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009:友人たちの反応




「──というわけで来週の風の日に王女殿下とお茶をする事になってしまったんだけど、道連れになってくれない?」


 翌日の放課後、自主訓練に集まったパーティメンバーにそう話したら、彼らは揃って目を剥いた。


「なにやってんの? なんでそんな事になってんの!?」

「そうだよー! なんであたしたちまで呼ばれるのー!?」


 揃って涙目になっているテオとヴィヴィアンは真っ先にそう叫んだ。


「俺も知りたい。どうしてこうなったんだろう?」


 ジークエルトは真剣に首を傾げているのだが、友人たちの視線は何故か呆れ果てていた。


「というかジーン、どうして昨夜のうちに話してくれなかったの?」


 同室のセディスは、昨日の放課後から今日の放課後までいくらでも機会があっただろうと言う。


「何回も話すの面倒だから、みんなが揃ってる時に話そうと思って。でも昼休みは周りにたくさん人がいるしさ」


 喧伝したいわけではないので、人がいない時間を狙っただけである。


「じゃあジーンはそれまでに本を三冊読まなきゃいけないんだな。いや『速読』できるなら大変でもないのか?」


 アレクは本を読むのが得意ではないので、そちらが気になったようである。


「ん? 感想を聞かせるように言われたのは、エルロンドの歴史書だけだよ?」


 王女殿下とのやり取りを思い返してみるが、そのはずだ。

 しかし他の面子の解釈は違った。


「いえ、おそらくレティシアナ様が一番感想を聞きたいのは『新英雄物語』の方だと思いますわ。あの方は英雄ジークエルトのお話が大好きだから……」


 さすが自国上位貴族。マリアンヌは王女殿下についてよく知っているらしい。後から聞いたところによると、幼い頃から王都に来る度に王宮で話し相手になっていたらしい。


「というか、あの本を知らないなんて」


 セディスはそちらに驚いたそうだ。この大陸で近年一番の人気作品だそうで、平民貴族問わず、読んでいない者の方が珍しいらしい。学がなく読めない者は吟遊詩人の唄から知ったり、読める者が読み聞かせをしたりして広まったらしい。なんとテオまで知っていた。


「初等学校で読書の時間に読んだ。冊数が少ないから取り合いになったんだぜ」


 あまりに子供達が夢中になるもので、村で一冊購入して光の休日には村長宅で読み聞かせ会が開かれたもの、だそうだ。

 ジークエルトはだんだん頭が痛くなってきた。


「……あれ、これ読まなきゃいけない流れ?」


 そう言って五人の友人を見回すと、全員が重く頷いた。


「今日も図書館に行きなよー」

「そうだね。もしまた鉢合わせしたら、すぐ感想を聞かれるかもしれないけど」

「その辺りの本なら貸し出し可能なはずですから、自室で読むのも良いと思いますわよ?」

「僕たちなら昨日と同じことやるだけだから、気にしないで先に帰っていいよ。明日は時間がある分、体術も取り入れたいからアレクと一緒に見て欲しいけど」

「そうだな。さっさと片付けて来いよ」


 がっくりと肩を落としたジークエルトの背中を叩いて、友人たちは皆自主訓練に行ってしまった。

 とぼとぼと歩き図書館に行き、カウンターで確認したところ貸し出しは一人五冊までだった。

 だったら、と前日に読まなかった歴史書をジークエルトは三冊手に取った。それから読むのが義務となってしまった『新英雄物語』と『新聖女物語』を探すが、なかなか見つからない。

 歴史書の棚にはなかったし、歴史上の偉人の伝記が並んだ棚にもない。他にありそうな棚の心当たりがなく、仕方なく司書に尋ねたところ、入り口近くの人気書籍の棚に複数冊並んでいた。口元が引きつりそうになるのを堪えるのが大変だった。

 五冊の本を無事に借り受け寮に帰る。鞄に無理矢理詰めた本がやたらと重く感じるのは、本当に重いからだろうか。それともジークエルトの心持ちがそう感じさせるのだろうか。

 自室に戻ったジークエルトはまず着替えて荷物を片付けた。それからお茶を煎れて、いざ本に向き合う。

 まずは昨日読み損ねた歴史書からだ。

 エルロンド魔法王国の歴史書は、魔術の発展と絡めて記載されている辺りが興味深い。これは魔術史と被る部分も多くあるだろう。しかしこうして読んでみると、理事長の活躍なくしてここまで魔術は発展しなかっただろう事が伺えた。本当に偉大な生ける伝説である。

 続いて読んだのはステルナ聖公国の歴史書だ。小国だが三千年の歴史を誇る古い国で、自国の事も他国の事も客観的に書かれてあり、もしかしたら一番史実としては信憑性が高いのではないかと思わせるものだった。

 最後に読んだのはロダ王国のものである。南国の陽気な国柄が溢れているというか、他の歴史書と食い違う部分が多いというか、細かい事を気にしない気風に溢れたものだった。しかし読み物としては面白い。どちらかというと大衆向けだ。

