011:冒険者ギルド資料室
学院入学して一月経った二の月、第一の土の日。
遂にジークエルトたち六人は、翌休日に街中仕事以外の依頼を受けることを決めた。
「とは言っても半々ね。闇の日と光の日、どっちかは今まで通りに街中の依頼をやって、どっちかで街の外に日帰りで行こう」
どっちがいい? と彼らに選択を任せると、彼らは相談した結果、闇の日に街の外へ出ると意見を纏めた。
「光の日を予備日にしたいのと、闇の日にしとけば万が一次の日に休みたくなった時に休めるから」
一週は空、火、水、風、土、闇、光の順で七日。三十日で一月、十二月で一年となる。空〜土の五日間は朝から夕方まで学院で授業漬けで、闇と光の日が休みだ。
彼らは闇の日に街外の活動をし、翌光の日は街中依頼、もしくは体調次第で休めるようにと選択したらしい。学業を疎かにはできないからだ。その選択をジークエルトも支持した。
「じゃあ、明日は薬草採取の常時依頼にしようか。それならいつも通りの時間でいいし」
そうして待ち合わせた翌朝。いつも通りギルドに着いた一行は、いつも向かうFランク依頼が貼り出された掲示板に向かった。しかしジークエルトは隣の掲示板も見るように促す。
「一ランク上まで依頼を受けられるから、今日はF、Eランクの依頼を確認しよう。今回は初回だから先にギルドに来たけど、この辺の常時依頼なら直接現地に行って採取して、戻ってから完了報告だけでも依頼達成になるよ」
一度ギルドに来たのは、常時依頼にどんなものがあるのか確認してもらうためだ。
「ヨギツ草、マール草、カミル草……常時依頼はこの三種か」
まさに選択授業で習ったばかりだというアレクが確認する。ヨギツ草とマール草はFランク、カミル草はEランク依頼だ。
「ヨギツ草とマール草は畑の脇とか裏庭とかあちこちで見たけど、カミル草ってどんなトコに生えてるか知らないなぁ」
農家出身のテオが首を傾げる。
「乾燥させたものは錬金術の授業で見たけど……」
貴族のセディスとマリアンヌ、実は王都という都会育ちのヴィヴィアンの三人は分からないようだ。
「ヨギツ草とマール草は南の草原に自生してるよ。カミル草は日陰に生えるから、更に南に下って森の中になるね。野生動物とか下級魔獣がいる森だから、討伐か納品の常時依頼も確認しよう」
そうジークエルトが告げれば、全員が視線を巡らせる。
「角ウサギに森オオカミ……くらいか?」
「あ、突進ネズミもある」
「うん、今の俺たちが受けられるのはその辺だね。あと浅い場所で出てくるのは緑ヘビ、たまに野生イノシシくらいかな。奥に行くともっと色々いるけど」
この辺りは地元で猟師をしている者もいるので、無理をしてまで狩る必要はない。彼らのランクではまだ受注できない緑ヘビや野生イノシシも、もし狩れたならば素材買い取りだけは可能だ。
しかしジークエルトはこういった少し上の常時依頼を受けられるDランクなので、実際に狩った場合にはそちらで達成報告をすることもできる。未だ言わないが。
「確認しておかないといけない事はなんだと思う?」
自分たちで考えてもらう。なんでも教えるのが良いとはジークエルトは考えない。自分で疑問を抱き、調べ、覚えた事こそが一番身につくものだと経験しているからだ。
「乾燥した薬草は全員、見たコトあるよね?」
テオの問いかけに全員が頷く。
「でも実際に採取した事はありませんし、できれば気を付ける事を教えてもらいたいですわね。ジーンは知っているのですよね?」
マリアンヌの問いかけにジークエルトも頷く。
「なあ、角ウサギの討伐証明は角だって書いてある。もしかして角を切り取って持って帰らないといけないんじゃないのか?」
依頼書を見てアレクが気付いたようで声を上げた。その発言に、また全員が依頼書を注視した。
「森オオカミの討伐証明は牙で、突進ネズミは尻尾か」
「角ウサギの皮の納品依頼もある」
「納品なら、角ウサギの肉もあるよ」
「森オオカミも皮の納品依頼がありますわ」
「ねえ、突進ネズミの納品依頼で肝臓って書いてあるんだけど……これって内蔵だよね?」
もしかして、と全員がジークエルトに視線を動かした。
「やっと気付いた? そう、動物でも魔獣でも、倒したら得物を丸ごと持って帰るなり、自分で解体したり、やる事多いんだよね」
自分で解体、という辺りで全員が固まった。やはり経験がないようだった。
「テオ農家出身でしょ、経験ないの?」
