丸い目に、筋の通った綺麗な鼻。ベージュのコートに白いニット、グレーのズボンを履いていて、シンプルイズベスト。そして、優しそうでなんでも肯定してくれそうな感じ。ああ、これはだめだ。完全に堕ちた、きよかごめん。
同じ顔の私たち二人は、同じ顔の人を好きになった。
コミティア用に作った作品なので枚数制限があり短めになっています。今後この続きや端折ったところを書いていくつもりです。