 三冊読み終わった時点で、ジークエルトは新しくお茶を煎れ直した。

 一息ついてからゆっくり読み始めたのは『新聖女物語』だ。

 【聖女】と呼ばれる少女、ラナ・マース。

 彼女は生まれながら、精霊に愛された赤子だった。しかしユグレス大陸でも中央以西では精霊に対する認知度は低く、精霊術については魔術師でもないと存在すら知らない場合が多い。平民になればそれは特に顕著だ。

 それゆえ、まだ目も開かないうちから精霊と遊ぶ赤子は捨てられた。助かったのは偏に彼女を守護する精霊のお陰だったらしい。

 そんな彼女が捨てられた場所はシグスベル皇国の南に広がる山岳地帯だったそうだ。演習でその場所を訪れた騎士団が保護し、その精霊の存在に気づき、そのまま軍で保護され、育てられた。


 ──その半生は、ジークエルトとあまりにも似ている。


 直接、お互い顔を晒して相対したのは一度だけだ。既に歴史書にも記載されているヒルナ大戦、左翼の陣だった。

 恐らく遊撃だったのだろう。単身アークライナ陣営の左翼に斬り込んできた彼女に一方的に蹂躙され、左翼陣は半壊。戦場に響き渡った『銀月が出たぞ!』『麒麟児を呼べー!!』という声に首脳陣が応えてジークエルトが向かわされた。

 翻る銀色の長い髪。同じく銀色に輝く鋼糸を幾本も操り、戦場を血の色に染めた少女。


『……あきれた』


 それが初めての言葉だった。


『ねぇ、あなたが【死神の寵児】?』

『なにそれ、俺そっちではそんな風に呼ばれてるの?』


 あの時、初めて彼女と言葉を交わした。

 小さな体躯、細い肢体。鋼糸を扱う姿はまるで幻想的な舞踏のようだった。

 切り裂いた兵士の返り血で汚れた軍服でも尚、美しい少女だった。

 思い出に耽り、いつしか本を読む手は止まっていた。

 その間にすっかり日も暮れていたらしい。

 天井の魔灯の光に我に返ると、セディスが訓練を終えて帰宅したところだった。


「ジーン、いたの? 暗くしてるから居ないのかと思ったよ」

「セディ……お帰り。ちょっと本を読んでる途中で考え事しちゃって。もうこんな時間だったんだね」


 気付かなかった、と苦笑するジークエルトにセディスは「どこまで読めたの?」と期待感を滲ませて言った。速読の効力を知りたいのだろうか。


「歴史書、三冊は読み終わったよ。今は『新聖女物語』を読んでる途中だったんだ」

「そんなに読んだんだ。『新聖女物語』ってそんなに考え込む内容だったっけ?」

「いくら才能があるからって、こんな小さい子供を戦場に送り込むのってどうなんだろうな、って思っちゃって」


 それはそうだよね、とセディスも頷く。


「後書きになるけど、その辺の考察も出てくるよ。同じ事は『新英雄物語』にも書かれてるけど」

「そっかー」


 そのままその日は本を読むのはやめて、セディスと一緒に課題を終わらせ、夕食を食べて風呂を使い、早々に就寝した。

 夜、部屋を暗くしてベッドに入って。

 ──平和だな、と。

 しみじみ、そう思った。

 アークライナで戦場を走り回っていた頃を思い出したからだろうか。その夜のジークエルトは久しぶりに感傷的な気分になっていた。

 世間的にはヒルナ大戦から九年の年月が経っている。

 しかしジークエルトが体感している時間には五年分の開きがあり──それでも四年分の時間が経っている。

 たくさんの知識を得た。人との交流を通して学んだ事も数多くある。これらすべては金で買えないジークエルトにとっての宝物だ。

 それでも、どれだけ経験を積んでも慣れないのだ。

 『感情』の揺らぎに。

 きっと、ジークエルトの情緒面での成長は歳よりひどく遅れているのだろう。魔王陛下には「幼児と大差ない」と笑われた。

 背が伸びても、知識が増えても、冒険者ランクが上がっても。


「『人』と触れ合わなければ、『人』としての成長はない」


 ──だからもっと、人を知りなさい。


 そう言った魔王陛下の言葉は正しかったのだと思う。

 この学院でジークエルトは『人』として成長する機会を得た。今までの環境に居たら、得られなかっただろう友人たち。

 それが分かるようになっただけでも、成長したのだろうか。

 答えのない疑問を抱きながら、胸にもやもやしたものを抱えたまま。

 ジークエルトは静かに眠りについた。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 ジークエルトが先日一緒にお茶をする羽目になってしまった王女殿下は、この学院二年生の主席で、入学式において新入生に在校生代表で歓迎の挨拶に登壇した先輩だったそうである。