「ないよ。肉とかは村の猟師のおっちゃんたちが解体したのを各家に分配してくれてたんだ。その分こっちは野菜を持ってくんだけど、お使いに行った事はあっても、解体現場なんか見たことないよ!」
そういうものなのか、と納得する。やはり街の防御壁の中で育てば、そんなものなのだろう。となると、解体は見学だけでも辛いかもしれない。
「んー、そうなると、採取鋏はいるけど、解体ナイフはいらないかな……?」
いやでも袋は、とブツブツ一人で呟くジークエルト。
「必要になる道具は後で相談しようか」
と結論を出したジークエルトは、とりあえず一同を連れて階段を上がり、ギルド二階の資料室にお邪魔する事にした。
「こんにちは、お邪魔します」
「おやジーンくん、久しぶりだね。学校に入ったと聞いたけど、お友達かな?」
「はい、今は一緒にパーティを組んでいます」
幸い、資料室には他の利用者はいなかった。顔馴染みのギルド職員、ロイに仲間たちを紹介する。
「よろしくお願いします」
と全員が挨拶したところで、本題に入る。
「今日は常時依頼のヨギツ草、カミル草、マール草、三種の採取依頼を中心に出るつもりなんです。彼らは街の外に出て活動するのは初めてなので……」
「なるほど、なるほど」
それだけでロイにはジークエルトのお願いしたい事が分かったのだろう。
「たとえ期間限定でも、冒険者をする間はこの資料室を頻繁に利用する事を推奨するよ。ここは冒険者活動に必要なあらゆる知識の宝庫だ。ここをまともに利用しない奴から死んでいくと思っていいくらいだね。いや、それは言い過ぎかな?」
学者肌、といった風情で痩せ細ったロイだが、これでも元は斥候として活躍したAランク冒険者だった男だ。経験も知識も豊富だし、少しでも外で命を落とす冒険者が減るよう、こういった形で今もギルドに貢献している。支部長ガルアスの信頼も厚い男だ。
ロイは壁際から二冊の分厚い書籍を取り出した。
「薬効辞典を読んだ事はあるかい? 薬草はそれぞれ、有効な部位が違う。中には全部使える薬草もあるがね、ギルドで常時依頼になっているものに関しても、納品するべき部位は違う」
そう言ってロイが開いた頁にはマール草が載っていた。
「ここに書いてある通り、マール草は一番外側の葉が効果が高いが、逆に内側の未成熟な葉は薬効も低い。ギルドでは十五ドゥル以上の葉のみが納品対象として認められている」
「でも、依頼書にはそんな注意は書かれていませんでしたわ」
それは逆にギルドでも損になるのでは、と顔を曇らせるマルアンヌに、ロイも頷いた。
「その通り、これは冒険者育成のためにわざと書いていないんだ」
ジークエルト以外の五人の視線がロイに集まった。
「初めての薬草採取、初めての納品、初めての討伐……低ランクの依頼なら難易度が低い分、危険度も低い。その間に、自分で必要な情報を集めることを学ぶように仕向けているんだ。人は失敗しないと、なかなか学ぼうとしないものだから。冒険者を志すような、荒くれ者は特にね」
「もちろん、事前に自分から受付に聞けば教えてくれるよ。その時に資料室の事も教えてくれるし、必要な道具も、あれば便利な道具なんかも教えてもらえる。解体についても学びたいと言えばギルドの解体所で教えてもらえるし、冒険者活動に必要な事はギルドではできる限りサポートしてくれるんだ」
横から補足するジークエルトにロイも頷いた。
「ジーンくんはそんなギルドの制度を最大限に利用している冒険者だね。この街に来た時にはまだEランクだったけど、早々にこの資料室に来て、近隣の魔獣と薬草の情報を全部見たいとか言うから驚いた」
そんな冒険者は少数派だからね、と笑うロイにジークエルトも苦笑するしかない。
「だって北から旅してきたから、植生が違うんですよ。確認しないと危ないでしょ」
「そういうの分かってる奴がもっと増えて欲しいんだけどね……。事前に情報を集めたりしないから、無知のまま突っ込んで怪我を負う冒険者が後を絶たない」
困ったものだ、と言いつつ、しかしお陰で治癒室の売り上げが上がるのだから皮肉なものである。
「ヨギツ草は葉も花も茎も根も、すべてが有効利用できる。だから根から引っこ抜いて持って来ても依頼は達成になるし買い取りもできる。でも、実は常時依頼に関しては土から十ドゥルほど茎を残して、上部を切り取って持ち帰る事を推奨している。何故だか分かるかい?」
ここで突然投げられた質問に、学院にいる気分になったのかテオが挙手した。
「そこからまた、次の葉が生えてくるから?」