 麗しい容姿に落ち着いた優雅な物腰、穏やかで生徒には平等に優しく優秀な、憧れの対象として学院一の人気者──だそうだ。


「ジーンが知らなかったなんて……!」


 学院生の常識なのに! とテオが悲壮な顔で叫ぶ。


「どうしてテオがショックを受けるの?」


 思わず首を傾げてしまうジークエルトだった。


「ジーンは自分のコト世間知らずって言ってたけどさ、なんかそれだけじゃなくて違うんだよな。オレとかと視点が違うっていうか、浮世離れしてるっていうか……」


 しっくりくる表現を探しながら言い募るテオに「分かる!」と同意したのはジークエルト以外の全員である。釈然としないものを感じつつ、ジークエルトは困ったように笑った。


「冒険者の経験がそうさせるのかね? それとも島の暮らしのせいか?」

「なんにしても、一般の定義では測れないと思うよ」

「悪い意味ではありませんのよ? 時々、自分の常識や良識を見直すきっかけになりますし」

「そうそう! なんかすごい大人と話してる気分になる時あるしー」


 褒められているのか貶されているのか、よく分からない。


「ジーンがそういうヤツだって分かってるのに、勝手に知ってるだろうと思ってなんにも教えなかったオレのバカ!」


 テオの嘆きはそういう意味だったらしい。


「なんか逆に子供扱いされてる気がするんだけど……?」


 大人扱いなのか子供扱いなのか、できれば統一して欲しい。


「どっちでもいいじゃねェか。俺らもう成人してる歳だけどさ、成長期は終わってないし大人からは子供扱いされるし、そういうどっちつかずの歳なんだろ」


 達観したようにそう告げるアレクは微妙に遠い目をしているが、何かあったのだろうか。しかし友人たちの反応は少し失礼だった。


「アレクがなんか大人みたいな言い方を……!」

「いつもそうならカッコイイのにー!」

「どういう意味だよ!?」

「そのままの意味じゃないかなぁ」

「言い得て妙ですわね」


 まるで何かの寸劇でも見ている気分になってきたジークエルトである。


「じゃあさジーン、学院内でも貴族の派閥闘争があるの知ってる?」

「は?」


 なにそれ知らない。と、顔に書いたジークエルトを見て全員がやっぱり、と声を揃えた。


「あるんだよ、派閥。アレクは他国貴族だから無所属で躱してるみたいだけど、セディは親の柵もあって完全に抜けるのは難しいんだって」


 なんか政治とか社交界の縮図、って先輩が言ってた、だそうである。


「学生に派閥とかいらないと思うんだけど。一応校則では身分関係なしってことになってなかったっけ?」


 この問題は大人の間でも話題に上るようで、学生のうちから慣れておくべきだ、という意見もあれば、学生の間くらい解放してやるべき、という意見もあり泥沼化しているそうだ。

 中には「我らも苦労したのだから、我が子も同じ苦労を担うべき」という八つ当たりに近い意見もあるらしい。正直すぎる。


「だから僕もマリーもこの面子と居る時が一番楽なんだよねぇ……」

「幸いなのはレティシアナ様が『校則を遵守するべき』と仰っている事ですわね。今この学院で一番身分が高いレティシアナ様が学内派閥闘争を忌避しているおかげで、それに習う形でいても許されますし、派閥闘争している者たちも表立っては騒げませんし」


 そうでなければ大変だったろう、と自国貴族の二人は遠い目になっていた。可哀想である。同時に、こんな風に気軽にパーティを組めなかったかもしれないと聞くと、王女殿下に感謝したくなった。


「レティシアナ様を知らないって事は他の有名な先輩も知らないだろ」


 アレクが確信を持って訊いてくるが、そもそもどうして知り合いでもない先輩を皆が知っているのか、そちらの方が不思議である。

 正直にそう告げれば揃ってため息を吐かれた。


「まぁジーンだから」

「そうだよね、噂話に興味がないだけだし」


 仕方ないかと諦めたように口々に言う友人たちだが、それはちょっと違う。


「え、噂話はよく聞くよ?」

「は?」

「ギルドでは、だけど。どこの森に強い魔獣が出るようになったとか、なんの魔獣の素材が需要が高いとか、そういう情報は重要だから」


 あと街の市場でもよく聞く。商人の情報は小さな話題に重要な国勢情報が紛れている事があるので侮れない。が、ここでは割愛した。


「あー」


 なるほど、と友人たちは頷いてくれた。


「でも学校の噂話には興味ないんだな?」

「だって食堂で周りの人が話してるのってさ、なんとか先輩が格好イイとか、なんとか先輩はこれこれの上級魔術を使えるようになったらしいとか、俺には関係ない話ばかりだから」

「そのなんとか先輩は学内で有名なんだよ」

「そうなんだ?」


 ──たかだか面の皮一枚で? たかだか上級魔術の一つで?

 言外に込められた、そんな言葉を拾えた者はいなかった。


「とりあえず絡まれたら面倒な貴族だけは覚えた方がいいぞ」


 強権発動される前に、と言われたそれだけは、素直に教えてもらう事にした。





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