「正解。一帯で根から抜いてしまうと、その採取場所が根絶されてしまう。だから根は残すし、日が当たりやすいように茎を十ドゥルは残す事を推奨しているんだ。時々根が必要だと依頼をしてくる人がいるんだけど、これに関しては地域を指定してEランクに依頼が出る。少し街から離れる場所だからね」
テオが正解を当てたことが嬉しいのか、ロイが破顔した。こういう顔をする時、彼は子供のように顔全体で笑う。あまり見られない本当に上機嫌の時しかしない笑い方だ。ジークエルトもこの笑顔を見たのは久しぶりだった。
どうやら、友人たちはロイに気に入ってもらえたようだ。
「最後はカミル草だね。これも基本的にはヨギツ草と一緒だ、土から十ドゥルほど上で切り取ればいい。でもカミル草で注意すべきは、痛みやすいという事だ。ギルドの受付で無料貸し出ししている保存袋を借りて行った方がいいだろう」
「保存袋?」
「収納鞄って知らない? 空間魔法が施された、保存容量が見た目より大きい鞄」
「知ってるー! 一番小さいポシェット型で金貨三十枚!」
実家が王都で雑貨屋を営んでいるヴィヴィアンが具体的な金額まで出して言った。
「それの時魔術版の袋だね。容量は見た目通りなんだけど、中に切り取った薬草なんかを入れて、口を締めると時魔法が発動して袋の中の時間経過が止まる、もしくは極度に遅くなるんだ。薬草を新鮮なまま運べるから、劣化を防げる。正式名称は時魔術保存袋」
「へー!」
そんなのあるんだ、と皆が驚いているのを見ると、どうやら一般には普及していないらしい。逆に子供の頃から慣れ親しんでいる──というより作らされていたジークエルトからすると、そちらの方が驚きだ。顔には出せないが。
「王都の雑貨屋じゃ扱ってないの?」
「ウチは一般市民向けの雑貨屋だもーん。冒険者向きのは他に専門店があるから冒険者はそっちに行くし。お客さんで欲しいって人もいなかったし、初めて聞いた」
「実はこれ、開発したのは君たちが通ってる学院の理事長……リリアナ殿なんだよ。ガルアス支部長の伝手で開発を依頼した、ギルド専売品なんだ。今じゃ大陸中に広がってるけど、ギルドと提携している店舗でしか取り扱っていない筈だよ。──基本的には」
「アークライナでは【英雄】が開発したのが出回ってるな。ただ本人が作ったわけじゃないヤツは、真似して作ってもどうしても劣化するらしくて、量産に苦戦してるって話を聞いた事がある」
「それ僕も見た事があるよ、劣化版の方だけど。あれならギルド印の方が品質がいいから買うならこっちをお勧めするよ」
──なんだか今、衝撃的な話を聞いた気がする。
アレクから時折出てくるアークライナの話は、割とジークエルトの心臓に悪いものが多い。
まだ十歳にもならない、小さな頃から作らされた保存袋や収納鞄は、今でもあの国で大切に活用されているようだ。
「ジーンは保存袋、持っていたよね?」
「はい、前に買ったヤツがあります。皆は後で受付で借りるといいよ」
「それって、一人一つしか借りられないもの? カミル草だけじゃなくてヨギツ草とかマール草も、本当は保存袋に入れた方がいいんじゃないの?」
首を傾げたテオに、ロイは「いいところに気付いたね」と微笑んだ。
「その通り、薬草はどれも劣化していないに越した事はない。しかしギルドでの貸し出しは一人につき一枚だ。だから金銭に余裕のある者は、ジーンのように複数枚購入して、薬草毎に分けて収納してギルドに持ち込む。君たちみたいに若い子のパーティなら人数分借りて、みんなで採取したら分けて分担するのが普通だね」
「ではわたくしたちは六人ですから、六枚お借りしてそれぞれの薬草を二袋分採取して、一人一袋持ち帰ると考えれば良いですわね」
マリアンヌの提案に全員が頷いた。
「納品は一種につき十だから、初回ならそれでいいだろう。君たちは学生だしね。あと必要なのは採取鋏か採取ナイフかな?」
「そうですね」
頷いたジークエルトは背負った鞄から採取鋏と小振りの採取ナイフを取り出した。
「こっちが植物を切るのに特化した採取鋏。こっちが採取向けの造りになってる採取ナイフ。初心者に扱いやすいのは鋏の方で、慣れると作業速度が上がるのがナイフ」
そう言って鋏とナイフをそれぞれ手に取って見てもらう。
「この道具に関してはギルドでの貸し出しはないんだ。欲しかったら自分で買うしかない。安いのはナイフ、高いのは鋏。手入れが楽なのはナイフ、難しいのは鋏。慣れるまですごく使いにくいのがナイフ、最初から使いやすいのが鋏」
ロイが笑って解説した。
「どうしてギルドでの貸し出しがないんですかー?」
「採取用品に限らないんだけど、刃物の貸し出しを行わない決まりがあるんだ。ギルドで貸し出しした物で犯罪を犯されたら、こちらも困るからね。初心者冒険者は大抵、金に困っているから、最初はナイフもなしで薬草を摘みに行って、引き千切って品質を落としたりするのはよくある話だよ。あとはなまくらの剣で力任せに斬って薬効部分まで切り落として品質を落としたり」
そんな悪循環を起こすよりは最初だけでも身銭を切った方が最終的に多く稼げるのだが、最初のナイフを買う金に困っている冒険者は多くいるそうだ。
「そんな品質の落ちた薬草を売った金で仕方なくナイフを買って、でもナイフも慣れないとやっぱり薬草を痛めるから、それでまた品質を落としてね」
話が違う、と暴れる者も中にはいるのだとか。使い方を知らないナイフでも、力任せに振り回せば凶器だ。そんな時は居合わせた熟練の冒険者や、元冒険者職員が取り押さえたりするらしい。
「そこへいくと、鋏は最初から使いやすくて薬草の品質が落ちにくいから、金に余裕のある人はこっちを買うね。君たちみたいな学生さんとか」
貴族なら、冒険者引退後は庭師に回せば無駄にならないよ、とまで続けられれば、セディスやマリアンヌはそちらに気を引かれたようだ。
「ただ、慣れたらナイフの方が早く採取できるようになるよ。俺は先にナイフを買って、金を貯めてから鋏を買ったけど、その頃にはもうナイフの扱いにすっかり慣れちゃってて……自覚してなかったから買っちゃったんだよなぁ」
結局、鋏では効率が悪いので殆ど使っていないのだ。ジークエルトは勿体ない買い物をしてしまったと微妙にヘコんだ当時を思い出す。
「だから、一人なら中古だし安く譲るよ。希望するなら、だけど」
そう告げたら全員が顔を見合わせた。
「採取は全員できるようになった方がいいよな」
「そうだと思いますわ」
「うん、道具は全員必要だと思うー」
そこで、どちらを購入したいか確認したところ、セディスとマリアンヌ、ヴィヴィアンが鋏を希望し、アレクとテオはナイフを希望した。そこでテオとアレクはお互いに意外だ、と顔を見合わせた。
「え、アレクも? なんで?」
「ナイフの方が軽くて小さいし、汎用性高いだろ? そういうテオは?」
「だいたい同じ。あと安いみたいだし」
彼らは全員、冒険者活動で稼いだ金は使わずにギルドカードに貯蓄している。貴族からしてみれば小遣いにも満たない金額だが、鋏を買えるくらいは貯まっているはずだ。
ここにいる面子の中で、金銭的に一番苦しいのはテオ、次いでヴィヴィアンだ。この二人は現在、将来的に自分が使う武器を買うために金を貯めている。魔道具作成は金が掛かるため、高い素材となる魔獣を自分で狩れるくらい強くなりたいし、道具を購入する金も必要となるからだ。
成功して儲かるようになれば買い取りで済ませられるのだが、それには独り立ちしてから五年以上かかるのが平均、というのが一般的な認識だ。
「じゃあこの中古の鋏はアンに譲る形でいい?」
「うん、それがいいよ」
全員が頷いた事で、ジークエルトが持っていた鋏はヴィヴィアンに譲る事になった。
「いくら払えばいいのかなー?」
「えっと……金額忘れたから、テオがこれから買うナイフと同じ金額でいいよ」
「そこまで適当なのはどうかと思うよー?」
「困ってないからいい」
そういう事にしてください、とお願いして受けてもらう羽目になった。高く買いますと言い張るヴィヴィアンと安く譲りますというジークエルトのやり取りを、ロイは腹を抱えて笑って見ていた。
「それで、その鋏とナイフはどこで買えばよろしいの?」
「下の売店で売ってるよ」
「売店?」
そんなのあったっけ? と顔を見合わせる一同に、ジークエルトが補足する。
「皆は行った事ないだろうけど、一階にあるよ。裏道に面してるから気付いてなかったんだと思うけど、階段脇の通路の奥にあるんだ。受付と同じく朝は混み合うけど、この時間なら空いてるからゆっくり見れるよ」
なるほど、と納得してもらったところでテオが早々に行きたがったが、まだここで確認する事は終わっていない。
「その前に、カミル草と間違えやすい毒草を覚えておこうか。あと角ウサギと突進ネズミ、森オオカミの注意点くらいは確認してね」
笑顔で告げたロイに、テオはもちろん一言「はい」と頷いた。